第46話 マザコンの巨人、ステイキ

「――がはっ!」


 キングの拳を腹に受けたステイキは、大きな身体をくの字に曲げて胃液を吐き出す。


「どうしました? あなたはいざとなれば強いんじゃなかったんですか?」

「う、うう……」


 腹を抱えた状態で見上げると、侮蔑の表情でこちらを見下ろすキングの顔があった。


 強い。

 同じ巨人族で、同じように脂肪を筋肉化しているのに手も足も出ない。デニーズを先へ行かせてから今まで、ステイキは殴られっぱなしだった。


「もしかして脂肪の筋肉化ができたからと言って、私と対等に戦えるなんて思ったんですか? だとしたらとんだお笑いぐさですよ」


 キングはゲラゲラ笑う。


「脂肪の筋肉化なんて巨人族であれば子供でもできるんですからね。戦闘経験の豊富な私と、明らかに戦いに不慣れなあなたでは勝負になりませんよ。デュルフフフ」


 ステイキはなにも言い返せない。


 実際、その通りだ。身体は立派に筋肉化しても、中身は喧嘩の経験すらない非力な男のままなのだから巨人族の傭兵と戦って勝てるわけは無い。しかしデニーズを基地へ行かせることはできたのだ。自分の役目は果たしたとステイキは思っていた。


「もう立たないんですか?」


 あちこち殴られ、蹴られ、全身が痛くてしかたがない。呼吸するだけでも傷が痛む。立ち上がって戦うなどとてもではなかった。


「はっ! ウェルダン家の血を引きながら情けないものですねぇ。現当主であるバーグ氏の子供はあなただけのようですし、ウェルダン家ももう終わりですか、ねっ!」

「あぐっ!」


 頭を踏みつけられ、地面に突っ伏す。


「ファウドの正規軍がレスティアントの前線基地攻略を完了したのち、我々は彼らと合流してレスティアントの王城へ攻め込む予定です。正規軍の方々はともかく、戦争での敗北を知らない私たちバーガング傭兵団に、レスティアントごときの兵が対抗できるはずはありません。我々の勝利は確定しています」


 頭が上げられない。

 身体の大きさはほぼ同じだが、力の差は歴然であった。


「ウェルダン家の財産は私がもらってあげましょう。どうせあなたが食い潰してしまうものです。私のような優秀な巨人族にもらわれたほうが有意義でしょう」

「そ、そんなことさせないでござ……」

「どうやって?」


 後頭部をグリリと踵で踏みにじられる。


「こうして私に制圧されて身動きすらできないあなたに、なにができるというのですか? なにもできない。そうでしょう?」

「う、ぐ……」

「あなたは弱い。弱者は強者に蹂躙されるのみで、なにも守ることはできません。己自信も、財産も、そして家族も、あなたは強者によって奪われるのです」

「か、家族……」


 家族と聞いてステイキの頭に母親の顔が浮かぶ。


「家族を守りたいですか? できませんよ。あなたは弱いから。しかし、あなたは弱すぎますよ。同じ巨人族として恥ずかしい。どうしてあなたみたいな巨人族がいるのか。巨人族は戦ってこその生き物です。それなのにあなたはまるで戦闘がダメですね」

「せ、拙者は戦うのが嫌いなのでござる。殴られると痛いし、辛いし……」

「ふん。肉体よりも精神が脆弱でしたか。あなたをそんな軟弱者に育てた両親は名門ウェルダン家の恥、いえ、巨人族の恥と言えますね」

「そ、それはママンのことを侮辱しているでござるか? ママンへの侮辱は許さんでござるぞ。せ、拙者、それだけはマジに怒るでござる」


 ステイキの中に赤いものが渦巻く。それが怒りだと、自身で自覚していた。


「拙者、怒るとなにをするかわからないでござる。きっと、お前はひどい目にあうでござるぞ。命が惜しければ、それ以上、ママンを悪く言うのは……ぐぶっ!」


 口が地面に押し付けられ、言葉を遮られる。


「あなたを産んだ母親は、どうしようもなく巨人族の恥です。その恥を今から私が踏み潰してやろうというのですから、これは感謝してもらいたいですねぇ。あなたのようなゴミを産んだ、ゴミ袋の母親にねぇ。デュールフッフッフ」

