第22話 ガストの推理

「どうしてあなたがここに……?」

「騎士団にも、私を担いでくれる連中が何人かいてね。君らが妙な動きをしていると教えに来てくれて、こうしてわざわざやってきたわけさ」

「犯人というのは……」

「それはそこの名探偵君に聞けばいいさ」


 イーアルの首がこちらを向く。


 しかしこれは予想外だ。まさか自分から名乗り出てくるとは。恐らく、なにかを企んでいるのだろう。


 それがなにかを考えつつ、俺は口を開く。


「俺がお屋敷にうかがって寝室に案内されたとき、違和感に気付きました」

「違和感……ですか?」

「はい。あなたも訪れたなら、あの寝室はなにか変だと思いませんでしたか?」

「言われてみればなにか変なような気がしなくもなかったですけど……」


 イーアルはうーんと首を傾げる。


「部屋が荒れていなかったんですよ」

「それは犯人と前王妃様が争ったという前提ですか? けど、前王妃様は剣の心得も無いご婦人ですので、部屋を荒すほど暗殺者と争うのは無理ではないかと」

「そうじゃありません。犯人が逃げるときに割って行ったと思われるあの窓。犯行が行われたとされる時刻にはまだひどい嵐が吹き荒れていたんですよ。あんなに大きい窓が割れていたら、雨風が入って部屋が荒れるでしょう」

「あ……た、確かに」

「なのに部屋は綺麗だった。枕元に置いてある花瓶すら倒れていなかった。これはつまり、犯行があったのち、外部の者の仕業に見せかけるため、誰かが割った。屋敷の誰かが」


 俺はトランの顔を見る。


「たいした推理だ。けど、それだけでは私だと断定できないな。屋敷にいたメイドかもしれない。女の力でも刃物を使えば人を殺せるし、窓だって割れる」

「前王妃様は寝室に入るとすぐにベッドでお休みになられるんでしたよね?」

「そうだが」

「前王妃様の血はベッドから離れた床の上にありました。メイドが寝室に来たからと言って、ベッドから起きて応対をするでしょうか?」

「事情によっては、そうするかもしれないだろう」

「確かにそうかもしれません。けれど、女の力でこうも強く首を絞めることができるでしょうか?」


 俺は遺体の首を指し示す。


「前王妃様は首を絞められて殺されたんですか? 胸を刺されてではなく」

「そういうことです」

「ではなぜ胸に刺し傷が……。いえ、それよりもメイドが前王妃様の悲鳴を聞いたと言っていました。背後から首を絞めたのなら、絞められるまで犯人の殺意には気付かないでしょうし、首を絞められた状態では悲鳴を上げられないのでは?」

「悲鳴なんか上げていなかったとしたら?」

「えっ?」

「メイドは嘘をついたんです。トラン様を庇うために」


 メイドは雇われの身だ。主を庇う可能性は十分にある。


 しかしトランは俺の言葉を鼻で笑う。


「それだとやはりメイドの犯行の可能性も出てくるんじゃないか? 力の強い女もいる」

「いいえ。メイドではこの刺し傷の理由に納得ができないんです」

「あ、そうです。なんで胸に刺し傷があるんですか?

「犯行を偽装するためです。暗殺者ならば刃物で殺すのが常套ですからね。絞殺だと、近しい者の犯行だと疑われるかもしれません。だから絞殺したのち、床に仰向けて左胸に剣を突き立て、首に化粧を施して死因を偽装したんですよ」


 床についていた血痕の中心にあった小さな傷は、刃物で左胸を貫いたときのものだ。


「使われた刃物は幅の広いものです。偽装するためにそんなものをわざわざ用意する理由はありません。普段、身につけてでもいない限り」


 俺はトランの腰に下がっている幅広の剣を指差す。


「使った刃物はそれですね」

「……ふっ、たいしたものじゃないか」


 トランはパチパチと手を叩く。

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