第2話 敗北から
遠い東の国から刀一振り腰に差し、客船に乗ってやってきました西の大国ファウド帝国。祖国を出て二ヶ月は経ったか。ようやく目的地に到着した。
「ほーこれが西洋というものかー」
船を降りて港町に出た俺は、二十二年間もの年月を生きてきて初めて見る西洋の町並みに大人気なく興奮していた。
祖国では木造家屋が一般的であったが、ここでは石作りの建物が多い。近づいて壁を叩いてみると、実に頑丈で感心した。西洋はすごい。そしてここは西洋の中でも特に大きな国、ファウドだ。傭兵団の長が起こした新興国で、他国を侵略し続け、建国からほんの五十年ほどで世界一の領土を持つ国となった新進気鋭の強国である。
ここで一旗あげて成功すれば世界一も同じ。祖国まで名が轟くぞ。
俺の目的はここで傭兵になることだ。自慢じゃないが、剣の腕には自信がある。大国と言えど、俺より強い奴などそうそういないだろう。名を上げる日もそう遠くはないはず。
「よーしやるぞー!」
照りつける太陽の下で叫び、俺は気合を入れた。
まずは港町を出て帝都へ向かおう。そして仕事探しだ。人が多い場所に行けば傭兵の仕事もたくさんあるはずだ。
帝都のコークという場所まではかなり距離があるらしい。話に聞いたところ、帝都へ行くには馬車という馬が引く乗り物に乗って、街道を進むのが普通だそうだが、生憎と俺はこの国の金を持っていない。
だから走る。
自分の足で街道を走っていくと決め、俺は後頭部に束ねた髷を結びなおして身なりを整え、袴の裾を掴んで持ち上げ駆け出した。
半日ほど時間をかけて帝都へやってくる。巨大な門を抜けて町に入った俺は、想像以上の賑わいを目にして立ちすくんだ。
「これが世界最大と言われるファウドの帝都か」
自分の国が極東の田舎国家だと思い知らされる。こんな国と戦争なんかしたら、あっという間に祖国は滅ぼされてしまうだろう。国が離れていることに安堵した。
さてと、驚くのはこれくらいにして、腹も減ったし仕事を探すか。どこに行けば傭兵の仕事が見つかるんだろう? とりあえずその辺の誰かに聞いてみるか。
……しかし誰に聞いても答えを返してくれない。言葉は勉強したので通じていないことはない。なぜか俺の格好を見ると、怪訝な顔をして行ってしまうのだ。
ここの住人は皆、洋服というものを着ている。俺が着ている祖国の黒い着物が珍しいのは事実だが……。
よそ者はあまり歓迎されないところみたいだな。
そんな風に思って諦め、傭兵の仕事は自力で探すことにした。
だがどこに行っても仕事はもらえない。
よそ者を嫌うこの国の風潮もあるようだが、どうやら傭兵団というのに所属しないと傭兵の仕事を請け負えないことがわかった。
「傭兵団か」
今までずっと一人でやってきたのに、今さら人と組むなんて気が進まない。
とは言え、戦い以外はなにもできないし、他のことで金を稼ぐ気もない。ならば選択肢はなかった。
傭兵団を探してそこに所属しよう。
どうせならなるべく大きくて有名なところがいい。大きければ仕事がたくさんあって、傭兵としての経験を多く積める。
だが長居する気は無い。俺はひとりだってやれるのだ。
金が溜まったら出て行こう。
それからしばらく歩き回って見つけたのが、バーガング傭兵団であった。ファウドの皇帝が住む城の近くに巨大な拠点を構える大傭兵団だ。
「城の側にもうひとつ城があるみたいだな。まるで」
立派な外観の建物を眺めつつ、俺は傭兵団の拠点へ足を踏み入れる。
「おい! なんだお前は!」
「えっ?」
途端、大勢の人間がやってきて囲まれた。ここの傭兵だろう。皆が皆、それぞれの武器を持って武装していたのですぐにわかった。
「ああいえ、俺は極東にある国から来たガストと言う者です。ここの傭兵団に入りたいんですけど、どこで入団の手続きとかはできますか?」
そう言うと場はしばし静まり、やがて笑いが起こった。
「極東? うひゃひゃ! あんなところに人が住んでるのかよ。初めて知ったぜ」
「ガハハ! よそ者ごときがこの傭兵団に入りたいだなんて笑わせんな!」
「ここはお前みたいな田舎者が来るところじゃないんだよ。とっとと国へ帰んな」
