第3話



 その後玉玲は伽蓉に事情を伝え、住みやすそうな殿舎を彼女と探して回った。

 だが、どの建物にも猫怪が住みついており、手頃な住居がなかなか見つからない。

 仕方がないので、比較的猫怪の少ないが暮らす殿舎に仮住まいさせてもらうことになった。


「ごめんね、莉莉。部屋を移ってもらっちゃって」


 まさか幻耀に猫怪と相部屋になってもらうわけにもいかない。伽蓉の強い反対もあり、幻耀には殿舎で一番広い一人部屋を割りあてることになった。そこに住んでいた莉莉には隣部屋へ移ってもらったのだ。


「別にどうってことねえよ。あの部屋はひとりじゃ広すぎたしな」


 少しうれしそうに話す莉莉を、同室となった茶トラが茶化す。


「莉莉は玉玲と一緒の部屋になって、むしろ喜んでるニャ!」

「よ、喜んでねえよ! おいらは繊細なんだ。玉玲みたいなのが一緒じゃ、うるさくて気が散るぜ!」


 莉莉はあせったように声を裏返して反論した。


 そこまで常にうるさいつもりはないのだけど。


「ふたりもごめんね。なるべく静かにするから」


 同室となった三毛と茶トラに玉玲は改めて謝った。 


「我が輩は構わんぞ。にぎやかなのは嫌いではない」

「僕も大歓迎ニャ! 玉玲と話すのは楽しいニャ!」

「おいらだって、別に。お前がおとなしくなっても調子が狂うからな」


 ツンと顔をそむけた莉莉に、茶トラが笑顔で指摘する。 


「莉莉はほんとに素直じゃないニャ!」

「うるせえっ!」


 莉莉も何だかんだ言いつつ嫌そうではないので、玉玲は安心した。前の部屋は自分には広すぎて寂しいくらいだったし、猫怪三匹と一緒の方が楽しく過ごせそうだ。


 彼らと話しながら荷物を整理していると、窓の外にれんが現れ、室内をのぞき込んできた。


 自分を探していたのだろうか。玉玲は漣霞の方へと近づき、窓を開ける。


「玉玲、あんたここに移ったのね?」

「うん。一番都合がよさそうだったから」


 この殿舎には三つしか部屋がないが、あやかしたちを追い出す必要がなく、落ちついた佇まいが気に入って選んだ。中央が幻耀の部屋で、その右隣が玉玲と莉莉、三毛に茶トラ。左隣にも猫怪が二匹住んでいる。少し汚れはあったものの、伽蓉たちが掃除をして整えてくれたので今ではきれいなものだ。皇子が暮らす住居にしては手狭すぎるかもしれないけれど。


「何とかならないの? この状況。人間がたくさんやってきて、落ちつかないったらないわよ。さっき見かけた二人組の男なんて、小さな少年をいじめてたし。気分が悪いわ」


「……小さな少年をいじめてた?」


 その発言が気になって聞き返すと、漣霞は東の方角を指さして答えた。


「この殿舎の近くよ。ちょっとかわいそうだったんだけど、関わると面倒なことになりそうだったから」


 玉玲は「行ってみよう」と言って、即座に部屋を出た。

 北後宮への出入りを許されているのは霊力のある皇子のみ。おそらく兄である皇子が幼少の弟をいじめていたということだろう。後継者争いにおける幻耀の政敵かもしれないが、放っておくわけにはいかない。


