第47話 危険な女、デニーズ

 基地へ入ったデニーズは地下牢を目指してひた走る。武器を持った人間は問答無用で斬り伏せ、ガスト救出を急いだ。


 やがて地下への階段を見つけ、一段飛ばしで跳ぶように降りていく。

 地下に着き、周囲を探る。


 静かだ。視界には誰もいない。


 誰もいないが……肌を焼きつかせるようなチクチクした嫌な殺気があった。


「ウェンディだったっけ。いるんなら出てきなよ」


 声をかけると、たいまつに照らされて小柄な女が姿を見せる。


「ん、ん、ようやく来た。殺せるの待ってた。ん、ん」


 現れたウェンディが無表情から声を出す。


「なぜわたしを呼んだ? なにか恨みでもあるのか?」

「ん、ん、死体安置所で斬られた。蹴られた。ん、ん」

「ああ」


 そういえばとようやく思い出す。ウェンディは大きく首を傾げる。


「ん、忘れていたのか? ん、ん」

「お前のことなんか興味ないし、忘れて当然だろう」

「ん、ん、つい先日のこと。馬鹿かお前? ん、ん」

「馬鹿じゃないし。馬鹿って言ったほうが馬鹿なんだし、馬鹿なのはお前だっ!」


 言葉尻を吐くと同時に斬りかかる。左右の腰に差している二本の剣を抜いたウェンディは、その斬撃を白刃で受けた。


「薔薇の匂い……オレンジっ!」


 背後から香った匂いに記憶が刺激され、身体を翻してもうひとり現れたウェンディの振り下ろしを剣で弾く。咄嗟に駆け出したデニーズは二人と距離を取って構えた。


「そういえば二人いたんだったか。お前ら」


 まったく同じ見た目だが、香水の匂いだけ違う二人のウェンディが並び立つ。


 見れば見るほどそっくりだ。香水の匂いがなければ区別がつかない。しかしなにか妙だ。こいつはなにか普通ではなかったような気がする。


 以前に戦ったことを思い返したデニーズは、そのときなにか違和感を感じたような気がしたが、それがなんだったのかは思い出せなかった。


「お前ら……双子か?」


 そうであろう。でなければ似ている理由に説明がつかないが……。


「ん、違う」

「なんだと?」


 そんなわけはない。


 デニーズは咄嗟にそう思った。しかしそれは嘘じゃなかった。


「これは……」


 並んで立つ二人の隣にもうひとりウェンディが。そして反対側からもうひとり。さらにもうひとりと、合計五人のウェンディがそこに並んだ。


「い、五つ子っ!?」


 そう叫んだ直後、五人のウェンディが無表情のまま一斉に動き出す。全員が両手に剣。合計で十本の剣がデニーズに襲い掛かる。


「くっ!」


 デニーズは集中して剣を振り、動き回って攻撃を防ぐ。


 二人ならたいしたことはなかった。しかし五人ともなれば手強い。ここに来るまで百は傭兵を斬ったが、それらとはくらべものにならないくらい剣捌きが優れていた。

 加えて速い。意識を乱せばその瞬間に急所を刻まれて負ける。そのプレッシャーと、五人と戦うことで負う疲労がデニーズを追い込んでいった。


「ん、ん、もうすぐ殺せる。もうすぐお前死ぬ、ん、ん」

「黙れっ!」


 これはまずい。


 デニーズはうしろへ大きく跳び、距離を取って壁を背にした。


「はあはあ……」

「ん、終わり。ん、ん」


 周囲を囲み、五人のウェンディがじりじりと迫る。


 どうする? おとなしく殺されるか? そんなことはありえない。


 一か八か、デニーズは自らの着ている鎧に手をかける。


「ん、ん? なにをする気だ? ん?」


 こちらの行動を不可解と警戒したのか、ウェンディらが足を止めた。


「たいしたことじゃない。鎧を脱ぐだけ」


 肩当をはずして放る。下に落ちたときゴスッと重い音がし、石畳の地面が砕けた。

 次から次へと鎧をはずしていき、とうとう素足に服だけの格好となる。懐から紐を一本取り出したデニーズは、長い髪を後頭部でまとめて結んだ。


「待たせたな。続けようか」


 剣を片手にデニーズは言う。


「ん、身体を軽くしただけで、人数の不利が有利になると思うか? ん、ん」

「どうかな」


 軽く跳躍し、軽くなった身体の動作を確かめる。――そして動いた。


「ん、ん。あれ? ん」


 デニーズは盛大に転んだ。ウェンディらのあいだを抜けた先で。


「くそ……」