馬鹿にされ、言い返したい気持ちが湧き上がるも堪え、俺は心を落ち着けた。
「実力を見てください。腕には自信があるんです」
「へえ、だったらさ」
目の前の男が腰の剣を抜く。
「俺らを全員、倒せたら入れてやるよ。なあ」
周囲の奴らもヘラヘラと嫌な笑いをしながら各々、武器を持った。
「それで入れてもらえるなら、そうさせていただきましょう」
俺は鞘ごと腰の刀を抜いて構える。
「鞘ごとって、てめえ舐めてんのか田舎者よぉ」
「そうじゃありません。少し事情があって……」
「うるせえよ。てめえが抜こうが抜くまいがこっちは殺す気で行くぜ!」
その声をきっかけにして集団が一斉に襲い掛かってくる。俺は気持ちを引き締め、鞘に入ったままの刀を振るった。
……相手は十数人ほどだったろうか。倒れる傭兵らを見回し、少しやり過ぎてしまったかと反省する。しかしこれで実力は示せた。入団の資格は十分だろう。
「ぐ、うう……」
さっきまで威勢よく言葉を吼えていた男の前で俺は屈む。
「これで入団できますか?」
「あ、うう……それは」
男の目が泳ぐ。しばらくして、その目がある一点を見つめて止まった。
「あ、だ、団長!」
「団長?」
振り返ると、黒い鎧を纏った左腕の無い大きな身体の男がこちらへ近づいてくるのが見えた。
男は俺の目の前で立ち止まり、不愉快そうな目でこちらを見下ろしてくる。
なんて冷たい目だ。
そして威圧感が凄まじい。身体が大きいからというよりも、雰囲気に強いオーラを感じた。
「なんの騒ぎだ?」
吐くように重い声で男が言う。
「こ、この男が入団をしたいって言うんで、ちょっとテストを……」
「そうか」
「あぐっ!」
団長と呼ばれた大男の足が、倒れている傭兵の腹を踏む。
「田舎者一人に負けるとは恥さらしめ。貴様らはクビだ。出て行け」
「そ、そんな……あぐぁ!」
「それともここで俺に殺されたいか?」
「い、いいえ……。で、出て行きます……」
「それでいい」
大男は足をどけ、こちらに目を向けた。
「俺はここの傭兵団の団長をしているディアルマだ。貴様、ここに入りたいのか?」
「は、はい。そうですが……」
「ふん、だったら……」
ディアルマが指を鳴らす。と、建物の中から四人の男女が現れた。
「この人たちは……」
「うちの副団長どもだ。右からウェイブ、ケルキィ、キング、ウェンディ。こいつら全員に勝てたら入団を認めてやる。どうする?」
人数はさっきの奴らより少ない。勝てる。自信を持って俺は提案を受け入れた。
……どのくらい経ったのだろう。夕日空の下、俺は帝都の門外に投げ捨てられ、ボロボロの身体を地面に横たえていた。
「ん、団長からの伝言。二度と帝都に来るな田舎者。次に来たら命は無いと思え」
俺をここまで運んできてそう言葉を吐き捨ててきたのは、副団長のウェンディという女だった。香水か、やたら薔薇くさい女だ。
ウェンディはやることを済ませると、早々に帝都へ戻ってしまう。残された俺は、痛む身体を起き上がらせてなんとかその場に座った。
手加減をしてくれたのか舐められたのか、たいした怪我はしていない。自前の傷薬を塗れば傷はすぐに治りそうだった。
「……俺って、あんまり強くなかったんだな」
悔しい。
身体は大きくないが、猛者である自負があった。
一人で何十人も相手にして勝ったことだって何度もあるのに、たった四人と戦って負けてしまった。手も足も出ずに。
「雑魚ならまだしも、それなりに腕の立つ集団が相手じゃ敵わないか」
結局、一人で名を上げられるほど俺は強くなかったのだ。天狗になっていた。それを死なずに知れたのは収穫だったかもしれない。
さて、これからどうしようか。尻尾を巻いて国へ帰るか。それとも……。
「仲間……」
あれだけ強かった四人が、ディアルマという団長には従っていた。
嫌な男だったとは思う。しかし、あの圧倒的とも言えるカリスマ性には憧れるものがあった。
強者を従える立場に自分もなりたい。敗北という苦い経験が、ずっと一人でやってきた俺の中に新たな目的を芽生えさせていた。
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