第23話 殺人の動機
「その通りだよ。私はそうして母を殺した。しかし動機まではわからないだろう?」
「それは……」
そう。動機だけはわからなかった。
自分の母親を殺すほどの理由など、俺には考えもつかない。
トランは口角を上げてフッと笑う。
「難しく考える必要は無い。単純なことだ。母が私を売国奴と罵ったからさ」
「売国奴……?」
「知ってるだろうが、私と国王は腹違いの兄弟だ。本来ならば正妻の息子である私が王になるはずだった。だが先代は妾の子である兄を後継者に指名し、私は王になれなかった。そんな私が兄を踏みつけにできるチャンスを、ファウド帝国がくれたのさ」
「ト、トラン様、あなたは王族でありながら敵国と通じていたのですかっ!」
隣でイーアルが叫ぶ。
「私だけじゃない。国の何人かは王族も含めて通じている。君の所属する騎士団にもね。帝国は強大だ。戦争をすればわが国は滅びるだろう。賢明な者は戦後を考えているのさ」
「戦後って……」
「ファウドの皇帝は約束した。戦後はこの国の自治権を私に与えてくれると」
「お、愚かな! あまりにも愚かしい!」
「結構だ。そうでもしなければ私は一生、日陰者だからね。しかし母は賛成をしなかった。私を売国奴と罵り、国王にすべてを話すと言ったのだ。ならば殺すしかなかろう」
聞いていた俺は絶句する。
そんなひどい理由で母親を殺したなんて信じられなかった。
「辛かったよ。今まで私を国王にしようと尽力してくれていた母だったからね。けど、母の願いは叶う。国王が刺客を放って母を殺したことにすれば、私を担いでくれる者達が反乱を起こして国内は大いに乱れるだろう。その隙に乗じて帝国が侵略すればわが国は容易に落ちる。母の死は無駄にならず、望みは叶うというわけさ」
「それを聞いたわたしがそんなことを許すとお思いですかっ!?」
「死人に口は無い。だから冥土の土産に教えてやったんだよ。――ウェンディ!」
不意に、薔薇の香りがした。
「このにおい……ウェンディ……まさか」
俺は数日前を思い出し、戦慄した。
トランの背後の暗闇から女が姿を現す。その瞬間、俺はやはりと眉をひそめる。
あれは間違い無くバーガング傭兵団のウェンディだ。なぜこんなところに……。
「ウェンディ、奴らを殺せ」
「ん、了解。ん、ん」
ウェンディの両袖から二本の剣が伸びる。
「ん、ん、んーっ。くっくっく……ひさしぶりの殺し。わくわくする。ん、ん」
わくわくとはかけ離れた冷たい無表情がこちらを凝視していた。
隣のイーアルが剣を抜いたのに遅れて、俺も刀を鞘ごと抜く。
「無駄な抵抗はよせ。こいつはファウド帝国最強と言われている、バーガング傭兵団から借りた女だ。ただの団員じゃない。四人いる副団長のひとりだ。お前らとは格が違う」
「知っているよ」
ウェンディに視線を送る。
だが無表情は変わらず、こちらを覚えているのかいないのか判別はできなかった。
「総勢三千人の団員が所属する、ファウド最強の傭兵団。そこの副団長ですか。なるほど。確かにわたしでは、その人の相手は荷が重いかもしれませんね」
イーアルの額に汗が浮かぶ。
バーガングの副団長が強いのは知っている。だがあのときは四人がかりだった。今の奴は一人だ。こちらは二人いて、人数の有利があるので勝てると思った。
「ん、ん、ここは死臭がひどい。くさい、くさい、ん、ん」
懐から小瓶を取り出したウェンディは、その中身を自らの全身に振り掛ける。香水だ。かなり強い物を使っているらしく、薔薇の香りが充満するほどだった。
「ん、人殺し好き。だけど死臭とか血のにおいは嫌い。臭いから。ん、ん、ん」
デニーズと似ている。だが違う。なんというか、この女からは人間味を感じない。例えるならば空っぽになった人という器に、殺意だけを込めたような、そんな印象を受ける。
「ん、んー……さて、どっちから殺そうかな。ん、ん」
来るか。
俺は刀を構え、ウェンディを見据える。
「……なにっ!?」
ウェンディの姿が消えた。瞬間――
「うおっ!?」
真横から強烈な香水の匂い感じ、刀を横へ水平に構えて振り下ろしを防ぐ。
早い。いや、なにか変だ。これは……
「まさかっ!? イーアル! 気をつけろ!」
「えっ?」
天井から薔薇の香り。
だが、俺と対しているこいつからはオレンジの香りがしていた。
「一人じゃない! こいつらは二人いるんだ!」
「そんなっ!?」
戸惑っているイーアルは完全に態勢を崩している。井からもう一人のウェンディが迫るも、俺は動けない。
――やられるっ。
俺が目を見開いた――そのとき、死体安置所の窓を割って何者かが侵入し、その直後に金属が金属を弾く高い音がカキンと部屋中に響く。
突如として現れた何者かが薔薇の香りを持つウェンディの一撃を防いだ。長い金髪に白い鎧。俺はまさかと思いながら、その女の顔をうかがった。
「デ、デニーズ!」
それは洞窟にいるはずのデニーズであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます