第12話


 概要はこうだ。

 数日前、町の外れのたけやぶで若い女性の変死体が発見された。地中に埋められていたようだが、野生のおおかみが掘り起こしたのだ。それを猟師が発見し、役所に伝えられた。そのことがすぐ、手柄を欲していた幻偉の耳にも伝わったのだろう。

 女性は首もとを鋭い牙のようなもので噛まれ、血を抜き取られて干からびかけていた。人間のなせるわざではない。あやかしの仕業であると断定され、捜査が行われた。現場である竹藪の近くからは複数の白骨化死体が見つかり、事態はどんどん大きくなっていった。

 その三日後、更に事件が。街のじょが自室であやかしに襲われ、首もとを噛まれたのだ。妓女の叫び声を聞いて、すぐさま人が駆けつけたため、あやかしは逃げていき、事なきを得た。

 その妓女は、人が駆けつける前、逃げていくコウモリのような影を目撃したらしい。そして、その前夜にも窓辺に留まっているコウモリの姿を見たというのだ。

 目撃情報などから、ろうの近くに住みついていた毘毘が捕まった。

 町には他にあやかしの姿がなかったため、毘毘の犯行であると断定されたのだ。



「なるほど。それはかなりきな臭い話だね」 


 話を聞き終えた玉玲は、眉をひそめながら所感を述べた。


「せやろ。わいは、妓楼でコウモリのような影を見たっちゅう目撃者が怪しいと思うんや」

「確かに、そうだよね。普通の人にはあやかしが視えないはずなのに、おかしいもの。よし、調べにいってみよう」


 気合いを入れる玉玲に、すかさず漣霞が指摘する。


「ちょっと、調べにいくって、どうやってよ? あんたは北後宮から出られないのよ?」

「それは、だよ。前に城を出た時みたいにさ」


 をやるのは気が引けるが、今は手段を選べる状況じゃない。


 漣霞が「ああ、ね」と言って、苦笑いを浮かべた。


「ようわからんけど、頼むな。さすがに冥府には行きたないわ」

「うん、任せておいて。じゃあ、また来るから」


 毘毘に向かって頷き、きびすを返そうとした時。


「待ってください!」


 どこからか甲高い声で呼び止められ、玉玲は周囲を見回した。

 しかし、誰に呼ばれたのかわからない。


「ここでチュ! 目の前の檻房でチュ!」


 声が示す方へ視線を落とすと、ネズミのあやかしと視線がかち合った。ようだ。普通のネズミより体が大きく、もふもふの栗毛に覆われたクマネズミによく似ている。妖鼠にも食事を配ったはずなのだが、毘毘の存在感が強すぎて認識できていなかったようだ。


 妖鼠はつぶらな黒い瞳で玉玲を見あげて言った。


「僕の話も聞いてもらえませんか? そのおじちゃんほど大きな問題ではないんでチュけど」

「おじちゃんやて!? わいはまだ三百年しか生きとらんピッチピチの若者や! このチュウすけ、血ぃ吸うたろか!」


 自分も漣霞を『おばはん』呼ばわりしたくせに、毘毘が妖鼠に怒鳴り散らす。


「何かあったの?」


 興奮する毘毘を無視して、玉玲は妖鼠に問いかけた。


「実は僕、村の農作物を食い荒らした犯にん? として捕まったんでチュけど、そんなにたいした量は食べてないんでチュ。たまに好物の芋を一つ拝借チュるくらいで」

「あら、それはおかしいわね。そのくらいの量だったら、見逃されてもいいはずよ。捕まったってことは、相当な量を疑われてるわけよね?」

「そうみたいなんでチュ。人間が暮らチュのに困るくらい食べたことにされたみたいで。僕の件に関しても調べてもらえませんか?」


 玉玲が返事をしようとしたところで、毘毘が目を三角にして口を挟む。


「おい、チュウすけ、割り込むなや! わいは人殺しの罪着せられて、冥府に片足突っ込んどるんや! 芋泥棒くらいの罪で、ごちゃごちゃ抜かすんやないで!」

「でも、大量に食べた嫌疑がかけられてるなら、斬られてもおかしくないわよ? 普通なら、その場で駆除されてるような案件だわ」 

「そうなんでチュか?」

「ええ、このまま皇帝に報告があがったら危ないわね」


 漣霞の忠告を聞いた妖鼠は、ぶるりと震えあがり、すがるような目で玉玲を見あげた。


「僕、本当は黙って受け入れるつもりだったんでチュ。いくら人間に訴えても信じてもらえないと思ったから。僕を捕らえた皇子もそうだったし。でも、お姉さんとおじちゃんの会話を聞いて、この人なら信じられると思ったんでチュ。僕の話も信じてもらえるんじゃないかって」


 玉玲はしばらく妖鼠の双眸をじっと見つめた。

 彼の目もまっすぐで、少しの曇りもない。


「うん、信じるよ。だから、もう少し詳しくあなたの話を聞かせて」


 詳細を求めると、妖鼠はコクリと頷き、神妙な面もちで口を開いた。


「僕、紬紬ちゅちゅと言いまチュ。しゅうと呼ばれる村にチュんでました。そこの畑から拝借した芋を食べてたところで、怖い皇子に捕らえられて」

「農作物を大量に食べたのが、他のあやかしである可能性は?」

「ないはずでチュ。あの村の周辺には僕たち妖鼠しかチュんでません。あやかし狩りがやってくるから農作物を大量に食べてはいけないって、一族の間で決まりがあるんでチュ。妖鼠も全部で五匹しかいないから、そんなに多くの被害が出るとは思えません」


 他に聞くべきことはないか頭を整理してから、玉玲は「わかった」と頷く。


「あとは現地に行って調べてみるよ。毘毘、あなたの事件に関しても決して手を抜かないから心配しないで」

「ならええけどな。ほな、チュウすけのぶんとあわせてよろしく頼むで」


 毘毘が紬紬と一緒に期待のまなざしを向けてきた。


「うん。もう少しここで我慢してね。真実を暴いて戻ってくるから」


 それはきっと猫怪たちを解放し、後宮の空気をよくすることにも繋がるはず。

 玉玲は毘毘や猫怪たちに視線を巡らせ、彼らに見送られながら獄舎を出たのだった。


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