 身体が軽すぎてうまく走れない。普段の生活で鎧を脱ぐことはもちろんあるが、鎧無しでは戦いはおろか走ることすらしないゆえ、こうなる予想はできなかった。


 起き上がるデニーズに注目し、ウェンディらは一斉に首を傾げていた。


「ん、いつの間にうしろへ回った? ん、ん」


 デニーズは答えず、立ち上がって身構える。

 重い鎧を初めて着たのは五歳のときだ。騎士になるための鍛錬として父親に着せられ、以降、成長と共にサイズを大きくしながら着続けている。最初は鍛錬で着ていたわけだが、いつしか着ている状態が普通になってしまい、脱ぐと動けすぎてバランスが悪い。しかし、さっきのでわかった通り、素早い動きが可能だ。


 集中しろ。肉体を使いこなせ。それしか勝つ手は無い。


「ん、ん、よくわからないけど、死ね。ん」


 五人が同時に飛び掛ってくる。それに対し、デニーズは目を見開く。


「落ち着け。うまく動け。わたしの身体っ!」


 地面を蹴る。


「ん、んっ!?」


 正面から来るウェンディの懐へ入る。そして腹に剣を差し込んだ。


「っ……この感触は」


 肉を貫いた感触ではないし、血も出ない。直感で思ったのは、木であった。その瞬間に思い出す、以前に腹を切り裂いたときも同じ感じがしたことを。


「人間じゃないのかっ?」


 そんな馬鹿な。確かにこいつは意思を持って襲い掛かってきている。ただの人形のはずはない。人形ならば、操っている人間がいるはずだ。


 目を凝らせばウェンディの身体には細い糸が繋がれている。

 糸は天井から伸びていた。


「そこかっ!」


 デニーズは人形を天井へ蹴り上げた。

 人形は天井に張り付いているなにやら黒い物体へ当たり、それがうつ伏せで下へ落ちてくる。やがてそれがもぞりと動いて起立した。


「お前は……」


 真っ黒いローブを全身に被った男女の判別がつかない者。その者は黒づくめの隙間から目だけを覗かせ、恨みがましくデニーズを見ていた。


「ん、ん……よくも私のウェンディを破壊してくれたな。ん、ん」


 ウェンディの声だ。人形がしゃべっていたのではなく、こいつが腹話術のように動かして声を出していたのか。


「ふん。香水までつけるんだし、そりゃ大切な人形なんだろうね」

「ん、血や死体のにおいから人形を守るため。血は臭い。死体は臭い。悪臭は嫌い。ん、ん。でも殺すのは好き。お前も殺す。今すぐ殺す」

「もう種は割れたんだ。これ以上、人形ごっこに付き合う気はないよ」

「ん、黙れ。殺す。バーガング傭兵団副団長のひとり、ウェンディを操る人形師、ファウストを怒らせたお前はここで死ぬ運命。ん、ん」


 ファウストの指が動作するのに合わせて、残った四体の人形、ウェンディが動く。


 数体の人形をひとりで操るとは器用なものだ。たったひとりで四人分の戦力。これは驚異的だが、所詮は人形。そうとわかれば弱点はある。


 デニーズは身を屈め、最高速でその場から移動した。


「ん、ん、また消えた。ん」

「ここだ」


 壁を蹴り、ウェンディの背後に迫って頭から真っ二つに斬り裂く。


「これで二体目」

「ん、このっ!」


 迫る三体の剣撃を捌きつつ、一体の胴を払って上半身を切り離す。


「三体目」


 そう言葉を呟きながら、払いの勢いのまま横に回転し、下からすくい上げるような斬り上げでもう一体を斜めに断って破壊する。


「四体目」

「ん、どうしてこうもあっさりと。ん、ん」

「人形に視覚は無い。要は、操るお前の目さえ意識していれば動きは読みやすいんだよ」


 剣を振り上げると、最後の一体は二本の剣を交差させて守りの姿勢を取る。デニーズは構わずそのまま振り下ろし、二本の剣ごとウェンディを斬り潰した。


「終わりだ」

「ん、この女……許さない。ん、ん」


 剣を手に持ち、ファウストが向かってくる。振るわれた一撃を受けた瞬間、


「むっ」


 デニーズの持つ剣の白刃が砕け散り、金属の欠片が宙を舞う。


「ん、ん、もらった。ん」

「舐めるな人形使いごときが」


 心臓へ伸びた突きの一閃を避けたデニーズの拳がファウストの顔面に沈み込む。


「ぐべ……」


 呻いた黒衣の塊がうしろへ倒れる。

 白目を剥き、ピクピクと痙攣するファウストを見下ろしつつデニーズは血のついた手を振り、それから地下の奥を見据えた。

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