第6話 ギャングのアジトへ

「ねえ、これからどうするの?」


 街中を歩いていると、隣からデニーズに声をかけられる。


「どうするって、宿屋に戻るんだけど」

「まだ殺してない」

「そんなこと言われても、身代金の受け渡しが明日だから、今日はなんにもすることないよって、なぜ俺の首に手をかけてるんですかデニーズさん。苦しいんですけど」

「わたしは一日にひとり殺さないとダメなの」


 デニーズが震えだす。


 えっ? どうしたのこれ? 怖い。


「震えが止まらなくなっちゃって」

「アルコール中毒か君は」

「はずみで誰か殺しちゃうかもーっ!」

「わかったわかった静かに。ぐえー! 苦しい! く、首を絞めないでぇ!」


 このままじゃ俺が殺される。

 しかたない。追加で盗賊退治でも受けるか。しかし、もしも手こずれば明日の仕事に支障が出る。ならば。


「ゆ、誘拐したギャングを探そう! 名前が書いてあったし、見つけられるはずだ!」

「じゃあそうする」


 震えを止め、俺の首から手を離したデニーズはトマトにかじりつく。


 こいつのほうがギャングより恐ろしい。


 しかし手紙に書いてあったギャング団の名前は本当だろうか?

 恐らくだが、敵対するギャングの名前かなんかを書いて自分らに疑いがかからないようにしたんじゃないかと俺は思う。でなかったら、かなりのマヌケである。



 それから三十分ほど経ったあと。俺たちは町外れにある古ぼけた廃墟に来ていた。


 手紙にあったギャング団の名前はグリーンズ。町の人たちから聞いた情報によると、ここにそいつらがたむろしているということらしいが、誘拐犯かどうかはだいぶ怪しい。


「うへへ……殺していい人間のにおいがぷんぷんする。うへへ」


 隣にいる人は完全に殺戮態勢だ。もう止めることはできない。

 間違っていたら誘拐犯を恨んでもらうしかなかった。


 てか殺していい人間のにおいってなに? 俺からは臭ってないよね。

 怖いんですけど。


 廃墟の外に見張りらしき者はいない。入るのは難しくなさそうだ。


「まず俺が中に入って様子を見てくる。君はここで待機を……」

「ころーすっ!!!」

「えっ?」


 叫んだデニーズは抜き身の剣を振り上げ、廃墟へ向かって駆け出す。


「お、おい待てっ!」

「待てない! もう待てないぶっ殺す!」


 なんて足の速い奴だ。追いつけない。

 廃墟の扉を蹴破って突入したデニーズに、しかたなく俺は走ってついていく。


「な、なんだてめえら!? うがっ……」


 屋敷に足を踏み入れて最初に目撃した光景は、男を袈裟懸けに斬り裂くデニーズの姿だった。問答無用で、側にいた別の男も斬り捨てる。


「うひゃひゃひゃ! 楽しい! 人殺し楽しい! うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 狂った笑い声を聞きつけてか、武器を持った男たちがわらわらと屋敷の奥から出てくる。襲い掛かるそいつらを、デニーズはバッタバッタと斬り殺していく。