「……」


 その言葉を聞き、ステイキの中で巨大な爆発が起こる。

 それによって頭は真っ白になり、なにも考えられない。やがてその白を染めたのは、真っ赤な強い怒りであった。


「ご両親もすぐにあなたと同じところへいきますよ。どこへかわかりますか? あの世です。全員、殺して差し上げますのでご安心ください。家族が揃えば寂しくないでしょう。私の配慮に感謝していただきたいですね。デュルフッ……うん? なんですか?」


 頭を踏むキングの右足首をステイキの右手が掴む。


「……お前、今なんと言ったでござるか?」

「なに? ……うっ!?」


 キングの足首を強く握る。そして持ち上げてどかし、ステイキは立ち上がった。


「こ、これはどういうことですか? なぜ急にそんな力が……」


 理解不能。

 そう言いたげな表情を顔面に張り付けたキングが、たじろいだ声を上げる。そんなキングを前に、どっしり堂々と立つステイキは拳を握り込み、


「お前は今、ママンをゴミ袋と言ったでござるかっ!!!」


 叫んだ。

 その咆哮は勝利を確信していたであろうキングの顔を引きつらせ、足を後方へと下がらせた。


「な、な、なっ……」


 言葉を失うキングへ向け、ステイキは指を差す。


「お前は拙者を本気で……キレさせてしまったでござる」

「だ、だからなんだと……」

「もうしゃべる必要はござらん。ママンを侮辱したその汚い口は、拙者のこの拳で閉じさせてやるでござる」


 人差し指を収め、ステイキは拳を作ってキングへ向けた。


「で、できそこないの巨人族の坊やが、巨人族の戦士として傑出したこのキング様に対してよくもそんな口を利けたものですね! いいでしょう! 私の拳であなたの肉体をグシャグシャに潰し尽くして、できあがった肉塊をあなたの母親に届けてあげますよ!」


 成人男性一人分はあろうかというキングの剛腕がさらに盛り上がる。巨大な筋肉の塊と化したその右手が拳を固めてステイキの眉間を突く。が、


「な、にぃっ!?」


 衝撃音を周囲に響かせるほどの強力な殴打の一撃だったが、ステイキはビクリとも動かない。目も瞑らず、まるで何事もなかったかのごとくそこに立っていた。


「か、硬い! これはどうなって……ぐあっ!」


 殴ったキングの拳が砕けて血を噴き出す。


「ば、馬鹿な……。なぜこんな……はっ!? ま、まさかそんな……ありえないっ!」


 血の滴る右手を押さえ、たじろいだ声をキングは上げる。


「あれは数百年に一度、戦士として類稀な才能を持つ巨人族の者だけが目覚めることのできる、巨人族最強の力! それをこんな……こんなできそこないの巨人族がまさかっ!」

「拙者はできそこないではないでござる。ママンが拙者を強いと言った。ならば拙者は間違い無く最強だから、お前なんかに負けるはずはないのでござる」

「だ、黙りなさい! これはなにかの間違いです! あなたが……あなたなんかに、巨人族最強の証である肉体の金属化ができるわけなぁいっ!」


 巨木のような太い右足で、キングは棒立ちのステイキに高い蹴りを放つ。綺麗にこめかみへ入ったその蹴りだが、


「ぐあっ!」


 痛みに呻いたのは蹴られたステイキではなく、蹴ったキングであった。

 膝をつくキングを、ステイキが見下ろす。


「終わりでござる」


 ステイキの拳が黄金色に輝く。


「そんな……そんなそんなそんなそんな馬鹿なぁ! お前ごときにこの私がぁ!」

「お前はママンを侮辱したでござる。その罪はママンの誇りである拙者が裁き、お前に罰を……くれてやるでござるっ!」

「ひぃあぁっ!」


 黄金の右拳がキングの顔面に沈み込む。瞬間、キングの大きな身体は衝撃によって彼方へと吹っ飛び、遠くの空へと消える。


 ステイキはその方角を見つめ、


「お前の母親がママンであったなら、負けていたのはきっと拙者であった」


 そう静かに呟いた。

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