第13話



 皇城の中軸線上にある外朝の正殿、れい殿。

 幻耀が城に戻った翌日の正午前、臨時の朝議が開かれた。

 突然召集令を受けた官吏たちは、広間に立ち並び、戸惑いの表情を浮かべている。


 緊迫した空気が漂う中、最奥の玉座に腰をおろした皇帝が、おもむろに口を開いた。


「幻偉、前へ出よ」


 名を呼ばれた幻偉は、一瞬ビクリと体を震わせ、「はっ」と返事をする。

 玉座の前の階下でひざまずいた幻偉に、皇帝は鋭い視線を向けて下問した。


「なぜ呼ばれたのかわかるな?」


 幻偉はただこうべを垂れる。


 皇帝のもとに事件の報告が届いたのは、昨日の深夜。事態を重く見た皇帝が、翌朝さっそく事件の真犯人と関係者を査問し、今こうして臣下たちを召集したのだ。

 当事者である幻偉と一部の高官には、事の次第が伝えられている。


「お前はこの短期間で二件の誤認逮捕者を出した。お前にあやかしのことを任せるわけにはいかぬ。しばらくは謹慎しておれ」


 幻偉の外祖父であるていしょうしょれいが、即座に「主上!」と反論の声をあげた。


「それは厳しすぎる処遇ではないでしょうか? 誤りは誰にでもあるわけですし、殿下は国のために力を尽くそうと――」

「では、お前は身内が無実の罪を着せられ処刑されても許すと申すのか? 対象があやかし二匹とて、幻偉の失態の大きさは変わらぬ。親王位を剥奪されなかっただけ軽い処罰だと思え」

「し、しかし……」


 尚も引きさがろうとしない尚書令を、皇帝が冷ややかに見おろす。


「お前は、北後宮からあやかしを逃亡させた責任として、幻耀には親王位の剥奪を求めた。かわいい孫には優しい処罰で済まそうと申すのか?」


 皇帝の冷視を浴びた尚書令は、蛇に睨まれたかえるのようにしゅくし、そのまま黙り込んだ。


 皇帝はいくぶん目つきをやわらげ、広間の前列にいた幻耀に視線を移す。


「幻耀、大儀であった。今後は幻偉の代わりに北後宮はお前が治めよ。獄舎の管理もお前に任せる」


 幻耀は「御意」と言って、こうべを垂れた。


「誰も文句はあるまいな?」


 立ちあがった皇帝は玉座の置かれたしゅうるしだいから、臣下たちをへいげいする。

 みな硬い表情で押し黙り、言葉一つもらそうとしない。

 幻偉も尚書令も悔しそうに拳を握りしめるばかりだった。


「では、これにて散会とする」


 皇帝は淡々と告げて、きざはしからおりていく。


 その姿が黎和殿の扉の向こうへ消えると、静まり返っていた宮殿にざわめきが広がった。

 事情を知らない官吏たちは、何があったのかと議論を交わし合っている。

 喧噪が波及していく中、玉座の前で呆然とたたずむ幻偉のもとへ、幻耀はゆっくりと近づいていった。


「獄舎の鍵を渡してもらおうか」


 失意に沈む幻偉の前に立ち、手を差し出す。


「くっ!」


 幻偉は悔しそうに幻耀を睨みつけると、懐から取り出した鍵を金磚くろれんがの床に叩きつけて、去っていった。


 鍵を拾いあげた幻晴が、あきれたように肩をすくめる。


「大人げない男ですね。でも、悔しそうな顔を見て、いくぶんすっきりしましたよ」


 幻晴から鍵を受け取った幻耀は、すぐに宮殿の入り口へと足を向けた。


「おや、さっそく姉上のもとへ向かわれますか」

「ああ。これがあれば、捕まった無実のあやかしたちを解放できる。玉玲も喜ぶだろう」


 彼女の笑顔を思い浮かべると、温かい気持ちになる。

 早く玉玲の喜ぶ顔が見たい。

 黎和殿を出た幻耀は、北後宮の門へと繋がる路を知らず知らず駆けていた。


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