第5話 初めての仕事

 宿屋の窓から入る陽光を顔に受け、俺は目を覚ます。


 今日もいい天気のようだ。

 ……だがまだ眠い。もう少し寝るか。


 そう思う俺の顔を赤い顔の女が真上から覗き込んだ。


「うおおっ!?」


 ビックリした俺は女に頭突きをしながら飛び起きる。


「痛い。ビックリした」

「ビックリしたのはこっちだよ! なにしてんだ!」


 デニーズは額を押さえながら恨みがましい目でこちらを見ていた。


「殺しにきた」

「マジで……?」

「うそ」

「心臓に悪い嘘はやめて」

「早く仕事したいから起こしにきたんだよ」

「仕事熱心だね……」

「ううん。違うよ。早く誰か殺さないと、その辺の一般人を殺しちゃいそうだから」

「う、うん。そう……。てかその赤い顔、もう殺ってきちゃったんじゃないの?」


 デニーズの顔は濡れたように、白い肌を真っ赤に染めていた。


「これは顔でトマトを潰しちゃっただけ」

「どうしたら顔でトマトを潰すなんてことになるのさ……」


 怖い上に変な女である。


「しかし早起きだな君。まだ夜が明けて間もないだろうに。この近くに住んでるのか?」

「ううん。隣の部屋に泊まってるの」

「えっ? ああ、この町の住人じゃなかったのか」

「この町の住人だけど、家はないの」

「そうなのか?」

「うん」


 なんかよくわからないが、込み入った事情でもあるのだろう。あまり言いたくないことかもしれないので、理由は聞かなかった。


 パンツ一枚の姿で俺はベッドから出て立ち上がり、うんと伸びをしてから畳んである着物を手に取った。


「なにそれ?」

「えっ? うおっ!?」


 一瞬で距離を詰めてきたデニーズが俺の胸をじろじろと見る。


「この傷……なんか抉られたみたいな。どうしたのこれ?」

「ああ……」


 俺の左胸には大きな傷がある。デニーズの言ったとおり、抉られたような古傷だ。


「昔にちょっとな。たいしたことじゃないさ」

「でも、こんなところにこんな傷って、普通なら死んでない?」

「それは見てのとおりだよ」


 着物を着て刀を腰に差す。

 デニーズは納得いかない顔をしつつ、首を傾げていた。



 酒場で朝食を食べたあと、掲示板で仕事を探す。

 昨日と違って腹も満たされているので、今日は体力を気にせず、とにかく稼げる傭兵の仕事をしようと思った。


「どれにするかな……」

「人を殺せるやつにしてね」


 トマトをかじりながらデニーズは言う。


「トマト好きなの?」

「別に。赤いものかじってると落ちつくから」

「そ、そう」


 よく見れば食べているのではなく、ネズミみたいにかじっているだけだ。


 トマトの汁と実をびちゃびちゃと床に垂らし、無表情でかぶりついている光景は、軽くホラーである。犯罪者しか殺さないようだから襲い掛かってはこないと思うが、行動が不気味で怖い。


