第6話
決して広いとは言えない室内に、猫怪たちの
「ちょっと、あまり近寄らないでくださらない? あたくし、繊細なの」
「ここが一番柔らかくてあったかいんだよ。気に入らないなら、お前がどっか行け!」
「玉玲の近くは居心地がいいニャ。この場所は譲らないニャ!」
玉玲は眠ることができず、仰向けになって猫怪たちの声を聞いていた。
今、
――うーん、もふもふまみれ。かわいくて楽しいけど、夜はちょっとうるさいかも。
二つ隣の部屋に移ったところで、そこにも五匹の追い出された猫怪を割り振り、総勢七匹が暮らしているため、こことあまり大差はない。
幻耀の部屋に配分することも考えたが、彼に申し訳ないし、何よりまだ猫怪たちが幻耀を怖がっていたので断念した。みな彼と相部屋になるくらいなら、猫怪でいっぱいのもふもふ部屋で暮らす方がいいらしい。
「せっかくこんなに集まったんだからよ。何かして遊ぶか?」
「いいな。鬼ごっこでもするか。触れられたら鬼だ」
縄張り争いが一段落ついたのか、莉莉が提案し、三毛たちもそれに乗った。
猫怪たちが部屋を駆け回り、跳躍し、騒ぎ立てる。
「とりゃ~!」
「わちゃ~!」
うるさくて、とてもじゃないが眠れない。
あやかしに睡眠時間は必要ないらしい。気まぐれに眠る者もいるようだが、基本的には一日中休むことなく活動しているのだ。
このままではまずい。
「玉玲、起きているか?」
危機感を覚えていると、部屋の外から幻耀の声が響いた。
玉玲は上体を起こして、「はい」と返事をする。
「どうぞ」
扉を開けた幻耀は、飛び交う猫怪たちを見て、目を丸くした。
「何だ、この部屋は……?」
遊びに夢中になっている猫怪たちは、幻耀が現れても鬼ごっこをやめない。
「きしゃ~!」「そりゃ~!」と奇声をあげ、暴れ回っている。
「この子たち、双子の皇子に住処から追い出されちゃって。それで一時的に預かることに」
言葉を失っている幻耀に、玉玲は端的に経緯を説明した。
「伽蓉からだいたいのことは聞いている。お前のことを気遣ってやってほしいと言われてな。こんな場所では眠れないだろう」
「いえ、大丈夫ですよ。昔は雑伎団の団員たちと狭い部屋で
仕事で疲れている彼に余計な心配をかけたくない。
かぶりを振る玉玲だったが、幻耀は
「いや、こっちに来い。別の場所を用意してやる」
「だから大丈夫ですって。私はここで」
玉玲は遠慮して、
しかし次の瞬間、衾が剥ぎ取られ、幻耀に体を持ちあげられた。
背中と膝の裏に手を回されている。俗にお姫様抱っこと呼ばれる格好だ。
「ちょっと、太子様!?」
玉玲は驚きと非難と恥じらいが入り交じった声をあげた。
「もう太子ではないと言っただろう。その呼び方はやめろ」
幻耀は軽々と玉玲を抱き運びながら命令する。
「じゃあ、何て呼べば……」
「普通に名前で呼べ」
「名前って、……幻耀……様?」
名前を紡いだ瞬間、鼓動が大きく高鳴った。
まるで恋人の名前を呼んだように思えてきて、顔が一気に熱くなる。
「様はなくてもいいけどな。それでいい」
幻耀は少しだけ微笑み、そのまま玉玲を部屋から連れ出していく。
「あの、わかりました。自分で移動しますから、おろしてくださいっ」
真っ赤になって要求する玉玲だったが、幻耀は聞く耳を持とうとしない。
「気にするな。お前も疲れているだろう。少しくらい甘えたらいい」
「いえ、私は大丈夫です! あなたの方が」
「お前は軽いから、どうってことはない。お前の気も引いておきたいところだしな」
玉玲は以前彼に言われた言葉を思い出し、またドキリとした。
『自分から本当の妃になりたいと思うようにしてやろう。覚悟しておくがいい』
二度もきっぱり断ったのに、まだあきらめていないのか。
彼は本気で自分を口説こうとしているのだ。本当の妃にするために。
女性として好きだからではなく、打算があるのかもしれないけれど。
「まあ!」
戸惑っていると、幻耀の部屋の前から喜びを内包させた声が響いた。
伽蓉が満面の笑みを浮かべ、こちらを眺めている。
してやったり。そんな言葉が伝わってくる表情でもあった。
すれ違いざまに、彼女は頭を下げて言う。
「ごゆっくりお楽しみくださいませ」
――お楽しみくださいって……。
何をだよ。
モヤモヤする玉玲に、伽蓉はにっこりと笑い、すぐ側の扉を開けた。
幻耀は何事もなかったように、その部屋へと入っていく。
「って、ここあなたの部屋じゃないですか!」
別の場所を用意するなんて言うから、もっと離れたところに行くのかと思っていた。
狼狽する玉玲を奥にある
「他にすぐ用意できる場所がなかった。仕方がないからここで寝ろ」
「……で、でも、あなたと一緒に?」
「広さはある。伽蓉が勝手に二人用の臥牀をあつらえた」
何でだよ。
玉玲は伽蓉に突っ込みを入れたくなる。幻耀の部屋に関しては自分に任せてほしいと言われたのでお願いしたが、余計なことまでしてくれたようだ。
他に何もしていないだろうな、と玉玲は部屋を見回した。
すると。
「あの容器は……?」
窓際の
嫌な予感を覚えて訊く玉玲に、幻耀は淡々と答えた。
「栄養が豊富な
玉玲は頭痛を堪えるように額を押さえる。
あれ絶対、精力を増強させる食材とか入ってただろ。確かに栄養はありそうだけども。
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