第5話


 都督府は地方の軍事と行政を担う場所だ。罪人の捕縛や追跡を行う警察機関もその中に含まれている。

 厘慶の都督府は、街の北部に居を構えていた。

 立派な塀に囲まれてはいるが、皇城を十分の一に収めたような規模だ。


 幻耀は都督府の門へと向かっていき、見張りのもんえいにさっそく話を通した。


「俺は京師から派遣された御史だ。先日発生したあやかしがらみの殺人事件を担当したはいるか?」


 高価な象牙でできた牙牌を見せると、門衛はうろたえながら「どうぞこちらへ!」と言って、玉玲たちを官府の中に導いた。


 詰め所のようなへやへと案内され、待つこと半刻(十五分)あまり。

 四十代くらいの小柄な武官が慌てた様子で房に入ってきた。


「大変お待たせいたしました。私が先日の殺人事件を担当した都尉です。何かございましたでしょうか?」


 武官はへこへこしながら幻耀の顔を見て尋ねる。

 目だけがどこか眠そうで、少し頼りない印象だ。


「犠牲者について聞きたい。若い女性らしいが、身元はわかっているのか?」 

「それが、死亡してから日にちがたっていたこともあり、顔が変形していてわからないのです。若い女性であることと死因くらいしか」


 それならばと、玉玲は更に突っ込んだ質問をする。


「街から若い女性が消えたという失踪届とかは出ていないのですか?」


 犠牲者の身元が割り出せなくても、そこから推測することはできるはずだ。


 武官は書棚から報告書らしい冊子を取り出し、ページをめくって答える。


「失踪届は出てませんね。妓女の捜索願なら出てますけど」


 玉玲が小太監の格好をしているからか、態度や言葉遣いが少し粗雑だ。幻耀がいる手前、敬語を使ってはいるけれど。


「妓女の捜索願というのは?」 

「足抜けですよ。たまにあるんです。妓女が妓楼から逃亡することが。その際、妓楼の主は都督府へ捜索願を出さなければならなくてね。まあ、捕まれば大変な罰を与えられるので、足抜けを謀る妓女はそう多くはないんですけど。捕まえるのがまた大変で。半分はそのまま逃げおおせ、遠い街ででも暮らしているんじゃないですかね」


 玉玲の質問に、武官は他人事のように答える。

 あまり問題にはしていない様子だ。


「その妓女の捜索願を出した妓楼の名は?」


 玉玲は神妙な面もちで尋ねる。


「えーと、万華院です。先日あやかしに襲われた妓女がいる妓楼ですね」


 武官は冊子を眺めながら答えた。


「この妓楼は三ヶ月前にも妓女の捜索願を出してますね。足抜けされやすい妓楼というのはあるものですけど」

「それは何か特別な理由があるのですか?」


 重要な情報だったので、玉玲は思わず前のめりになる。


「身内や身元保証人がいない妓女を抱えた妓楼は足抜けされやすいんです。妓女が逃亡した場合、身内や保証人が借金を肩代わりしなければならなくてね。そのことを考えると妓女も逃亡をためってしまうんでしょう。けれども、身内のいない妓女にはちゅうちょがない」

「なるほど。それで、万華院は身内や保証人のいない妓女が多いと?」

「そう聞いてます。身内や保証人がいない妓女は、足抜けされる可能性が高い反面、賃金が安いんです。だから、そういった妓女を多く抱えることで利益を捻出しているのだと、仮母が話してました。この妓楼は年に三、四回捜索願を出してますね」


