第44話 女好きの丞山
――一方、デニーズらを先に行かせて残った丞山は、ウェイブの使う不思議な剣の威力に翻弄され、苦戦をしていた。
「ひゃははははっ!」
「うおっ!?」
白い剣が縦に振られ、飛んでくる風の斬撃を丞山はかわす。
戦いが始まってからこれの繰り返し。防戦一方だ。近づくことすらできなかった。
「おいおいおいおいどうしたよぉ! 格好良く登場したわりにはみっともなく逃げるだけかぁ。来いよ来いよ近づいて来てみろよぉ! ひゃははははは!」
「くそっ!」
なぎ払いと共に発生し、襲い来る斬撃をまた避ける。
仲間がいることなど関係なく、この斬撃を飛ばすもんだから、周囲の敵傭兵たちはとっくに逃げてしまった。そんなことなどおかまいなしに、ウェイブは下品に笑いながら攻撃を続けていた。
「なんだその剣は! 卑怯だぞ!」
攻撃の機会を持てない丞山は苛立ち叫ぶ。
「この剣か? いいぜあの世の土産話に教えてやるよ。これはなぁ、風を使う魔人の骨から作った特別な剣なんだよ。これを振れば無限に風の斬撃を起こせる」
「そ、そんなものが……」
「てめえは努力して剣を使えるようになったんだろうなぁ。けどよぉ、そんなの無駄なんだよ。こういう武器があれば、ガキでも達人を越えられるんだからさぁ!」
「くっ……」
言い返す間もなく風の斬撃を飛ばされる。
どうすればいい? どうすればこの斬撃を掻い潜って奴に一撃を見舞えるか?
考えた末、ひとつだけ方法を思いつく。しかし、しくじればそれで終わりだ。勝機は完全に消滅する。仕掛けるタイミングが重要だった。
「もうそろそろ腕の一本でも落としてくれるかイケメンさんよっ!」
何度目かの斬撃。同じように丞山は避けるが……
「きゃあっ!」
「えっ?」
悲鳴に背後を振り向くと、斬撃が破壊した家屋の屋根が瓦礫となって崩れ、その下を歩いていた若い女性へと迫っていた。
「あぶない!」
叫び丞山は走り、怯える女性を抱きかかえてその場から素早く救出した。
「怪我はないか?」
「は、はい。あの、あなたのお名前は……」
「ふっ、名乗るほどの者ではないが、美しいお嬢さんに名を問われて答えぬのは犯罪だな。俺様の名前は丞山。君のような綺麗な女性を愛するために生まれてきた男さ」
「丞山様……」
頬を赤く染める女性を見つめ、ニッと笑って白い歯を光らせる丞山。
戦いよりも、自分の命よりも美しい女性が大切な男である。
「お嬢さん、よければこのあとどこかでお茶でも……」
「女、引っ掛けてる場合かよ。ああ?」
「美しい女性に出会って口説かぬのは男の恥だ」
「そうかよっ! だったらそのまま死ね!」
「ぬうっ!」
刀を激しく振り下ろし、風の斬撃をかき消す。
「ああ? 俺の風を消すなんておもしれえことしてくれるじゃねぇか。むかつくなぁ。むかつくから、八つ裂きにしててめえのイケメン面に唾を吐いてやるぜ! ひゃはぁ!」
「待て! まずはこの女性を安全なところに……」
「知るかよそんなのよぉ!」
素早く剣が十字に振られ、発生した二つの斬撃が時間差で迫る。
さっきのは渾身の振り下ろしでかき消した。
しかし二つは無理だ。
女性を横抱きに抱えて丞山は横へ跳ぶ。が、
「ぐ……」
人を一人抱えては先ほどまでのように動くことはできない。
斬撃を避けきれず、左の腿をザックリと風の刃で切られた。
「しゃはははははっ! どうしたよ色男っ! ずいぶんトロくさくなったじゃねぇか!」
丞山は膝をつき、汚い笑顔を見せるウェイブを睨む。
「貴様……っ! この女性が傷ついたらどうするつもりだ!」
「はあ? なに怒ってんだてめえ?」
ウェイブは表情を素に戻し、きょとんと目を見開く。
「さっきの攻撃が美しい女性の柔肌を傷つけていたかもしれないんだぞ! 男として怒るのは当然だ!」
