第11話
その後、玉玲は都督が用意した馬車に乗り、幻耀たちと共に街の最北にある邸を訪れた。
近くの民家や邸宅とは比べられないほど規模の大きい四合院の豪邸だ。
長官だから収入があるのは当然だが、羅周の様子を見た後では釈然としない。
玉玲は都督に対する疑惑を深めながら、敷地内を細かく調査する。
厨房や食料庫はもちろん、
「必要な食料以外は邸にないようですね」
敷地内の主要な
「ですから、申しあげたでしょう。私にやましいところなどないと」
都督はどこか安心した様子で言った。
まあ、すぐ見つかるような場所に隠していれば、邸行きをどうにか阻止していただろう。
「どうかな? 他に気になる匂いはない?」
玉玲は、地面にいた妖鼠を見おろして尋ねる。
「調べてみるでチュ」
妖鼠は辺りの匂いを嗅ぎながら歩き出した。
「どこへ向かわれるのです? そちらには不要な骨董品や古書を収めた倉庫しかございませんよ?」
都督も従僕を一人伴い、あわてた様子で後についてきた。
「こっちから匂いがするでチュ」
妖鼠はそう言って、木造の倉庫の前に立つ。
幻耀が倉の扉を開け、真っ先に中へと入っていった。
玉玲もその後に続いていき、内部の様子を確認する。
都督が話していた通り、がらくた同然の骨董品や積みあげられた古書が置かれていた。
「確かに、食料はないみたいですね」
広さは小さめの民家一軒ぶん程度で、何かを隠せそうな場所も見あたらない。
「いいえ、近くから匂いがしまチュ。この下でチュ」
北側に置かれた書棚の前に立って、妖鼠が指摘した。奥行きがあって、だいぶ重そうだ。
幻耀と幻晴が二人がかりで書棚を隣へ移動させる。
すると、現れた床板の奥に不自然なくぼみがあった。
――もしかして。
ある予感がした玉玲は、くぼみに指をかけ、床板を引きあげる。
その下は空洞になっていて、下へと傾斜する階段が見えた。隠し部屋だ。
後方にいた都督が「あっ」と狼狽の声をあげる。
「調べてみましょう」
幻晴が都督を胡散臭そうに見て、階段をおりていった。
玉玲も幻耀や漣霞と一緒に彼の後を追う。
地上の光が届かない場所まで進むと、さすがに真っ暗で何も見えなかった。
「漣霞」
「お任せください」
幻耀に名を呼ばれた漣霞がそう言って、息を吸い込む。
すると、漣霞の吐き出す息が青白い炎となって周囲を照らした。
感心しつつ、玉玲は階段の先へと目を向ける。
「これは……!」
真っ先に幻晴が驚きの声をあげた。
予想がついていた玉玲は、努めて冷静に地下の隠し部屋を観察する。
大根、人銀、筍、じゃがいもなど。大量の野菜が木箱の中にぎっしり収められていた。
「ここに隠していたのか。妖鼠がいなければ見つけられなかっただろうな」
幻耀の言葉に頷き、玉玲は足元にいた妖鼠を見やる。
普通に調べていては、証拠を突きとめられなかっただろう。妖鼠には感謝の言葉しかない。
これで不正を暴く準備は整った。あとは都督に罪を認めさせるだけ。
そう思い、地上に引き返そうとした時だった。
バタン! という大きな物音が耳を突く。
嫌な予感がして階段をのぼってみるも、出口をふさがれ先に進むことができない。都督が隠し扉である床板をのせたのだ。
幻晴が下から床板を持ちあげようとするが、びくともしなかった。
「くそっ、上に書棚を置いたな」
玉玲は地下におりる前の状況を思い返して推測する。書棚は一人で運べるような重さではなかった。おそらく、伴っていた従僕に手伝わせたのだろう。
まあ、こうなる予想ができなかったわけでもない。こちらには切り札があるから大丈夫だと思ったのだ。
「漣霞さんなら、わけないよね?」
玉玲は切り札を見て、にっこりと笑う。
「もう、あやかし使いの荒い子ね」
漣霞は溜息をつくと、階段をのぼっていき、床板の下に両手をあてた。
そして、次の瞬間。
「うおりゃぁぁぁっ!」
気合いのこもった雄叫びが周囲一帯にこだまする。
一拍後には、床板が書棚ごと持ちあがり、地上から光が差し込んできた。
「さ、さすが」
吹っ飛ばされた書棚を見て、玉玲は戦慄を覚えながらつぶやく。
漣霞の怪力を初めて目の当たりにしたのか、幻晴は狐につままれたような表情だ。
「ほら、さっさと都督を追うわよ」
漣霞の言葉にハッとして、玉玲は直ちに外へと走り出した。
せっかく証拠を掴んだのに、このままでは逃げられてしまう。何としても阻止しなくては。
幻耀たちと門を目指して疾走し、裏院に達した時だった。
抄手游廊の方から八名の男たちがこちらに駆けてくる。おそらく邸を警備する都督の私兵だ。
その後ろには、逃げたと思っていた都督が焦燥にかられた表情で続いていた。
いったいどういうつもりなのだろう。
立ち止まった玉玲たちに、都督は醜悪な笑みを浮かべて告げる。
「どうやって出たかは知らんが、お前たちの命もここまでだ」
私兵たちが手にしていた剣や刀を抜き、地面に
「たかだか御史一人に従者二人だ。盗賊に襲われたように偽装すれば、私が疑われることはあるまい。少人数でやってきた自分たちのうかつさを呪うのだな。やってしまえ!」
剣を構えた私兵たちに、都督は高らかに号令を出す。
さすがにここまでは予想できず、玉玲は冷や汗を浮かべた。
まさか、都督がこんな暴挙に打って出るなんて。
この危機をどうやって回避すればいいのだろう。
考えを巡らせていると、幻耀が
「漣霞、妖鳥に変化して、玉玲を上空へ避難させろ」
「かしこまりました」
幻耀の命令を受けるやいなや、漣霞が狐色の巨大な鳥に変化する。七色の尾羽を持つ怪鳥だ。
「ほら、乗りなさい」
瞠目する玉玲に、漣霞が体を屈めて促した。
「え? でも……」
玉玲は戸惑いをあらわに幻耀と幻晴に視線を向ける。相手は屈強そうな男八人だ。
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