 何も思うところがないのか武官は、やる気のない眠そうな目で答えた。


 玉玲は幻耀と顔を見合わせる。


「ご苦労だった。あとはいい。任務に戻ってくれ」


 面倒事から解放されると思ったのか、武官の目が一瞬喜色を帯びて輝く。  


「了解いたしました。また気になることがございましたらご連絡ください。では、失礼いたします」


 武官は幻耀に向かっていんぎんに挨拶すると、一礼して部屋から出ていった。


「あれは典型的な上に媚びる類型の人間ですね」


 閉まった扉を見て、幻晴があきれた様子でこぼす。


「それと、言われた仕事はやるが、面倒事を嫌うたいな類型の人間だな」


 幻晴と幻耀の言葉に賛同し、玉玲もしみじみと頷いた。

 あの武官は、不正を追及し民の安寧を守る都尉には全く向いていない。彼が有能な都尉であれば、今回の事件は未然に防げたかもしれないのに。


「いよいよ万華院の関係者が怪しくなってきましたね」

「ああ。犠牲になった女性と白骨化した遺体は、万華院の妓女である可能性が高いな」

「となると、一番怪しいのは仮母でしょうか?」


 幻晴の問いかけに、玉玲は考えを巡らせながらしゅこうする。


「そういうことになりますね」


 推理が正しければ、仮母に乗り移ったあやかしは、これまで妓女の血を奪うために何人も殺害してきた。妓女が消えても足抜けだと断定され、仮母が疑われることはなかったのだろう。それを見越して、真犯人であるあやかしは妓楼の主に憑依したのかもしれない。


「では、ぶった斬りますか」

「それは待ってください! あくまで推理ですし、仮母である確証はありませんから」


 血気にはやる幻晴を、玉玲は慌てて静止する。

 乗り移ったのが妓楼の他の関係者である可能性もまだ捨てきれないのだ。


「ならば、どうしようというのです? 尋問したところで真実を話すはずがないですよ。他に罪を暴く方法でもあるのですか?」


 玉玲はまた腕を組んで考え込んだ。

 人間に憑依したあやかしを露見させる方法。

 普通の人にはあやかしを視ることはできない。

 それならば――。


「思いついたことがあります。これをやれば真犯人をあぶり出すことができるはずです」

「その方法とは?」


 尋ねてきた幻耀に、玉玲は含みありげに微笑み、彼に目を向けたまま問いかけた。


れんさん、いるんでしょう?」


 しばらくの間、その場には静寂だけが広がる。


 だが、沈黙に耐えきれなくなったのか、玉玲の袖の中から一匹のてんとうむしが飛び出してきて、突然若い女性に変化した。

 ひんさながらの華美な襦裙をまとった麗人、いや、麗人に化けたせいだ。


「どうしてわかったのよ?」


 漣霞が後ろめたそうに玉玲を見て問いかける。


「だって、ずっと気配がしたもの。あやかしって気配は微弱なんだけど、あれだけ体にくっついていられたらね。しばらく一緒にいたから、あなたの気配は間違えないよ」


 漣霞がついてきていることに気づいたのは、京師を出た辺りだっただろうか。引き返すよう言うわけにもいかず、そのままにしておいたのだ。


「はぁ、びっくりしたー。虫に化けられるあやかしもいるんですね」


 どうもくしていた幻晴が、漣霞をまじまじと観察しながら驚きの声をもらす。


「妖力が相当高くて、変化の妖術が得意なあやかしならな。北後宮を出る前に虫に変化し、ずっと玉玲の服の中に隠れてついてきたのか?」


 渋い顔をする幻耀に、漣霞は瞳を潤ませ、媚び媚びの態度で返した。


「はい。だって、心配だったんです。幻耀様のことが!」

「それと、おもしろそうだと思ったんでしょう。漣霞さん、好奇心が旺盛だからね」

「うっさいわね! そこは幻耀様のことが心配で、で通させなさいよ!」


 隠していた漣霞の牙がき出しになる。

 化けの皮ががれるのが早い。

 けれども、勝手についてきた後ろめたさがあるからか、反応は控えめだ。


「それで、どうして今あたしを呼んだの? もしかして、あたしにやらせたい仕事があるんじゃない?」


 漣霞が不機嫌そうに眉をゆがめたまま訊いてくる。


「わかっているじゃない。実はね、要は簡単で」


 玉玲は漣霞ににっこりと笑い、作戦の概要を伝えたのだった。


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