第7話 仲が良くない幼馴染に出会う
「知り合いなのガスト?」
「うん。ガキのころに付き合いがあって、それっきりだったけどな」
所謂、幼馴染か。
別に仲良くはなかったが。
「ふっ、俺様は将軍家の剣術指南役に選ばれて豪邸に引っ越したからな。弱くて貧乏なお前とは住む世界が変わったのさ」
「そんな大役をもらったお前がなんでこんなところにいる?」
「うぐっ……そ、それは」
気まずそうな丞山の顔を見て、俺はニヤリと笑う。
「姫様を孕ませて国外追放処分になったんだろ。知ってるよ」
「知ってるなら聞くな! くそっ! 嫌なことを思い出させやがって!」
「せ、先生! 知り合いだかなんかわかりませんけど、早くやっちゃってくださいよ!」
「わかってる!」
丞山がようやく抜刀する。
「ふっふっふっ、よくもこの超イケメンである俺様に恥をかかせてくれたな。昔馴染みと言えど容赦せんぞ。……ちなみにそちらの麗しいお嬢さんの名前はなんだ?」
「女で大失敗してるんだから、少しはその女好き治せよな」
「う、うるさいっ余計なお世話だ! もういい! お前を殺して自分で聞くから!」
「丞山先生! あの女も敵ですよ! あの女に仲間を殺されたんですから!」
「俺様は良い女は斬らん。美女は己の命より大切で貴重な存在だからな。斬り殺すなどありえん」
「せ、せんせ~……」
「やれやれ」
俺は鞘に入ったままの刀を構え直す。
「……お前、なんだそれは? 舐めているのか?」
「聞いてなかったか? 俺は人を殺せないんだよ」
「殺人が怖いか? 腑抜けめ」
丞山が鼻で笑う。
「違う。以前にちょっとしたことがあってな。人を殺せなくなっただけだ」
「なにが違うか。人を殺して、殺人の感覚が怖くなったのだろう」
「そうじゃないが……まあなんだっていいさ。お前程度ならこれで十分なんだよ」
鞘に収まっている刀をブンと軽く振ってせせら笑ってやる。
「な、なにおう! 道場じゃいつも俺に負けて泣いてたくせに!」
「いつの話だ。あのときとは違う」
「そうだ。俺様はガキのころよりずっと腕を上げた。剣術指南役として方々の猛者と御前試合をして勝ち続け、ここでも場数を踏んできたんだ。もはやお前など足元にも及ばんぞ」
「場数なら俺も踏んでるさ。いろいろとな」
「だからどうした? 俺様は天才。お前は凡才だ。凡才がどんなに努力しようが、天才にはかなわないんだよ!」
「そうかい。だったらその天才様の立派な腕前をみせてもらおうか」
俺は刀を正面に構え、丞山は大きく上段に構える。
そのまま動かず、俺はじっと待つ。丞山は摺り足で少しずつこちらに近づいてきた。
そして……
「てやあぁぁぁっ!!!」
間合いに入った瞬間、丞山の鋭い一撃が脳天に向かって振り下ろされる。しかしその刃は俺に触れること無く、切っ先で無様に床を削った。
「な、なにっ!? どこへ消えた!?」
「ここだよ」
「はっ!? あぐぁ!」
背後を振り返った丞山の眉間に鞘の一撃を叩き込む。
白目を剥いた丞山は、腹ばいになったカエルのようにコテンと仰向けで床へ倒れて口から泡を吹いた。
「お前の強みは初太刀、上段からの振り下ろしだ。ガキのころはみんなそれでやられてた。背が高いからな。上段構えの振り下ろしは脅威に感じて昔は竦んで動けなかった。けど、かわしてしまえば隙だらけ。お前の強みは弱点でもある……って聞こえてないか」
幾分、振り下ろしの鋭さは増していたが、それだけだ。
自らの才能におぼれ、ほとんど修練をしてこなかったのだろう。かつてよりの成長はあまり見られなかった。
「御前試合がなんだ。そんな剣術ごっこなんて鼻で笑えるような修羅場を、俺は生き抜いてきたんだよ。舐めるな」
俺は倒れている丞山を見下ろしつつ、鞘に納まったままの刀を腰の帯に差し込んだ。
「せ、先生が……ま、まさかそんなっ!」
「さて……」
ひとり残った男に視線を向ける。
「ひ、ひぃ! うわああああっ!」
「あ、逃げた」
部屋から出て行った男を追おうとするデニーズだが、俺はそれを止めた。
「追わないの?」
「放っとけよ。もう用は無い」
「ふーん。ま、いっか。今日はいっぱい殺せたし。腹八分目ってやつね」
「君にとって殺人は食事と一緒なんだねぇ……」
綺麗な顔をしてまったく恐ろしい女である。
それから俺は誘拐の件を役人に通報し、閉じ込められていた子供らが解放されるのを見届けてから宿へと戻った。
身寄りの無い子供らがこれからどうなるのかはわからない。
気の毒に思うが、それだけだ。それしかできない。ただ刀を握って戦うことしかできない俺に、あの子供らをしあわせにする力などあるはずもなかった。
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