 漣霞の案内に従って、玉玲は東の小路を駆け足で辿っていく。

 すると、路の先に青年二人と、まだ十歳にも満たない少年の姿が見えた。

 顔立ちのそっくりな二人の青年が少年の前に立ち、罵声を浴びせている。


「だから、お前はお呼びじゃないと言っているんだよ!」

「薄汚いねいしんまつえいが! 目ざわりなんだよ! 南へ帰れ!」


 青年二人に突き飛ばされ、少年は地面にしりもちをついた。


「ちょっと、何をしているんですか!」


 直ちに玉玲は少年の方へと駆け寄っていき、青年たちをたしなめる。


「こんな小さな子供を二人がかりでいじめて、恥ずかしくないんですか!」


 少年の体を支え起こしながら非難すると、二人は迷子でも見るように玉玲を凝視した。


「何だ、この矮子ちび

「ここの見習い宮女か何かだろ」


 ここでもまたその反応か。

 玉玲はうんざりしながら二人を睨みつける。


「おい矮子、俺たちを誰だと思っている?」


 強気な姿勢を崩そうとしない玉玲に、二人は胸を反らし尊大に言い放った。


「俺は主上から親王位をたまわった第七皇子馮げんてつ様だぞ!」

「そして、俺はこの弟よりも更に偉い第六皇子馮げんたく様だ!」


 玉玲は「それが?」と言って、二人に冷めた目を向ける。

 特に驚きはしなかった。幻耀の一つ下に双子の弟皇子がいることは聞いていたし、はんとくの子供二人が高慢な性格であることに全く意外性はない。


「皇子だから何だというのです? 身分が高いのであれば尚更、人の模範となる行いをすべきでしょう! それなのに、何て大人げのない。皇族として恥を知りなさい!」


 つい怒りに任せて皇子たちを叱責してしまった。


「この矮子、不敬罪で処罰してくれる!」


 二人はまなじりを吊りあげ、腰にいていた柳葉刀を抜き放つ。


「玉玲に手を出すんじゃねえ!」


 後ろから追ってきていた莉莉が、二人の前へと飛び出した。


 三毛と茶トラも駆けつけてきて、青年たちを「シャー!」とかくする。


「何だ、このあやかしたちは?」

「怖じ気づくな、たかが猫怪三匹だ。俺たちには妖刀がある。たたっ斬ってやれ!」


 ひるむ幻鉄を鼓舞し、幻鐸は柳葉刀を構えた。

 あんな刀を振り回されたら猫怪たちが危ない。


「漣霞さん! やっちゃってください!」


 近くにいた漣霞に、玉玲は思わず敬語で依頼する。 


「ちょっと何よ、その振りは? あたし、か弱いんだから。戦闘能力なんてないわよ」


 最強だと思うのだが、自覚はないのか。それとも、猫を被っているだけなのか。


「いや、あれです。この前、雪珠さんにやった」


「え~、あれ~? う~ん、できればやりたくないんだけど……」

「お願いします! 後で美容にいい料理を提供するので!」


 乗り気でない漣霞に餌をぶらさげて催促する。


「もう、しょうがないわね。女性らしくないから、気が進まないんだけど」


 気だるげにこぼすや、漣霞は近くにまっていた大岩を片手で軽々と持ちあげた。


 青年たちは驚愕の表情で漣霞を見やる。


「な、何だ、あの女は!?」

「女じゃない! 大猩猩ゴリラだ。大猩猩のあやかしだ!」


「……大猩猩、ですってぇ……?」


 漣霞の顔が鬼神のごとく変化する。

 危険を察知したのか、青年たちの顔色がサッと青ざめた。


「いかん!」

「に、逃げろ――!」


 逃走する二人だったが――。


「うおりゃぁぁぁぁ――っ!!」


 漣霞が投げたたま――じゃなくて大岩は、ものすごい速度で二人に追いつき、彼らの背中を直撃。

 双子の皇子たちは大岩に押しつぶされるようにして倒れた。

 

 ぴくぴくしているので死んではいないだろう。これも小さな子供をいじめた罰だ。

 

 玉玲は一つ息をついて、少年に顔を向けた。


「大丈夫? 怪我はなかった?」

 

 努めて優しく声をかけたが、少年は近くの木にサッと隠れてしまう。

 いまだに「フーッ!」と興奮している漣霞におびえているのだろう。あれを目にしては仕方がない。


「心配しないで。今は少し興奮しているけど、とても思いやりのあるあやかしなの。この子たちも。ほら、かわいいでしょう?」


 玉玲は一番人なつっこい茶トラの体を抱きあげ、もふもふしながら問いかける。


 その様子になごんだのか、少年はおずおずと木の裏から出てきた。

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