第49話 行く手に立ちはだかるは最強傭兵団の団長

 傷ついた丞山を背負い、俺は他の仲間達と共に町の外を目指す。

 襲い来る敵の数は凄まじいが、デニーズとゼリア、そしてマッチョマンと化したステイキが排除してくれる。


 彼らは強い。並みの傭兵など敵ではなかった。


 もうすぐ町の外だ。


 町を遠く離れて、王都へ近づけば追っては来なくなるだろう。

 生きてここから脱出できる。俺はもう、それを確信していた。……町の出入り口にあの男の姿を見つけてしまうまでは。


「あれはっ!? みんな止まれ!」


 俺の上げた声を聞き、先頭を駆けていたゼリアが止まる。それに続いてデニーズ、ステイキが止まり、丞山を背負った俺も止まった。


「ど、どうしたでござるかガスト殿っ!?」

「まずいのがいる」


 俺の見た先に、あの男は立っていた。いまだ残る大勢の部下を周囲に従えたその左腕の無い男は、どこか楽しそうに笑っている。


 ディアルマ。


 そこにいたのはバーガング傭兵団を束ねる団長であった。


「たった五人でよくもここまで暴れてくれたものだ。ふふっ、たいしたもんだよ」


 なにを考えているのか、多くの部下を殺されたというに、バーガング傭兵団団長のディアルマは楽しげに笑う。


「ディアルマ……」

「ふっ、お前程度を助けるためにこれほどの連中が動くとはな。お前という存在を少し見くびっていたようだ」


 ディアルマは背中の大剣を抜き、前方へ大きく構える。


「うちの副団長らをよくぞ倒した。褒美に俺が相手をしてやろう。少しは楽しませろよ」


 周囲の傭兵らは武器を持った手を下ろす。ディアルマひとりで、俺たちを相手するということのようだ。


 だがこれは舐めすぎだ。

 俺はともかく、こっちには高位魔人のゼリアがいるのだ。いくらディアルマが強くとも、普通の人間ひとりがゼリアより強いとは思えなかった。


 しかしゼリアは動かない。ディアルマを警戒している様子だった。


「どうした淫魔の魔人。吸血鬼のケルキィを倒したというに、俺ごときにびびるか?」

「いや、お前さんが普通の人間なら恐れはせんよ」


 普通の人間なら?

 それがどういう意味なのか俺にはわからなかった。


「ケルキィがしゃべったか」

「うむ。お前さんが竜王からなにかを奪ったとな。奴からなにを奪った?」

「知りたければかかって来い。お前が強ければ知ることができる」


 ディアルマはニヤリと不敵に笑う。


 竜王とはなんだ? ゼリアはなんのことを言っているのだ?


「……いずれにせよ、やるしかないようだの」

「そうだ。俺を倒さぬ限り、貴様らの生きる道は無い」


 なんという威圧感だ。

 負ける気など一切無いという強大な自信をその声音に感じた。


「ふん。ただの人間ごときがたいした自信じゃの。お前さんが竜王ドゥナルドゥスからなにを奪ったかは知らんが、最強の淫魔であるわしを舐めるなよ」


 拳を固めたゼリアが駆け出す。そして唇を噛み、赤い血をペッと勢い良く前方へ吐き飛ばす。その血を、ディアルマは剣を薙いで斬り飛ばした。


「淫魔の血が強力な媚薬ということくらい知っているぞ」

「だからどうした!」


 大剣を振り切った状態のディアルマへゼリアが突っ込んでいく。


 なるほど。血を飛ばしたのは当てるためでなく、あの大きな剣を振り切らせて隙を作るためか。考えたものだ。


「腹ががら空きじゃ!」

「だからどうした?」


 懐へ入ったゼリアの腹を、ディアルマの長くて太い足が蹴る。


「がはっ!」

「あっ!」


 咄嗟に俺は丞山を背から下ろし、蹴り飛ばされてくるゼリアを受け止める。


「だ、大丈夫か?」

「うう……女の腹を蹴るとはとんでもない奴じゃ。しかし、精気が減っているとはいえ、ほぼ全力のわしを蹴飛ばすとはのう。恐ろしい男じゃ」


 話す声は普通だが、痛みが強いのかゼリアの表情はつらそうだった。


「ぬう、ゼリア殿を一撃とは……強い。しかし今の拙者ならば」

「ステイキ?」


 金属のように輝く背筋が俺の視界を覆う。


「勝てるでござる。拙者は今、最高に強い」


 確かに、以前までのステイキとは違う。

 外見からして強い力を得たのは明らかだった。


「ほう。金属化を果たした巨人族か。これは楽しめそうだ」

「楽しむ余裕など与えぬでござるよ」


 接近した二人の大男が睨み合う。と、ディアルマが不意に剣を背に戻した。


「キングを殴り合いで倒したそうだな。俺も倒せるか?」

「後悔するでござるよ」


 ステイキの剛腕が唸りを上げ、握られた拳がディアルマへ向かう。が、


「ぐっ……」


 その拳はあっさり受け止められる。ディアルマの右手によって。


「この程度か?」

「そ、そんな馬鹿なでござる! 肉体を金属化した拙者の一撃がこんなはず……」

「キングごときを倒したくらいで驕るなよ小僧。貴様の拳はぬるい」


 そう言って拳を手放し、


「殴打とはこういうものだ」

「あがっ!」


 ステイキの顔面に拳骨を打つ。

 顔を押さえてヨロヨロと後退してきたステイキは俺の前で大の字に倒れた。


「お、おい大丈夫か?」

「痛い……うう」


 泣き出すステイキの身体がぶよぶよの肥満体に戻った。


「さて、次はどいつだ?」


 ディアルマの視線が俺たちを見回す。


「くっ……」


 デニーズが動く。その肩を俺は掴んだ。


「ガスト?」

「……」

「俺とやれる奴はいないか。ならば貴様らに用はない」


 つまらなそうに言いながらディアルマが右手を掲げる。と、周囲にいる傭兵たちが一斉に武器を持ち上げた。


「殺せ」


 その命令に従った傭兵らが、ジリとこちらに迫る。

 迎え撃とうとするデニーズを制し、俺は前へと歩み出た。


「ガ、ガスト、どうするの?」


 俺は答えず、無言で刀を鞘ごと腰から抜く。敵の傭兵が怯んだように足を止めた。


「貴様ひとりでこの人数を相手するというのか?」

「そうだ」


 即答した俺は懐から小さな鍵を取り出し、鞘と刀を繋ぐ錠をはずす。そして鞘を投げ捨て、白刃が光る刀を構えた。


「今さら不殺を解いてそれでどうなる? 死の旅へ何人か道連れにして満足するか?」

「そんなことは考えてないし、そもそも俺は不殺主義じゃない。殺しをしなかったのには理由があるのさ」


 もはや迷ってはいられない。俺は震える片手で左胸を撫でた。


「っ! ガスト! まさかそなた!」


 ゼリアが悲痛な声で叫ぶ。俺のしようとしていることを彼女は察したようだ。


「馬鹿なことはやめるのじゃ! 奴に身体を乗っ取られるぞ!」

「わかってる。だけど、俺を助けに来たみんなをここで死なせるわけにはいかない。

みんなを生きてここから脱出させるためには、一か八かこの方法しかないんだ」

「け、けど……」


 考えを変えるつもりはない。やらなければ全員がここで殺されるだけだ。

 ならば選択の余地などはなかった。

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