第6話


 準備を整えた玉玲たちは、すぐに万華院へと引き返した。

 まずは玉玲一人が妓楼の中へと向かっていく。これも作戦の一環だ。


「あら、あなた、あの素敵な殿方についていた従者じゃない。どうかした? 坊やにはまだここは早いわよ?」


 扉を開けようとしたところで、見覚えのある妓女がからかうように声をかけてきた。

 『坊や』って……。

 そんなに女には見えないのだろうか。しかも子供。 


「旦那様の命令です。広間に妓楼の関係者を全員集めてもらえませんか? 怪我をしている小杏さんは結構です」


 玉玲は苛立ちをどうにか抑えて要求する。


「えっ、旦那様の命令って、妓女の中から誰かお相手に選んでくださるということ?」

「いいから早くしてください! 旦那様はお忙しいんです!」


 かなりイラッとしたが、あえて否定はしなかった。そうすれば妓女も早く集まるだろう。


「すぐに呼んでくるわ!」

「あっ、仮母おかみのこともお願いしますよ!」


 勘違いしたまま駆けていく妓女に、声を張って言い添える。一番疑わしい仮母がいなければ、作戦を実行したところで意味がない。

 若干不安を抱えたまま入り口の扉を開ける。

 玄関のすぐ先は広間になっていて、天鵞絨びろうどじゅうたんを敷いた豪奢な階段が目についた。はりや天井には精緻な細工を施した宮灯や赤い提灯が吊りさげられ、あやしげな光を放っている。地方にしては、なかなか立派な妓楼だ。

 内部の様子を観察していると、妓女たちが駆け足で広間へとやってきた。

 そして、そわそわしながら広間を見回す。幻耀を探しているのだろう。勘違いがでんしているようだ。


 妓女に、下働きの男衆、見習い妓女とおぼしき少女たち。妓楼の関係者がどんどん集まってきて、最後に仮母が姿を現した。


「何かご用でしょうか? 気になることでもございましたか?」


 仮母は玉玲に戸惑いを隠すことなく尋ねる。


「みなさんに確認したいことがあります」


 玉玲はそう告げるや、入り口の扉を押し開けた。

 幻耀と幻晴が広間へと入ってくる。

 妓女たちの黄色い声ではなく、ざわめきが耳を突いた。

 みな、幻耀の姿ではなく、幻晴が持ってきた大きめの鳥籠とりかごに注目している。

 鉄製の鳥籠にはじゅが貼られ、中には黄色い鳥の人形が入っていた。

 ところどころから「あれは何?」「人形?」といった声が聞こえてくる。まあ、不思議に思われても無理はない。


「この鳥籠に入っているのは、あやかしだ。誰かこれが視える者はいないか?」


 幻耀が鳥籠を指し、広間に集った面々に問いかけた。

 だが、妓女たちはただ鳥籠に注目し、戸惑いの声をもらすばかりで誰も応えようとしない。


「みな、この鳥籠に注目しているということは、視えているのではないか?」


 この問いかけにも反応する者はいなかった。

 ただ一人を除いて。


「御史様、これは何かの冗談でございますか? あの鳥籠に入っているのは人形でございましょう? とてもあやかしには見えませんが」


 幻耀がニヤリと笑って、仮母を凝視した。


「なるほど。お前には視えるというわけか。他に視える者はいないな?」


 再度の問いかけに、言葉を返す者は誰もいない。みな、鳥籠と仮母を不思議そうに眺めるばかりだ。


「え? あれはどう見ても、人形で」


 仮母が鳥籠に目を凝らしながらこぼした直後だった。

 突然、幻耀が襦裙姿の若い女性に変化する。


「なっ……!?」


 ただ一人、仮母だけが吃驚きっきょうの声をあげ、大きな反応を示した。


「あなただけのようね。あたしが視えているのは」


 幻耀に化けていた漣霞が仮母を見て、周囲に視線を巡らせる。

 他の面々は、漣霞に対しては無反応だ。狼狽する仮母に怪訝そうな目を向けている。


 玉玲もずっと広間にいる人々を注視していたが、仮母以外に漣霞が視えている人間はいなかった。

 予想は的中したと言って間違いない。

 仮母こそが、彼女の体に憑依したあやかしだ。


 確信していると、窓の外から様子をうかがっていた本物の幻耀が広間へと入ってきた。


「お前は数刻前、あやかしが視えないと言っていたな? あやかしである漣霞が視えるとは、どういうわけか?」


 幻耀の双眸が刃のように鋭く仮母の目をとらえる。


「お前、仮母に乗り移ったあやかしだな?」


 仮母は震えあがり、真っ青になって否定した。


「違います! 実は、私には霊力があるのです! 気味悪がられると思って、嘘をついておりました!」


 言い逃れを謀る仮母に幻耀はじりじりと近づいていき、腰にいていた妖刀を抜き放つ。


「この妖刀は、人間を斬ることはできない。打撃で大怪我は負うが。だが、あやかしであれば斬れる。ひとで冥府へ送れるくらいにはな」


 妖刀は青白い光をたたえ、体をわななかせる仮母へと迫った。


「たとえお前が霊力のある人間であったとしても、御史に嘘をついたのだ。大怪我を負わせるくらいの罰は必要だな!」


 幻耀が仮母に向かって妖刀を振りおろす。


 仮母は「ひぃっ!」という悲鳴をあげるや、魂を抜かれたかのように倒れ込んだ。

 同時に何かが仮母の体から飛び出し、一目散に逃げていく。

 猿によく似た一本足のあやかしだ。

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