第14話
北後宮を吹き渡る早春の風に乗り、桃の花弁がひらひらと舞っている。
幻耀から鍵を受け取った玉玲は、仲間はずれにされて少ししょげていた莉莉と一緒に獄舎へと向かった。
「みんな、お待たせ! 解放するのが遅れてごめんね」
声をあげながら入り口へと駆け込み、まずは猫怪たちの檻房の鍵を開ける。
「ああ、これでやっと自由になれる! あいつがうるさすぎて、うんざりしてたんだ」
檻房から出た
「何やて!? あんたらが辛気くさい顔してたから、空気をなごまそうとしてやったんやないかい! この根暗にゃんこ、血ぃ吸うたろか!」
玉玲は「まあまあ」と毘毘をなだめ、彼らの檻房の扉を開け放つ。
「毘毘も紬紬もここから出て。大変な目にあわせてごめんね」
「いいんでチュ。いろんなあやかしたちと話ができて楽しかったでチュ。料理もおいしかったでチュし」
紬紬はそう言って檻房を出てくれたが、毘毘はツンと顔をそむけて動かない。
「わいは許さんで。あと一歩というところで冥府へ送られそうやったんや。どれほど怖い思いをしたことか」
羽で自分の体を抱きしめて震える毘毘に、鯖トラがツッコミを入れる。
「あんた、ずっとしゃべり通しで、楽しそうだったじゃないか」
「うっさいわい! とにかく、わいはただでは許さんからな!」
玉玲は檻房の中に入り、毘毘の顔を覗き込んで尋ねた。
「じゃあ、どうしたら許してくれるの?」
「当然、見返りを求めるで。お嬢ちゃん、あんたや」
毘毘は
「えっ、私?」
「あんたからは旨そうな血の匂いがする。極上の血や。ああ、心配はいらんで。取って食おうってわけやないから。あんたは気立てがよくて料理も上手いし、何よりかわいい。将来きっと
「調子に乗るなぁ!」
毘毘の言葉を遮るや、後方にいた莉莉がもふもふの茶色い体へと飛びかかった。
「ぐえぇっ」
「莉莉!」
すぐに玉玲は莉莉の体の抱きあげ、毘毘から引き離した。
「誰が玉玲をお前なんかの嫁にやるもんか! 玉玲はな、玉玲はおいらの……」
「俺の妃だ。あきらめろ」
ふいに後方から不機嫌さをにじませた声が響く。
直後、玉玲の腰に誰かが腕を回してきた。自分のものであることを示すように。
「幻耀様!?」
玉玲は彼の顔を振りあおぎ、狼狽の声をあげる。
「くっ、太子」
玉玲の腕から飛びおりた莉莉が、威嚇するように幻耀を睨みつけた。
毘毘は訳がわからなそうに首を傾げて、幻耀を見あげる。
「ちょっと待って。きさきって何? 木先? 手先? ……ああ、あんたの手下やったか!」
「俺の嫁だ。残念だったな」
勝手に納得する毘毘に、幻耀はピシャリと言って切り捨てた。
――俺の嫁、って……。
玉玲は真っ赤になってうつむく。確かに、妃は一般で言う嫁に相当するものだけど。改めてそういう言われ方をすると、かなり恥ずかしい。
恥じらう玉玲の顔を見た毘毘は、衝撃を受けた様子でくずおれる。
「そ、そんな……っ。恋が始まったばかりやっちゅうのに、相手は人妻やて……?」
「おじちゃん、元気を出チュでチュ。きっとここには他にかわいいあやかしがたくさんいまチュよ」
紬紬が毘毘の近くまで寄っていき、肩に手を置いてなぐさめた。
「あいにく、お前たちは野生のあやかしだ。明日にはここから出ていってもらうぞ」
「なっ、何やて……っ!?」
「無実の罪で連れてこられたのだ。疑いが晴れれば、出ていくのが当然だろう」
目を剥く毘毘に、幻耀は冷ややかに告げる。
毘毘は「ふざけんなやっ!」と怒りの声をあげ、聞かん坊のごとく檻房に居座った。
「わいは出ていかんで! お嬢ちゃんがだめでも、ここにはまだ美味な料理があるんや! チュウすけの言う通り、かわいいあやかしがおるかもしれん。わいはここで嫁さん探しながら、旨い料理を堪能するで!」
「僕ももう少しここにいたいでチュ。見たことのないものがたくさんあって楽しいでチュし、おいしい料理をおなかいっぱい食べられそうでチュから」
紬紬も滞留を訴え、すがるような目で玉玲を見あげてくる。
「幻耀様、人間の勝手な都合で連れてこられたんです。彼らが満足するまでここに置いてあげましょう」
玉玲はさりげなく幻耀の体から離れ、彼の目を見て申し出た。
毘毘と紬紬もうるうるとしたつぶらな瞳で幻耀を見つめる。
「……仕方がないな」
けなげなもふもふたちに
「おい、太子! お前まで甘すぎるぞ! こんなうるさいやつを
「あんたもじゅうぶんうるさいけどな。それに面倒くさそうや。さっきの反応を見た限り、あんた、旦那持ちのお嬢ちゃんに――」
「うるせえっ! 黙らねえと、また噛みつくぞ!」
茶々を入れてきた毘毘に、莉莉がまた飛びかかる。
だが、毘毘はひらりと身をかわして天井へと逃亡した。
「逃げるな! 卑怯者!」
「へっへ~。悔しかったら飛んでみいな」
莉莉は鉄格子をうまく利用して、宙へ飛ぶ。
間一髪のところで、毘毘がまた避けた。
「くっそー!」
楽しそうに逃げ回る毘毘と追いかける莉莉を見て、幻耀が穏やかな表情でこぼす。
「更ににぎやかになりそうだな」
玉玲も「ええ」と頷き、笑みを浮かべながら二匹の
相性は悪そうだけど、莉莉の表情はどこか生き生きとしているし、たぶんうまくやっていけるだろう。後宮の空気も少しずつよくなっていくはずだ。
玉玲は期待に胸をふくらませ、晴れ渡る空を窓から見あげたのだった。
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