第9話


 かやき屋根の民家が並ぶ狭い路を、農民たちがくたびれた表情で歩いている。

 大人も子供もせていて、顔にはあまり生気がない。


 羅周は、泰験からさほど離れていない場所にある貧しい農村だった。

 暮らす人々の顔や体を見る限り、相当生活が苦しそうだ。

 話しかけても、「はい」や「いいえ」ばかりで、要領を得ない。

 あやかしが農作物を食い荒らしていたのか訊いてみても、「はい」と短い言葉しか返ってこなかった。

 これでは玉玲の勘も発動しようがない。

 目についた農民全員の話を聞き終えたところで、漣霞が言った。 


「都督の話にいつわりはないようね」


 確かに、誰も都督の話を否定せず、肯定する人もたくさんいたけれど。


「本当にそうなのかな」


 玉玲は顎に手をあててこぼす。


「都督や農民たちが嘘をついていると思っているのか?」


 疑念を抱いていると、幻耀が訝しげに尋ねてきた。


「私に嘘までは見抜けません。でも、紬紬の言うことは本当だと思うんです。この村の付近に農作物を大量に食べるあやかしはいない。だとしたら、都督たちの話のどこかに偽りがあるのではないかと、感じただけです。もちろん確証はありません」


 全て紬紬の話を信じたうえでの推測だ。目を見ただけで話の真偽が見抜けたら楽なのだけど、自分の力はそう万能ではない。

 勘が働かず、真偽を見極められないのであれば、地道に調査するしかないだろう。


「あやかしに話を聞いてみましょう。この村の付近には他にも妖鼠が住んでいる、と紬紬が話してました。だから彼らに」

「話を聞くって、どうやってよ? 野生のあやかしは特に警戒心が強いわ。隠れて寄ってくることもないと思うわよ?」


 提案したところで、漣霞が疑問を挟んできた。 


「それについてはね、さっき村で一つもらってきたんだけど。かんしょを使おうと思うんだ」


 玉玲は袋に入れていた芋を取り出して示す。赤紫の皮に覆われた少し長い芋だ。


「紬紬は芋が好物みたいだったし、この芋、焼くととっても香ばしくて、甘くておいしいんだよね。芋好きのあやかしには、かなりの効果があると思うんだ」


 幻耀は腕を組み、納得したように頷いた。


「試してみる価値はあるな」


 玉玲も頷き返し、さっそく必要な道具を準備して人気のない野原へと向かっていく。

 まずは落ち葉と炭を使って火をおこす。

 落ち葉の火が消えて灰になりおきの状態になったら、その下に甘藷を入れて灰を被せる。

 あとは灰や熾火の熱で甘藷が焼けるのを待つだけだ。


 しばらくすると、香ばしい芋の匂いがどんどん広がっていった。

 玉玲は幻耀たちと一緒にかなり離れた木陰で待機する。


「これだけ距離を取っていれば、警戒心もなくなるでしょう。焼き芋の匂いで私たちの匂いはかき消されるでしょうし」

「でも、妖鼠がこの近辺にいるとは限りませんよ。遠くにいた場合、気づくでしょうか?」


 幻晴の疑問に、漣霞が物知り顔で答える。


「妖鼠はね、とっても鼻が利くのよ。人間の十倍くらいはあるんじゃないかしら」

「普通のネズミも人間よりずっときゅうかくが鋭いらしいからな。離れた場所にいても、匂いに引き寄せられてくる可能性はじゅうぶんにある」


 漣霞と幻耀の言葉に、幻晴は「なるほど」と言って納得した。

 全員が息を詰めてき火の方へ目を向けていたその時。


 ――あっ、来た!


 玉玲は心の中で喜びの声をあげる。

 紬紬によく似たネズミのあやかしが、恐る恐る焚き火の方へと近づいてきたのだ。

 そして、キョロキョロと周囲を見回してから、煙の中を覗き込む。


「あたしに任せて」


 漣霞はそう告げるやいなや、狐色の妖鼠に変化した。

 なるほど、警戒心を削ぐために同族のあやかしになって近づこうというわけか。

 漣霞はゆっくり妖鼠の方へと向かっていき、控えめに声をかけた。


「ねえ、あんた、ちょっといい?」


 妖鼠はビクリと体を震わせ、やにわに逃走する。

 思っていた以上に警戒心が強い。


「待って! 紬紬のことで訊きたいことがあるの!」


 とっさに玉玲はそう言って、妖鼠を呼びとめた。


「……紬紬?」


 妖鼠がその言葉に反応して、玉玲の方へと振り返る。


「あなた、紬紬のことを知っているのでチュか!?」


 しめた。玉玲は心の中でつぶやき、わずかに口角をあげる。この辺りでは少ない同族の名だ。紬紬の名前を出せば、警戒心がゆるむと思っていた。


「うん。京師みやこで会ってね。私たちは紬紬を救うためにここへ来たの」

「京師? あの子、そんなところまで連れていかれたのでチュか!? 何てことでチュ!」


 妖鼠が頭を抱えて嘆く。

 この反応、紬紬の姉か母親だろうか。紬紬がいなくなり、相当心配していたのだろう。


「訊きたいことがあると言いましたね。何でチュか? あの子を助けるためなら何でも話しまチュよ」


 妖鼠が自分から玉玲へと近づいてきて申し出た。

 これは予想以上の効果だ。

 玉玲は喜びの感情を抑え、単刀直入に質問する。


「ここ数年、この村では何らかの原因で農作物の収穫量が減ったよね? その原因について思いあたることはないかな?」

「あんたたちが食い尽くしたと思われてるみたいなんだけど」


 漣霞があおるように言い添えた。


「ありえないでチュ! 一族で決められているんでチュよ。あやかし狩りがやってくるから、農作物をたくさん食べてはいけないって。たまにしか拝借してませんよ!」


 妖鼠は全力で否定する。

 紬紬が話していたことと同じだ。

 野生のあやかしたちは、霊力のある捜査官や討伐者を『あやかし狩り』と呼んで恐れている。妖鼠たちの仕業でないことは間違いないだろう。


「じゃあ、何が原因だと思う?」

「ちょっと待ってください。そもそも、農作物の収穫量って減っていたのでチュか? うちが観察していた限りは、ここ数年、特に変化はありませんでしたよ?」


 妖鼠が告げた言葉に玉玲は瞠目し、幻耀と顔を見合わせる。 

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