第10話


「それは確かな話なの?」

「うち、農作物に関しては一族の中でも特に注意を払っていたんでチュ。極端に減るようなことがあれば、あやかし狩りを呼び寄せかねませんから。遠くから収穫される様子も見ていましたし、間違いないでチュ」


 妖鼠は自信ありげに胸を張って断言した。


「……収穫量は減ってない」


 玉玲は気の抜けた声でつぶやく。

 都督や農民たちの言葉より、妖鼠の話の方がよほど信じられた。


「どういうことでしょう? 今の話が本当ならば、都督や農民の方が嘘をついていることになりますが」


 幻晴の問いかけに、幻耀が難しい顔をして答える。


「横領だろうな。国に収穫量を少なめに申告し、浮いた税や農作物を詐取していたのだ」

「それでは、ここの都督が? 農民まで嘘をついていたのはなぜでしょう?」


 その質問に対しては、玉玲が見解を述べた。


「何らかの見返りを与え、口封じをしていたのかもしれません。この村はだいぶ貧しいようですし、生活するために都督の話にのってしまったのではないでしょうか」

「ああ。あまり言いたくはないが、暘帝国は他国に比べて税が高いからな。ゆえに、貧しい町や村には救済策として、天災や動物の被害があった時などに税を酌量する処置が施されているのだ。そこをうまく突かれたのかもしれない」


 あやかしの被害を装った、人間による汚職。それが、この事件の真相。


 受け入れがたい事実が胸に重くのしかかり、玉玲は頭を悩ませる。

 都督や農民たちの反応を思い返していると、幻晴がいきどおりをあらわに言った。


「役所と農民がグルになって虚偽の申告をしていたということですよね。本当だとしたら許せないな!」


 興奮する幻晴と渋い表情の幻耀に、玉玲は視線を向けて訴える。


「農民については酌量の余地を与えてくれませんか? 生活がとても苦しそうです。おそらくたいした見返りは得られてないでしょう。家族が生きていくために仕方がなかったのかもしれません」


 今思うと、農民たちの反応が鈍かったのは、罪悪感からだったのかもしれない。


「そうだな。だが、都督となると話は別だ」

「当然です! とっちめてやりましょう!」


 息巻く幻晴に、幻耀はあくまで冷静に指摘する。


「だが、まだ推理の段階だ。証拠が揃ってないぞ。この妖鼠に証言させるわけにもいくまい」


 幻晴は「うーん」とうなり、玉玲に期待のまなざしを送った。

 幻耀と漣霞も意見を求めるように視線を向けてくる。

 頼ってくれるのはうれしいけれど、そうポンポンと解決策なんて出てくるものじゃない。証拠もなければ証人もいないのだから。

 だが、打てる手がないわけでもない。


「まずは揺さぶりをかけてみましょうか」


 玉玲はそう言って、都督府がある泰験の方角を鋭く見すえたのだった。



     ※



 大家の書画や絵皿が飾られた豪奢な部屋に、張りつめた空気が充満している。

 小規模な地方長官の執務室にしては、ずいぶんと羽振りがいい。


 都督の執務室に押しかけた玉玲たちは、有無を言わさず尋問を開始した。


「農民たちに話を聞いてきたぞ。怪しいと思い尋問したら、毎年規定された量の農作物を納めていたと証言した。これはどういうわけか?」


 まずは幻耀が、玉玲の用意した台本通り都督に揺さぶりをかける。


「そ、そんなはずはありません! その話が本当だとしたら、農民が私をおとしめようと嘘をついたのです! 私が偽りの申請をしたという証拠がどこにございましょう!」


 都督は躍起になって主張した。


 まあ、こう言うだろうとは思っていた。

 もちろん、証拠はない。農民たちからも証言を得られてはいなかった。

 ここで素直に罪を認めてくれたら楽ではあったのだけれど、今はこれでいい。

 疑惑を伝え、調査に応じさせることができれば。


 都督はどうにか疑いを晴らそうと、奥の書棚を探り、帳簿らしき冊子を卓子つくえの上に置いた。


「こちらをご覧ください。この帳簿には国に納めた税と農作物について詳しく書かれております。もし申請が偽りであるとすれば、どこかに余分な農作物があるはずですよね? お疑いになるのであれば、都督府の倉をお調べください!」


 玉玲は幻耀に向かって頷き、都督の申し出を受け入れることにする。

 まあ、何もないから言っているのだろうけど、どこかにほころびがあるかもしれない。こちらにはもある。


 すぐ都督府の倉へと赴き、中の様子を調べた。


「確かに、倉には何もないですね」


 木造の倉は薄闇をまとうばかりで、米粒一つ落ちていない。


「今期の作物はすでに城へ納めました。倉が空であることがその証拠です」

「でも、他の場所に農作物を隠してあれば話は別ですよね?」


 当然抱く疑惑を伝えると、都督は小さく「ぐ」とうなった。

 今のは、倉を調べただけでは疑いを晴らせないことに対する反応なのか。はたまた図星を突いたのか。

 後者であると予測して、玉玲はふところに向かって声をかけた。


「あなたは嗅覚が優れているんだよね? 近くに農作物の匂いはない?」


 こういった事態に備えて用意した秘密兵器。村外れの野原で話を聞いた妖鼠だ。

 あの後、焼き芋を与え、役に立つかもしれないと連れてきていたのだった。

 玉玲の襟もとから飛び出した妖鼠は、くんくんと鼻を動かす。


「この辺りにはないようでチュね」


 妖鼠の嗅覚が届く範囲、少なくても都督府の敷地内にはなさそうだ。


「他の場所も調べてみるか」


 幻耀の言葉に玉玲は頷き、都督に問いかける。


「都督の邸を調べさせてもらってもいいですか?」


 一瞬、都督の眉がピクリと震えた。

 目にもくらい影が宿ったような。


 沈黙したのも束の間、都督は自信ありげに胸を張って主張する。


「もちろんです。私にやましいところなどありません」


 どうも怪しい。

 玉玲の勘はようやく働き始めた。


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