第三章 謎解き後宮調査隊
第1話
髪は後頭部で一つにまとめ、焦げ茶色の
「お待たせしました。準備が整いましたので、お願いします」
努めて明るく声をかけたのだが、幻耀は全く反応しない。
「あの、まだ納得してもらえていないのでしょうか?」
玉玲はたじたじしながら訊く。彼には昨夜、毘毘たちのことを報告し、明朝調査に行きたい旨を伝えて、「わかった」という言葉を得ていたのだけれど。不機嫌に見えるのはどういうわけだろう。納得していなかったのか、それとも昨夜幻耀の申し出を固辞して、もふもふ部屋で寝たからか。睡眠不足なのだ。理解してもらいたい。
言葉を待っていると、幻耀が仏頂面のまま口を開いた。
「少数精鋭の極秘調査として赴くことになる。第四皇子に疑いを抱いていることがばれるとまずかいらな。護衛の人員も限られてしまうのだ。俺はお前を危険なことに巻き込みたくない」
つまり、自分の身を案じて、迷っていたということだろうか。
玉玲は彼の心遣いをうれしく思いつつ、真剣な表情で訴える。
「私のことは心配しないでください。身体能力はありますし、自分の身は自分で守れます。それに、このまま黙っていたら、あやかしたちが苦しむことになるんです。真犯人を野放しにすれば、民にも犠牲が出るかもしれません。必ずお役に立ちますから」
「それはわかっている。だから、はっきり拒絶できないのだ。お前は俺には視認できない空気まで視えるし、考えもしない策を思いつく。役に立つことは確かだからな」
幻耀は複雑そうに眉をゆがめると、大きな溜息をついて言った。
「連れていくのは不本意だが、仕方ない。お前のことは何があっても守ってやる。俺の近くから離れるなよ」
玉玲は胸が熱くなるのを感じながら「はい」と返事する。自分の力を認め、受け入れてくれたことがうれしい。不確かな話なのに、疑いを向けることなく信じてくれたことも。
「極秘調査ってことなら尚更あたしの力が必要になるわね。じゃあ、さっそく行きましょう」
「おう、腕が鳴るぜ!」
後方にいた漣霞と莉莉が気合いを入れて歩き出そうとする。
だが、幻耀が「ちょっと待て」と言って、ふたりを引き止めた。
「お前たちは連れていけないぞ」
「なっ、何でだよ!?」
当然莉莉は反発の声をあげる。
「
悄然として黙り込む莉莉と漣霞を、玉玲は残念に思いながら見つめた。彼らの力があれば心強いのだが、そういう事情であれば仕方がない。万が一ふたりの存在が露見すれば、幻耀の立場が非常にまずいことになる。
「莉莉も漣霞さんも力になろうとしてくれてありがとう。ふたりにはここのことを任せたい。たくさん料理を作っておいたから、みんなに食べてもらって。私たちが戻ってくるまで、北後宮とあやかしたちのことはお願いね」
やるせなさそうなふたりに、玉玲は柔らかく微笑みかけて告げる。一緒に来てもらえなくても頼りにしているのだ。
じっと見つめたまま返事を待っていると、不服そうではあるものの莉莉が答えてくれた。
「わかったよ」
漣霞はまだ納得がいかないのか、唇をとがらせている。
彼女からは言葉を得られそうもない。
「ごめんね。ふたりにはお
姿が見えなくなれば、あきらめもつくだろう。
玉玲は後ろ髪を引かれる思いで幻耀と一緒に部屋を出た。
やはり少し心細い。その日のうちに帰ってくるつもりとはいえ、しばらく離れることに寂しさが募る。
しんみりした気持ちで幻耀と東門に向かっていた時だった。
「あれ、兄上?」
聞き覚えのある男性の声が、玉玲の鼓膜を突く。
「こんな朝早くから出勤ですか? 精が出ますね!」
声がした方向に顔を向けると、近くの殿舎の入り口に若い男女の姿が見えた。
白い夜着に
「
幻耀が白い目を向けて問うと、幻晴は
「妃たちがいない寂しさをまぎらわせていたのですよ。しばらく女性と触れ合うこともできないなんて、つらすぎて」
玉玲は幻晴に軽蔑のまなざしを向ける。三人の妃妾を持ちながら、彼は宮女を寝所に連れ込んでいたのだ。
「……最低。女性の敵ですね」
思わずこぼした言葉が耳に入ったのか、幻晴が「ん?」と言って玉玲の顔を注視する。
「何です、その生意気な小太監は? どこかで見た顔のような。そういえば、声も」
――やばい。ばれた?