「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! 殺す! 殺す! 殺す!」


 ゲラゲラ笑いながら人を殺す姿はまさに狂気そのものだ。

 しかし強い。武器を持った大勢をたったひとりで圧倒している。


 それになんて綺麗な動きで戦うんだ。笑い声は悪魔のように下品だが、剣を振るい、避ける動作は美しく、まるで舞いを見ているようだった。


「ひゃっひゃっひゃっ。これで十九人。あへあへイキすぎて気持ち良い」


 発言も下品である。


「こ、こいつ血塗れのスマイリーデニーズだ! なんでこんなところに……ぐあっ」


 最後に残ったひとりの頭を、俺は鞘に収まったままの刀でぶったたいて倒す。


「あーん、そいつを殺せばもう一回くらいイケたのに!」

「足元ふらふらだぞ。その辺にしておけ」


 本当に人を殺して快楽を感じているのかこいつ。

 いつの間にか足ガクガクしてるし。


「おいお前、最近、子供を誘拐したろ」


 倒した男の胸倉を掴んで問いただす。


「し、知らない」

「本当のことを言わなきゃ、その辺に転がってる奴らと同じ目にあうぞ」


 男の首を軽く絞める。


「ひ、ひい……わかった。正直に言う。言うから離してくれ」


 男を離す。それから男は誘拐した事実を吐く。どうやら誘拐された子供は廃墟の地下に閉じ込めているらしかった。


「それじゃあそこへ案内してもらおうか」


 俺は男を立たせ、子供らが監禁されている場所への案内を促した。


 男を先頭に廃墟の地下へとやってきた俺は、目に入った光景に絶句する。

 地下はすべてが牢獄で、そのひとつひとつに子供が閉じ込められているのだ。


「こんなに大勢の子供たちを誘拐していたのか」

「ああ、子供は高く売れるからな」

「売る? 身代金が目的じゃないのか?」

「身代金? ここにいるのは口減らしで捨てられた貧乏なガキどもだぜ。身代金を払う親なんていねーよ」

「それはおかしいな。お前らは金持ちの子供を浚って身代金要求の手紙を出したろう」

「そんなの知らない。金持ちのガキなんて誘拐したら、役人に目を付けられて面倒だしな。親の無いガキを浚って売ったほうがよっぽど安全で金になる」


 どういうことだ? この期に及んでまだ嘘をつくとは考えにくいし、もしかすればこいつが知らないだけで、他の仲間が独断でやったのかも。


「ねえガスト、どうするの?」

「とりあえず探してみよう。身なりのいい子供がいたら、たぶんその子だ」


 男を歩かせ、俺たちは誘拐されたウェルダン家の子を探す。

 牢屋に入れられている子供たちの年齢は五歳から十二歳くらいだろうか。誰しも気力の無い目をしており、身体は痩せ細っていた。


「いないな」


 ひと通り回ったが、それらしい子供はいなかった。


「こいつ嘘ついてるんだよ。ぶっ殺して吐かせよう」

「ひぃ!」

「殺したら吐かせられないでしょ」


 けど困った。ここにいないとなると、一体どこにいるんだ?


「あ、ああ、そういえば誰かがここから子供を連れ出して、二階に連れて行くのを見たような気がするなぁ。身なりもよかったような気が……」

「本当か?」

「嘘だと思うならついてくればいい」


 怪しい。


 だが手詰まりとなった今、わずかな可能性にかけてみることにした。


 男について行き廃墟の二階へ上がる。

 そして一室に入るが、そこに子供の姿は無い。代わりにいたのは、紫の着物を着た後ろ髪の長い男だ。横顔を見る限りなかなかの二枚目である。


 男は白い丸テーブルの前に座り、カップを右手に左手で本を読んでいた。


「用心棒の先生!」


 男が駆け出し、その男のもとへ寄る。


 どっかで見たことあるような気がするなあいつ。誰だったか……。


「やっぱりいたんですね先生! どうして助けに来てくれないんですか! 俺以外みんな死にましたよ!」

「今月分の金をまだもらっていない」

「そ、そんな……」


 男は本から目を離さず、ぶっきらぼうに言葉を返す。


「おい! 子供はどこだ!」

「ひい! せ、先生! とりあえず今日のぶんだけでお願いします!」


 男はポケットから銀色の硬貨を握り出し、ジャラジャラとテーブルに置いた。


「……まあいいだろう」


 カップを置き、本から手を離して男が立ち上がる。


 背は高く細身で、すらりとした印象の男だ。腰の刀は通常よりやや長めに見えた。


「どうやら子供がここにいるって言うのは嘘だったみたいだな」

「そうだよ! この先生にお前らを殺してもらうためにここへ連れて来たのさ!」


 やれやれと俺はため息をつく。


 ここに目当ての子供はいない。早々に立ち去るべきだが。


「あいつも殺していいの?」

「待て。どうもあいつ、俺と同じ国から来た奴のようでな。俺にやらせてくれ」


 俺と同じく黒髪に黒目で着物姿。腰には刀を差しているので間違いないだろう。


「ガストも快楽ほしいの? しょうがないな。ひとりくらい譲ってあげるよ」

「俺を狂人の仲間にしないでくれるか……」


 デニーズを下がらせ、俺は腰の刀を鞘ごと引き抜き構えた。


「鞘から抜かないの? もしかしてガストって人を殺せないかわいそうな人?」

「かわいそうかどうかは知らないけど、まあ確かに人は殺せない。殺さないんじゃなくて殺せないだけで、不殺を主義にしてるわけじゃないよ」

「うーん?」


 わかんないとでも言いたげな顔をデニーズは見せる。


 人を殺してはならない。数年前の出来事で、俺の身体は殺人ができなくなったのだ。だから鞘は錠でがっちりと刀の鍔に繋がれて、抜けないようになっていた。


「さあて色男の先生よ。あんたも抜きな」


 ゆらりと立っている長身の男に言う。

 しかし男は抜かず、顎に手を当て俺を見ていた。


「ガスト……。お前、あのガストか?」

「なんだって?」

「俺様だよ。丞山じょうざんだ。ガキのころ隣に住んでたろ」

「ああ……」


 どこかで見たことあるような顔だと思ったら、なるほど丞山か。子供のころに会ったっきりだから顔を見てもわからなかった。

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