第8話
厘慶を出た玉玲たちは、西へ三十里(十五キロ)ほど離れた場所にある
幻耀を中央に、彼を挟む形で玉玲と幻晴がくつわを並べる。
山魈を捕らえた鳥籠は幻耀の従者に運んでもらい、彼らは少し離れて後方を駆けていた。
遠ざかっていく厘慶を振り返り、幻晴が晴れ晴れとした顔で口を開く。
「いや、痛快でしたね。まさか姉上があそこで山魈を捕らえるとは思いませんでしたよ」
玉玲は手綱を操りながら苦笑した。
あやかしを素手で捕まえ、鳥籠にぶち込む女性は自分ぐらいだろう。
「瞬発力と敏捷性には自信があったので。それを
雑伎団では動物も扱っていたため、調教したり捕まえたりすることにも慣れていた。
まあ、あやかしは動物とは違うけど。
「俺の妃は優秀だと言っただろう」
「ええ。動けるうえに霊力が高くて知恵もある。連れてこられた訳がわかりました」
ここまで褒められると、さすがに照れくさい。
「いえ、知恵の方は別に。霊力が高いと言われても、全然ピンときませんし。実は、霊力についてもまだよくわかってなくて。あやかしが視えることの他に何かあるんですか?」
「主に三つある。一つはあやかしの気配や空気を関知できること。お前が持っている力だな。この能力がある人間は滅多にいない。次は、呪符や護符に力を込めることができること。この力がある者とない者とでは、札の効力が全く違う」
「補助能力というところですかね。皇子の中で
幻耀の説明を幻晴が補足してくれた。
「へえ、幻羽も。あの年で、すごいですね」
「兄上も得意な方ですよ。俺は苦手ですけど」
「お前はもう一つの能力が優れているだろう」
「兄上ほどではありませんよ。というより、この能力で兄上より優れた人間はいないのではないですか?」
「三つ目の能力ですよね。どんな力なんですか?」
玉玲は興味を覚え、幻耀に顔を向ける。
「あやかしを斬る力だ。これが、武芸の力と同じようで少し違う。妖刀であっても霊力がなければ、力のあるあやかしは斬れない。武芸が優れている皇子でも、霊力がなければ妖刀であやかしを滅することができないというわけだ」
「例えば、先ほどの山魈、あれはそこそこ高位のあやかしなので、第六、七皇子程度の霊力では斬れません。兄上と俺なら余裕ですけどね」
また幻晴がわかりやすく補足して胸を張った。
「なるほど。霊力といっても、いろんな力があるんですね。漣霞さんは? 変化の妖術と怪力の他に何か能力はあるの?」
玉玲は後ろに乗っていた漣霞にも関心を覚えて訊いてみる。
「何よ、怪力って! あたしの能力は変化と料理と賢さとかわいらしさくらいよ。狐精は変化の力に特化した種族だからね。その中でもあたしの力は別格だけど」
不相応な能力が三つ混じっていたが、力のあるあやかしであることは確かなようだ。
「それで、次はどんな事件を解決するつもりなのです? またあやかしによる連続殺人事件ですか? それとも集団誘拐事件ですか? 腕が鳴るなぁ」
「不謹慎な発言は改めろ、幻晴。被害が出ているのだぞ」
「それは、わかっていますけど。俺はもっと腕試しがしたいんですよね。凶悪なあやかしをばったばったとなぎ倒すような!」
一人熱くなる幻晴に、漣霞が白い目を向けて言った。
「あの皇子は脳みそが筋肉でできてるようね」
「うん。人の話を全然聞かないし」
「ちゃんと聞いてますって! それで、次の事件は?」
「芋泥棒です」
幻晴は拍子抜けした様子で「は?」と聞き直す。
「ですから、芋泥棒です。野菜を食べた罪で捕まった
「……芋泥棒って。しょぼっ!」
小バカにする幻晴を、漣霞と玉玲がギロリと睨みつけた。
「芋泥棒を舐めんじゃないわよ! 程度によっては滅されかねないんだから!」
「そうですよ! あやかしの大事な命がかかっているんです。事件を軽く見るのはやめてください!」
「あっ、はい。すみませんでした」
女性二人に責め立てられ、幻晴は肩をすぼめて謝罪する。
彼がしょげてしまったことで、だいぶ静かになった。
そこからは黙々と馬を走らせ、ひたすら先を急ぐ。
「まだ距離はあるが、街が見えてきたな」
幻耀が示す方向へ目を向けてみると、小高い山の
「
「ああ、あの村は
玉玲は握っていた
「早く毘毘や紬紬を安心させてあげたいですし、急ぎましょう」
三頭の馬は更に速く
※
玉玲たちはさっそく泰験の都督府を訪れ、門衛の案内を受けた。
もちろん皇子ではなく、御史一行として。牙牌を見せて名乗っただけで、門衛は官府まで慇懃に案内してくれた。
身分証明証を兼ねる牙牌は偽造できるものではなく、幻耀の配下である本物の御史に借り受けたものらしい。おかげで楽に捜査を進めることができた。
玉玲たちは高価な調度品が置かれた、なかなか豪奢な応接室へと通される。
しばらく待つと、赤い官服を着た肥えた中年男性がいそいそと部屋に入ってきた。
「お待たせいたしました、御史様。わたくし、泰験の都督を勤めております
うやうやしく
「あやかしによる農作物の被害について調べている。詳しく話を聞きたい」
都督は「はて?」と言って、不思議そうに幻耀の顔を見た。
「その件は先日、城から皇子殿下がお見えになって、原因とされるあやかしを捕らえていかれましたが?」
「あやかしが原因ではないかもしれないのだ。羅周は前々からあやかしのよる農作物の被害があったのか?」
「ええ。五年ほど前からだったでしょうか。あやかしが村の外れに住みつき、農作物を食べるようになったのです。被害は年々拡大し、最近では国への税も規定通り納められなくなるほどでした」
「それほどに? 納められなかった場合はどうなるのですか?」
玉玲は幻耀に目を向けて質問する。
「動物の被害や天災で農作物が不足した場合、ある程度は納税を憂慮される。あやかしも動物による被害と同様だ。報告書は提出したのだろう?」
「もちろんです。おかげさまで、ここ三年の税はいくぶん酌量されました」
「……三年か。その間、国から霊力のある調査官が監査に訪れなかったのか?」
「ええ。それほど多額の損害でも免税でもありませんでしたし。このように小さな騒動に稀少な調査官を送るほどのことではないと、判断されたのではないでしょうか」
「けれど、小さな手柄さえも欲した第四皇子が来て、解決していったというわけですね」
玉玲の隣にいた幻晴が小声で言って、
「損害の原因があやかしだと断定した理由は何だ?」
「被害が出始めてから見張りを置き、調査しました。けれども、誰も立ち入った形跡がないというのに農作物が消えていたのです。あやかしの仕業であるとしか考えられません」
「その話は本当なのですか?」
玉玲の疑問に、都督は自信ありげに「はい」と答える。
「おかしいと思われるのでしたら、他の役人や農民にも話を聞いてみるとよいでしょう」
玉玲は吟味するように都督の目を見つめた。
彼の話は本当か嘘か。
しばらく凝視してみるも、勘は働かない。
今の話だけでは、真偽の判別がつかなかった。
「わかりました。大事な部分なので村で話を聞いてみましょう」
玉玲は都督から幻耀に視線を移して進言する。
一行はすぐに都督府を出て、村へ赴くことになった。
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