玉玲は慌てて幻晴に背中を向ける。
しかし、幻晴は玉玲の前へと回り込み、顔を
「ん? ん? もしかして、姉上?」
――まずい。
「人違いですよ。私は殿下に仕える小太監です」
だみ声で否定する玉玲だったが、幻晴はだまされてくれない。
「いやいや。おかしいですよ、その作り声。姉上でしょう? どうしてそんな姿に? 全然違和感がなくて、すっごく似合ってますけど」
――そこは褒めてくれるな。
「ちょっと所用がありまして。気にしないでください」
「所用って? わざわざ小太監に変装する必要があるのですか?」
玉玲は返事に
助けを求めるように隣を見やると、幻耀は溜息をついて言った。
「仕方がない。お前にだけは話しておいてやる」
幻晴は心得たと言わんばかりに大きく頷き、近くにいた宮女を遠ざける。
「俺たちはこれから、とある街へ調査に
「姉上を伴って?」
「俺の妃は優秀で、とても役に立つのだ。俺より霊力が高くて、機転も利く」
玉玲はくすぐったい気持ちになる。買いかぶりすぎのようにも思えるが、彼に認めてもらえるのは、やはりうれしい。
「兄上が他の誰かを褒めるなんて。そこまでべた惚れでしたか」
幻晴は意外そうに玉玲を凝視し、幻耀に視線を戻した。
「姉上に関してはわかりました。でも、護衛はどうするんですか? 従者の方は?」
「途中までは連れていく。だが、いちおう極秘捜査だからな。目的の街に入ってからは、俺たちだけの単独行動になる」
「そんな、危険です!
最後の問いかけに対して思うところがあったのか、幻耀はピクリと眉を震わせる。
「わかりました。俺もご一緒します」
幻晴は胸に手をあてて申し出た。
「いや、いい。そこまでする必要はない」
「いいえ、これくらいしないと安心できません! 行かせませんよ。俺を連れていくという条件を呑んでくださらなければ。俺一人ぐらいなら街へお供をしても大丈夫でしょう? 決して捜査の邪魔をせず、兄上方を警護しますから!」
一歩も引こうとしない弟を幻耀は腕を組んで見すえる。連れていくべきか迷っているようだ。
「えーと、幻晴様は――」
「呼び捨てでいいですよ、姉上」
敬称をつけて呼んだところで、幻晴が口を挟んできた。
さすがに成人した皇子を呼び捨てにするのはどうだろう。姉上というのも、いい加減にやめてもらいたい。
「じゃあ、あなたも呼び捨てにしてください。せめて「さん」づけで。私もそうしますから」
「わかりました、姉上!」
――全然わかってない。
玉玲はあきらめの境地に達する。
もういいか。彼には話が通じないようだ。
「幻晴さんは、お強いんですか?」
「強いですよ。兄上の次くらいには。それだけが取り
自信に満ちた幻晴の発言を聞き、玉玲は幻耀に視線を移して提案した。
「じゃあ、お願いしましょう。私も警備には不安がありましたし」
強力な護衛が一人でもいた方がいいだろう。幻耀の身の安全が第一だ。
気乗りしない様子の幻耀だったが、仕方がなさそうに「わかった」と答えた。
「お前に万一のことがあっては困るからな。だが幻晴、余計なことはするなよ」
「わかりました。全力で捜査にあたりますので、兄上は大船に乗ったつもりでいてください!」
――やはり全然わかってない。
玉玲は幻耀と一緒に溜息をつく。
本当に人の話を聞かない弟だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。