「くだらねぇ。女の一人や二人、傷ついたからなんだってんだ。傷ができたって、死んでなきゃヤレるだろうが。なにも問題はねぇ」
「貴様っ!」
「その女を傷つけたくねぇなら離すんじゃねぇぞ。てめえの手からその女が離れたら俺は先にそいつを殺すからな。しゃはっ!」
「くっ!」
次々と放たれる斬撃を丞山は女性を抱えて避けていく。
致命傷こそは受けていないものの、身体のあちこちに浅くない傷を負い、動きは鈍くなっていた。
「はあはあ……ぐっ、うう……」
身体全体が痛い。服はべっとりした血で肌に張り付き、不快感を与えてくる。血を流しすぎたためか、意識も朦朧としていた。
「そんな女なんてとっとと捨てちまえば、もうちょっとがんばれただろうによぉ。マヌケな野郎だぜてめえはよ」
「ふっ、我が身かわいさに美しい女性を見捨てるなど、俺様にはできん。イケメンとはそういうものだからな」
余裕そうにしゃべるが、実は声を出すだけでもつらい。少しでも気を抜けば、前かうしろに倒れて楽になってしまいそうだ。そうならず気を張っていられるのは、女性を守りたいという丞山の強い思いがあるからだった。
「しゃははっ! なに格好つけてやがんだ馬鹿が! てめえはこれから死ぬんだぜ! 死んだらどうする? それでも女を守るか? やってみろよ! しゃはははははっ!」
「じょ、丞山様……」
「なにも心配しなくていい。俺様は勝つ」
言いながら、丞山は女性を降ろして背後に庇い、その場に仁王立つ。それから噛み付くような視線をウェイブにぶつけた。
「こっからどうやって勝つつもりだよ! 満身創痍のてめえが! 戦うどころか、もうそっから動くこともできねぇんじゃねーのか? ああん?」
「確かに、この傷じゃもうそんなには動けないだろう。だが、古今東西、女性を守るイケメンが悪党に負けたなどという話は聞いたことがない。だから俺様は勝つ」
「その遺言は笑える、ぜぇっ!」
三つ重なった巨大な風の斬撃が正面から向かってくる。
しかし丞山は動かない。
「終わりだ! 刻まれちまえよ!」
斬撃が丞山を通り過ぎる。……しかし倒れない。丞山は右手を前に突き出した姿のまま、微動だにせずそこに立っていた。
「なんだ……? どうなっ、た。がば……っ! あ……」
「俺様の勝ちだ」
「なんだ、と?」
ウェイブの顔が下を向く。
左胸には、刀が深々と突き刺さっていた。
「これ……はぁ!」
「刀を矢のように投げたんだ。無駄にでかい斬撃を作ったせいで、お前からは俺様がなにをしたか見えなかっただろうがな」
「あ、相打ち狙い、か……。でも、なんで……がはっ」
血を吐いてウェイブは前のめりになって倒れた。
「なんで俺様はお前の斬撃を食らわなかったか? それは投げた刀で風の斬撃の中心を貫いたからだ。あれほどの威力を振り下ろしでかき消すのは無理だったろうが、突きの一点突破なら貫けると思った。風は物体じゃない。穴が空けば元の形状は保てない。俺様を通り過ぎたとき、もはや斬撃は単なる風の塊になっていたのさ」
「……」
ウェイブはなにも言わない。もう聞こえてはいないのだろう。
「……まあ、なんだかんだ言ったが、つまりは俺様がイケメンだから勝ったのだ。イケメンは女を傷つけようとする輩には絶対に負けんからな。ふはははははっ……は、うぐ……痛い。笑ったら傷に響いた……はあはあっ」
苦しげに呼吸をしつつ、丞山は歩き出す。
「じょ、丞山様。そんな傷でどこへ……」
「ここへ来た目的を果たしに行くのさ」
振り返って女性に笑顔を見せた丞山はウェイブの身体から刀を抜き、ふたたび前を向いて歩を進めた。
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