 なるべく隣を見ないようにしながら、俺は今日の仕事をじっくりと探す。


「これいいんじゃない? 盗賊退治」

「悪くないけど、もうちょっと報酬の多い仕事がしたいな」

「お金たくさんほしいの?」

「そりゃね。いずれは傭兵団の拠点とか手に入れたいしさ」

「へーそんな立派な傭兵団を作りたいってことは、国家公認傭兵団を目指してるんだ?」

「国家公認傭兵団?」

「知らないの? 国から直接、仕事をもらえる傭兵団のことだよ」

「そんなのあるんだ。よーし! 俺の傭兵団もそれを目指すぞ!」

「公認されるには最低五十人の所属団員が必要なんだけどね。あと実績」

「ま、まあその実績を積み重ねれば団員も増えていくさ」


 この女みたいなやべーのはお断りだが。


「あ、これいーじゃん」


 デニーズは跳躍し、掲示板の高いところに張り付けてある紙を引っぺがす。


「どんなの?」

「これ。ギャングに誘拐された息子を助けてほしいってやつ。報酬も多いよ」

「どれ……。ふーん、悪くないけど、こういうのって普通、役人に通報しない?」

「どうでもいいよ。わたしは人を殺せればなんでもいいから」

「君、人殺し以外、興味ないの? 若いんだから恋愛とかさ」

「わたしに殺されてくれる人が好き。これって恋愛じゃない?」

「そんな怖い恋愛、聞いたことないわ」


 口の端からトマトの汁をダラリと垂らしながら、恍惚とした表情で歪んだ恋愛を口にするデニーズにゾッとつつ、俺は張り紙に書いてある依頼人の住所を確認した。



 依頼の張り紙を持って住所の場所へとやってくる。


「うわーこれはすごい豪邸だなぁ」


 目の前に現れたのは城のような豪邸。昨日、草むしりした家もでかかったが、こちらはその三倍くらいは立派であった。

 俺は門の前で口をあけ、遠くに見える屋敷をあんぐりと眺める。


「どんだけ人を殺したらこんなところに住めるんだろうね」

「君、恋愛もお金儲けもみんな殺人で考えるのね」


 俺は門の格子を掴んで中を覗く。


 どうやって中に入れてもらったらいいかな? 勝手に入っちゃまずいだろうし……。


「なにかご用ですか?」

「うわぁ!?」


 塀の裏に建っている小屋から、ものすごい巨漢で丸々と太った中年の男が現れる。


 三メートルはあるんじゃないか? 


 縦にも横にもでかい。

 同じ人間とは思えなかった。


「ああ、巨人族だね。どうりで家がでかいわけだ」

「巨人族?」

「魔人の一種だよ。見ての通り人間より身体がでかいの」

「その魔人ってのがわからないんだが……」

「なにかご用ですか?」


 同じトーンで言葉を繰り返される。


「ああ、これは失礼しました。我々はスカイアーク傭兵団というもので、この張り紙を見てこちらにうかがったんですが」


 俺は酒場に張ってあった依頼書を巨漢の男に掲げて見せた。


「……屋敷にご案内します。どうぞ」


 巨大な門が開かれ、俺たちは広大な敷地内へと足を踏み入れた。


 屋敷の中に通された俺たちは大きな部屋へ案内され、そこで待つように言われる。

 ビックサイズのイスに腰掛け、俺は部屋の中を見回す。


 なんもかんもでかい。自分が小人になったような気分だった。


「さっきの続きだけどさ、魔人ってなんなんだ?」


 隣のイスに座っているデニーズに訊ねる。


「魔人ってのは人の形をしてるけど、人じゃない種族のことだね。身体の大きい巨人族はその一種。他にも特殊な力を持つ魔人とかいるよ。早く誰かぶっ殺したい」

「うん。ありがとう。真顔で怖いこと言わないでね」


 人の形をしているけど、人でない種族。

 俺もかつて、そういうものに会ったことがある。あれも魔人というのだろうか?


 俺は左胸を押さえ、かつてを思い出していた。


「大変お待たせいたしました」


 扉が開き、青いドレスを着た中年の女性が部屋へ入ってくる。

 大柄で太った女性だ。先ほどの使用人らしき男よりは小さいが、それでも俺よりずっと背が高く、横幅も大きかった。


 俺はイスから立ち上がり、女性に向かって頭を下げた。


「スカイアーク傭兵団団長のガストと申します。依頼を拝見してうかがいました」

「これはご丁寧なあいさつをどうも」


 女性は対面のイスへと座り、俺も元通り腰掛ける。


「わたくしは当家の主、バーグ・ウェルダンの夫人、ハーンでございます。このたびは依頼を受けていただき、ありがとうございました」

「いえ、さっそくですが、息子さんがギャングに誘拐されたとか」

「ええ。一人で部屋にいるところを浚われたようで。あ、これが送られてきた手紙です」


 テーブルに一枚の紙が置かれる。

 俺はそれを手にとって内容に目を通す。


 書いてあるのは身代金の要求と受け渡し場所。それとギャング団の名称だ。

 わざわざ名乗るとは馬鹿なのか、それとも嘘を書いて惑わせようとしているのか。


「なぜ傭兵に依頼を? 我々としては仕事をいただけてありがたいのですが、本来ならばこういったことは役人に通報すべき事件だと思うのですが」

「はい。もちろんわたくしも役人に通報をしようと思いました。けど主人がダメと」

「なぜです?」

「主人は軍隊に勤めておりまして、多くの兵士を指揮する将の位を国王様からいただいている身でございます。将の息子がギャングに誘拐されたなどと国に知られてはウェルダン家の恥だと主人は言いまして、役人への通報ができなかったのです」

「それで酒場に依頼を?」

「はい。主人には内緒ですが」

「この手紙はいつごろ送られてきたのですか?」

「おとといの昼ですね」


 身代金の受け渡しは三日後。つまり明日だ。


「主人はあんなのギャングにくれてやればいいなんてひどいことを言いますが、かわいい息子を見捨てるなんてわたくしにはできません」


 自分の子供をあんなのとはひどい親父もいたもんだ。


「ガスト様、どうか息子のことを救ってやってくださいませ。お願いします」

「もちろんです。必ず息子さんを助け出します」


 夫人に息子さんの救出を約束し、俺はデニーズを連れて屋敷をあとにした。

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