第4話


「姉上、さっきの話はどういうことなんです?」


 小杏の部屋を出て少し進んだところで、幻晴が問いかけてくる。


「移動しましょう。どこに真犯人がひそんでいるかわかりませんから」


 玉玲は幻晴に小声で告げて、歩く速度をあげた。

 この辺に土地勘はないが、一つ都合のよさそうな場所がある。

 妓楼『万華院』の裏側。毘毘が住処にしていたという廃屋へ。

 誰も住まなくなった民家なのだろう。まどがらは割れていて壁もちかけていたが、妓楼やみちからの距離もあり、話を聞かれる心配はなさそうだった。


 念のため周囲に人がいないか確かめてから、幻耀が口を開く。


「やはり他に黒幕がいるのか。目星はついているのか?」

「いいえ、まだ。でも、毘毘が犯人に仕立てあげられたのは確かだと思います」

 玉玲は自信を持って答えた。あやかしに犯人という言葉を使うのも変だけど。

「根拠はあるのか?」


 幻耀が問い、幻晴も興味津々といった顔を向けてくる。


「確証はありませんが。毘毘は犯人じゃない。彼が話してくれたことに嘘はありませんでしたし、私はそう信じています。彼が犯人じゃないなら、真犯人となるあやかしがいますよね?」

「そういうことになるな」

「そのことを前提に推理させてもらいます。まず、妓楼での事件が起こる前、街の外れのたけやぶからあやかしの犯行と思われる遺体が見つかりました。地中に埋められていたところを偶然、狼が掘り起こして。真犯人は相当あせったはずです。いずれ霊力のある人間が捜査にやってくる、そう危ぶんだ。だから、他のあやかしを犯人に仕立てあげようと策を練ったんです。犯人さえ見つかれば、自分に疑いの目が向くことはないと踏んで」

「そして、犯人に仕立てあげられたのが毘毘だったというわけか」


 玉玲はコクリと頷き、推理を続ける。


「妓楼で事件が起こる前、民家の鶏が襲われましたよね?」

「ああ、小杏という妓女がそう話していたな」

「鶏一匹の被害なので大きな騒動になることはありませんでしたが、真犯人は気づいたはずです。近くに自分と同じように血を吸うあやかしがいることを。そして、妓楼の裏に住みついていることを調べたのかもしれません。それで、毘毘に目をつけた」


 そこから真犯人の工作活動が始まったのだろう。毘毘を犯人に仕立てあげるための。


「毘毘は第四皇子に捕縛される前、住処に鶏が迷い込んだと話していました。そこでまず怪しいと思ったのですが。それは真犯人の仕業でしょう。真犯人は霊力のある人間が捜査に来ていることを知り、毘毘の住処に鶏を仕込んだんです。捜査官が妓楼にやって来る頃合いを見計らって。そして、状況証拠と目撃証言から毘毘が犯人に仕立てあげられた」


 襲われれば鶏も声をあげる。その声を聞きつけた幻偉が、鶏の血を吸うコウモリの諸精怪に遭遇。妓女を襲ったのもその諸精怪であることが濃厚。ならば、その諸精怪=毘毘が犯人だ。幻偉はそう決めつけたのかもしれない。黒幕の誘導にうまく乗せられて。


「叫べば人が集まってくるような場所で妓女を襲い、逃げていったことも不自然ですし。おそらく、小杏さんが襲われた前夜、目撃されたコウモリも真犯人が仕込んだのでしょう。次の日彼女に、コウモリに襲われたと証言させるために」

「なるほど、彼女にははっきりあやかしが視えないから、コウモリの印象を前日に刷り込んだわけか。だが、なぜ真犯人はあの妓女に霊感があることを知っていたのだ?」

「そこがミソなんですよ。真犯人は小杏さんに霊感があることを知っている。おそらく彼女をよく知る身近な存在です。妓楼の関係者か客かはわかりませんが。まあ、人間ではないでしょうけどね」


 吸血行為で人を殺しているのだ。黒幕はまず間違いなくあやかしだろう。


「つまり、あやかしが人間に化けているということですか?」


 ようやく話を呑み込み始めた幻晴が、疑問を挟んできた。


「いや、その場合、あやかしが人間に取り憑いているのだろうな。人間に化けたあやかしも、普通の人間には視えない。だが、人間に取り憑いたあやかしなら、視認することができる。もちろん、取り憑いた人間の姿としてだが」


 幻耀の説明を聞いても、幻晴はまだ不可解そうだ。  


「一つ疑問なのですが、捕まりたくないならこの町から逃げてしまえばいいんじゃないですか? わざわざ他のあやかしに罪を着せなくても」


 それは玉玲も一度考えたことだった。きっと逃げなかったことには何か理由がある。


「おそらく、逃げられないか逃げたくないのでしょう。理由まではわかりませんが。他に犯人を仕立てたということは、真犯人はまだ逃げていない。きっと近くにいる」


 いろいろ考えて、そう結論づけた。絶対とは言えないけれど、わりと自信はある方だ。


「なるほど。すごい洞察力ですね。兄上が頼りにするわけだ」

「い、いえ。単なる推理ですので。どこかに間違いがあるかもしれませんし」


 謙遜する玉玲だったが、その言葉をすぐに幻耀が否定した。


「いや、お前の推理には筋が通っている。真犯人は小杏の身近な存在、人間に取り憑いているあやかしという線で調査を進めよう」


 玉玲の胸はにわかに熱を帯びる。彼は自分の話にしっかり耳を傾け、そして信じてくれる。その信頼に応えたい。

 まずは知らない情報について知識を埋めるべく、幻耀に確認する。


「私は人間に取り憑いたあやかしというのを見たことがないのですが、簡単に見わけられるものなのですか?」

「はっきり言って、難しい。特に長年人に取り憑いているあやかしは、体と意識が完全に同化して全く見わけがつかない。お前であれば可能かもしれないが」

「いえ、妓楼の人々を観察した限りはわかりませんでした。私でも無理かもしれません」


 簡単に見わけがつけば楽なのだが、自分の力はそこまで万能じゃない。


「では、どうします? 妓楼の人間や客一人一人に話を聞きますか?」

「話を聞いたところでわかるものでもないだろう。必ずごまかそうとするはずだしな」


 幻晴の問いかけに対し、幻耀はもっともな意見を述べた。


「それよりもう少し情報を手に入れたい」

「私も他に知りたいことがあります。犠牲者について。それがわかれば、真犯人を絞り込めるかもしれません」


 犠牲者が万華院の人間であれば、この妓楼の関係者が更に疑わしくなる。真犯人の意図も見えてくるかもしれない。


「それでは、事件を捜査した厘慶のとくへ行ってみましょうか?」


 確認してくる幻晴に玉玲と幻耀は頷き、次なる捜査の場へ足を踏み出した。

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