第2話
心配していた検問は何の問題もなく通過し、玉玲たちは暘帝国の
少しも性別を疑われなかったのは女として問題だけど、急いでいたので助かった。
目指すは京師南方にある城郭都市、
朝靄をまとっていた太陽は、厘慶の南外門をくぐった時には、中天で
玉玲たちはさっそく目的の場所、『
「きゃあ~、色男よ! 何て素敵な男性なのかしら」
「お兄さん、遊んでいかない? 営業時間じゃないけど、お兄さんなら商売を抜きにお相手しちゃうわ」
「ずるいわ! 私が先よ!」
露出度の高い色鮮やかな
幻耀を巡って争う妓女たちの様子を、玉玲は少し離れた場所から呆然と眺めていた。
「まあ、あの容姿ですからね。いつものことですよ」
口説かれている幻耀の姿を見て、幻晴が肩をすくめてこぼす。
「い、いつものこと?」
「任務で街に出たりすると、ああして女性が寄ってくるんです。まあ、兄上はいっさい相手にしませんけど。もったいないなぁ。俺ならまとめて相手してあげちゃうのに」
軽口を叩く幻晴に、玉玲はまたもや軽蔑のまなざしを向ける。皇子には子をたくさんもうける義務があるとはいえ、節操がなさすぎだ。
「それにしても、ここの女性はやたらと積極的だなぁ」
何だかどんどん腹が立ってきた。幻晴の言動にも。幻耀に群がる妓女たちにも。
「離れてください! この方はここに遊びにきたんじゃないんです!」
玉玲は妓女たちの方へと近づいていき、幻耀から引き離しにかかる。
「それ以上失礼なことをしたら――」
「失礼ですって? 殿方を口説くことのどこが失礼なのよ!」
「ここは
興奮状態だった妓女たちは激高し、玉玲の肩を突き飛ばした。
玉玲の体は
だが、その直前で幻耀が背中に素速く腕を回し、玉玲の体を抱きとめた。
玉玲がホッと息をついたのも束の間。
「この者に手を出したら、女でも容赦しない」
幻耀が氷のように冷ややかな目で妓女たちを睨みつけた。
殺気と見まがうほどの鋭さに、妓女たちの顔がサッと青ざめる。
「ここの経営者を呼べ。お前たちに用はない」
幻耀が冷たく命じると、妓女たちは逃げるようにその場から去っていった。
彼女たちの姿が見えなくなるや、幻耀は表情をやわらげて玉玲の顔を覗き込む。
「お前が嫉妬するとは珍しいな」
「し、嫉妬なんかじゃ……っ! 捜査に邪魔な女性を追い払いたかっただけで」
玉玲は真っ赤になって主張した。
「では、捜査が終われば、俺が妓女たちの相手をしてもいいと思えるのか? お前以外の女に触れても平気だと?」
「そ、それは……」
「お前は本当の妃ではないから、俺が誰を相手にしようと自由なはずだろう?」
幻耀が後ろから体を抱きしめたまま、耳元で挑発するようにささやいてくる。
玉玲は顔を紅潮させたままうつむいた。彼はこんなに意地悪な男性だっただろうか。彼が他の女性の相手をするなんて、嫌に決まっているのに。
「……あの、いちゃつくのはその辺りにしたらどうでしょう? 姉上はその格好ですし、あらぬ誤解を招きますよ?」
幻晴の言葉に、玉玲はハッとして顔をあげた。
妓女見習いと思われる少女たちが、建物の影からこちらに熱視線を送っている。玉玲に嫉妬するどころか、頬を赤らめて喜んでいる様子だ。
おい、青年と少年宦官(本当は乙女)だぞ。少年趣味に走る美青年を愛でるような顔はやめてくれ。
玉玲が慌てて幻耀から離れると、少女たちは残念そうに溜息をついた。
色街の少女たちには変わった
余計な心配をしていたところで、妓楼の入り口から豪奢な身なりの女性がやって来た。
髪を
「お待たせいたしました。万華院の
妓楼の経営者である仮母を名乗った女性は、手短に挨拶して幻耀の顔色をうかがった。
「俺は京師から派遣された
幻耀は腰に下げていた
官吏や役所を監察する御史として通すことにしたらしい。隠密行動を取ることが多い御史を称せば、身分がばれることなく捜査を行えそうだ。
「はぁ、京師の御史様でございますか。しかし、その件は城から皇子殿下が来られて、解決されたはずでは? 確か、
仮母が不可解そうに幻耀を見あげて確認する。
「気になる点があってな。再び調査することになったのだ」
幻耀は極めて端的に事情を伝えた。
「……そうでしたか。わかりました。できる限り協力させていただきます。それで、私に訊きたいこととは?」
「この妓楼には、捕まったあやかしに襲われた妓女がいるそうだな? そのあやかしの住処からも近いと聞いた」
「はい。私にはあやかしが視えませんので、住処については存じあげませんでしたが、妓楼の裏の
仮母は青白い顔で答え、震えを抑えるように自らの両腕を抱く。
「襲われた妓女は現在治療中でして、部屋で休ませております。お会いになりますか?」
「ああ。案内を頼む」
「かしこまりました」
玉玲は幻耀の後ろについて、仮母の案内に従った。
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