第一章 皇位継承争いの行方
第1話
何だか少し
「ちょっと、あんた何やってんの!? 焦げてるわよ、それ!」
かたわらから
黒く変色した
「
ああ、何てもったいないことを。
床は掃除したばかりだし、焦げを取りのぞけば食べられるだろうか。
あたふたする玉玲をあきれた様子で眺め、漣霞は肩をすくめて指摘する。
「最近あんた、変よ。すぐボーッとしちゃって。昨日も
玉玲はギクリとして、皿に拾いあげた蟹肉炒蛋をまたひっくり返しそうになった。
自分にドジッ子属性はないはずなのに。確かに、漣霞の言う通りだ。ここのところ考え事が多すぎて、仕事に集中できていない。
一番の悩みの種、それは――
「もしかして、恋わずらい?」
思わぬ指摘を受け、玉玲の頬は一瞬で朱に染まる。
「ち、違うよ! それは、太子様のことは人として好きだけど、恋とかじゃないしっ。妃をやってるのも、期間限定の仕事だし、異性として見てるわけじゃないから!」
恋愛感情なんてない。自分に言い聞かせるように否定する。最近、彼のことばかり考えてしまうけど。突然口づけをされて、あんなふうに口説かれては、感情をかき乱されるのも無理はない。
しかも、覚悟しろとか言っておいて、全然何もしてこないし。あの後、すぐに後宮を出ていって、二日も帰ってこないし、放置だし。何をされるのか、ずっとドキドキしながら過ごしてきたのがバカらしい。
「太子様のことなんて、別に……」
「あら、あたし、恋わずらいの相手が幻耀様だなんて言ってないわよ?」
漣霞は頭脳派を自称する
今の精神状態では、会話するたびに墓穴を掘って茶化されそうだ。
粛々と仕事に取り組むことにしよう。今日は失敗続きで、時間が押している。
「おーい、まだかー?」
料理を続けていると、外から少年のような呼び声が聞こえてきた。
「みんな、待ちくたびれてるぜ」
二股しっぽの黒猫、いや猫のあやかしが窓から顔を出す。玉玲と一番親しい
「うん、すぐに行くね」
玉玲は出来あがっていた料理を台車に載せて、御膳房を出た。まだじゅうぶんな量は作れていないが、とりあえずできているぶんだけでも持っていこう。あやかしたちがおなかをすかせて待っている。
北後宮の中心部にある広場まで行くと、案の定たくさんのあやかしが集まっていた。
玉玲を見るや目の色を変え、料理へと群がってくる。
「遅いぞ。我が輩を待たせるとは、けしからん!」
「早くするニャ! もう腹ぺこニャ!」
《まんじゅう》に食らいついた。
この二匹は、玉玲が料理をふるまい始めた頃からの常連だ。
「昨晩から楽しみにしてたナリ。よだれが止まらないナリ!」
三尾の狐精には好物の油揚げを。他にも五目春巻、
猫怪が五十、狐精はその半分くらいか。初期の頃は十数匹しかいなかったのに、ずいぶんと増えたものだ。
「わしらもよいかのぅ?」
あやかしたちをしみじみと観察していたところで、後方からしわがれた声が響いた。
「ここでふるまう料理は絶品だという話を聞いてなぁ」
振り返った玉玲は、驚きに目を丸くする。白くて長い眉毛を生やした老齢の
小動物や昆虫も年を経ると妖怪化する。ただ、彼らは他の種族とは
「どうぞどうぞ! 好きなだけ食べていって。といっても、あまり残っていないけど」
玉玲は笑顔で料理を勧め、苦い笑みをこぼす。猫怪と狐精たちがあっという間に食べたため、提供できる料理がほとんどない。
「また作ってくるね。食べたい料理があったら言って。希望はできるだけ叶えるから」
せっかく来てくれたのだ。猫怪や狐精以外のあやかしとも仲よくなって、後宮の空気をよくしたい。
「では、エビやザリガニの料理を所望しようかのぅ」
「小生は果物や木の実を使った甘味をお頼み申す」
老齢の鼈妖とハリネズミの諸精怪が、続けて要望を出してくる。
「わかった。近いうちに調達するね」
玉玲は喜色を浮かべて答え、あやかしたちを見回した。
彼らは顔つきをゆるめ、残った料理を食べ始める。虫の諸精怪の表情まではよくわからないけれど、穏やかな空気を発していることは何となく読み取れた。この広場だけではない。後宮全体の空気も以前よりだいぶきれいになっている。
それを明確に感じたのは二日前。幻耀が桃の
だから、料理を武器にあやかしたちをなごませ、この調子でもっと空気をよくしていければ。
「ちょっと、安請け合いしちゃって大丈夫なの? 食材もうあまり残ってないわよ?」
気合いを入れていると、漣霞が痛いところを突いてきた。
玉玲の二つ目の悩み。それは食料不足だ。食材を手配してくれていた宦官の
別に幻耀のことばかり考えていたわけではなかった。食材をどうやって入手すればいいか。文英と雪珠は無事に皇城から逃げることができたのか。最近は
それは、幻耀のことも気にはなるけれど。
せめて今どうしているかだけでも
不安とせつなさに胸をつまらせていた時。
「ずいぶんにぎわっているな。またあやかしが増えたか」
待ち望んでいた声を聞いた気がして、玉玲はハッと顔をあげる。
あやかしたちが一斉に逃げていく。残ってくれたのは莉莉と漣霞の他に、以前力を貸してくれた数匹の猫怪だけだ。逃げないあやかしが増えただけでもありがたいけれど。
近づいてくる幻耀を見て、玉玲も隠れてしまいたくなる。あのやり取りの後、初めて会うのだ。どんな顔をして迎えればいいのかわからない。
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