第48話 スカイアーク傭兵団全員集合。そして脱出へ

 なんだか騒がしい。

 地下のどこかで誰かが言い争っている……いや、それだけじゃない。金属同士がぶつかり合う激しい剣撃の音も聞こえていた。


 やがてそれは止み、次に響いたのは人の駆ける足音だ。こちらへと近づいてくる。


 なんだろう?


 音のする方角を覗く。走り来る何者かが見えた。あれは……。


「デニーズ!」


 思わずその名を叫ぶ。


 見間違いじゃないか。


 しかし目の前まで来ると、その可能性は消え去った。


「ガストいた!」


 鎧はつけず、靴も履かずに素足を汚したデニーズが嬉しそうに笑う。

 疲れ切り、返り血を浴びている様子から、ここに来るまで幾度かの戦闘があったことがうかがい知れた。


「どうして……」


 驚きと共に疑問を吐く。


「助けに来たに決まってるじゃん!」

「た、助けにってお前、ここがいまどんな状況かわかっているのか? バーガング傭兵団に占拠されてるんだぞ。奴らが手練の大集団ってことはお前も知ってるだろう。どうやってここに忍び込んだかはわからないけど、見つかったら捕まって殺され……」

「もう見つかってる!」

「ええっ!」

「だから早く逃げよう!」

「逃げようたって俺はここから出れないよ。鍵が無くちゃ。だからお前だけでも」

「任せて!」


 そう言ってデニーズは鉄格子を両手で掴み、左右へ引き曲げた。


「ええ……すごい力」


 驚嘆すると同時にやっぱこの子、怖いと思う俺だった。


「早く出て!」

「う、うん」


 俺はデニーズに手を引かれて牢屋の外へ出る。


「あ、ありが……うぷっ」


 勢いのまま引かれ、俺はデニーズのふくよかな胸に抱かれた。


「無事でよかった。ガスト」

「うん……」


 デニーズの暖かみが嬉しい。

 二度とこんな温もりは味わえないと思っていた。生きているという実感が、俺を包み込んでくれているようなやさしい心地だった。


「デニーズ、俺……」


 ちょっと泣きそう。

 そんな情けない言葉が出そうだった。しかしそれを言う前にデニーズは俺を身体から離す。


「続きは帰ってから。他の連中を助けて早く逃げないと」

「他の連中って、えっ? まさか……おあっ!」


 駆け出すデニーズに手首を引かれて俺は走り出した。


 地下から地上へと戻ってくる。地下牢に入れられてからそんなに経ってはいないが、青い空と太陽がずいぶんと懐かしく感じた。


「うおおおおっ! ガスト殿ぉ!」


 遠くからものすごいマッチョの男が駆けてくる。


 誰あれ? どっかで見たことあるような気もするけど。


 男は側まで来ると、俺を抱え上げて抱き締めた。


「生きてたでござるな! よかったでござる!」

「いだだだ! ちょっ! 苦しいって! なにこのマッチョ!」

「ステイキだよ」


 デニーズに言われてようやく気付く。身体は筋骨隆々の筋肉マンだが、よく見れば顔はステイキであった。


「なんで急にこんな身体に……」


 ぶっとい腕の抱擁から解放された俺は、鋼の肉体と化したステイキを見上げた。


「ふっ、拙者もとうとう肉体の筋肉化ができるようになったでござるよ。これでママンに立派な巨人族の男として認められて、家に帰ることが……」

「そんなことより早く行こう! ここはまだ敵地だから!」

「おう」


 先を行くデニーズに、俺とステイキは着いて行った。


 基地の門を抜けると、その前方から誰かが走ってくるのが見えた。

 大きな胸を上下に揺らして走るほぼ半裸のその女は、俺と目が合うやいなや表情を満面の笑顔にする。


「ガスト!」

「ゼリア! うおっ!?」


 猛ダッシュで眼前まで来たゼリアに俺は抱かれ、ビックなその胸に頭を沈められた。


「無事でよかったのうガスト。心配したぞ。怪我はしてないか? 怖かったじゃろう。帰ったらわしがいっぱい、ベッドの上でやさしく慰めてやるからのう。よしよし」

「むぐぐ……っ」


 でかすぎる胸に顔を埋められて息ができない。でも気持ちいい。

 柔らかい心地に包まれて、いろんな意味で昇天しそうだった。


「こら離れろこの売女!」

「ぐえ……」


 頭を離され、胸から解放されて見えたのは背後からデニーズに首を絞められる大人ゼリアであった。


「いいとこでなにをするんじゃこの小娘ぇ!」


 首に絡む手を解いてゼリアが叫ぶ。


「うるさいこの売女。ガストに触れるな。近づくな」

「くっこの女ぁ、やっぱりヒル女に殺させとけばよかったぞ」


 睨み合う二人。

 そのあいだに俺は慌てて入った。


「喧嘩してる場合か! 早く逃げなきゃ……」

「おお、そうじゃった。雑魚はともかく、ディアルマとかいう傭兵団の団長が来たらまずいしの。早々にこの場から退散をするのじゃ」

「えっ? うあっ!?」


 ゼリアが俺を抱え上げる。


「よし行くぞ」


 そして走り出した。

 一瞬だけきょとんと表情を呆けさせたデニーズだが、やがて憤怒に顔色を変化させ、


「待てコラこの売女ぁ!」


 ものすごい形相で追っかけてくる。そのうしろからついてくるステイキは、なんともやれやれといった顔をしていた。


 ゼリアは小脇に俺を抱え、片手で敵の傭兵を倒しながら町の大通りを突っ切っていく。

 このまま町の外へ出そうだ。そう思ったとき、


「あっ! ま、待てゼリア!」

「うん?」


 ゼリアの足が止まる。降ろしてもらった俺は家屋と家屋のあいだへ入り、そこの壁へ寄りかかっていた男に近づいた。


「じょ、丞山っ!」


 そこにいたのは丞山だった。

 身体は傷だらけのボロボロだ。なにがあったのかなんて聞くまでも無い。彼は今まで戦っていたのだ。


「どうしてお前、こんなところに……まさか」


 言おうとするも、俺は言葉の続きを飲み込む。


「勘違いするな。俺様がお前を助けに来たなんてことは絶対にない。女性をナンパしにこの町へ来たついでに、無様に捕らわれたお前を笑いに来たのさ。あいたた……」

「そうかい。そりゃまたずいぶんと狂暴な女をナンパしたんだな。っと」


 俺は倒れそうになった丞山を支え、肩を貸す。


「お、俺様はお前を助けに来たんじゃないからな。ぜ、絶対だぞ」

「わかったよ」


 この男がそう言うならそうなのだろう。そういうことにしておこうと思った。

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