第21話 遺体を調べる

 次にやってきたのはふたたび騎士団の部屋だ。

 今朝と同じくイーアルを呼び出す。


「またあなたですか。なんど来てもわたしの考えは変わりませんよ」

「それは本当にイーアルさんの考えなんですか?」

「えっ?」


 俺は真剣な眼差しでイーアルを見つめた。


「国のために姉が死刑になってもいいなんて、本気で考えているんですか?」

「それは……」

「姉妹が王族殺しで死刑になんてなったら、家名にだって傷がつきますよ」

「わかってます。けど……」

「命令だからしかたなく、ですか」

「そうです。国が滅べば、家名どころじゃなくなるんです」

「じゃあデニーズが国王様の放った刺客だとトラン様派の連中が言ってきたらどうするんですか? そうでないという明確な証拠は出せるんですか?」

「だからそれは姉が殺人狂だからと……」

「殺人狂でも、デニーズは獣じゃありません。誰かの指示で行動することはできる。殺人狂だから殺したなんて説明しても、納得させることはできませんよ」


 イーアルは黙り込む。

 返す言葉が無いと言った感じだ。


「……じゃあ、どうしたらいいんですか?」


 口を開いたイーアルは訴えるような視線で見上げてくる。


「協力していただければ、うまく治めることができるかもしれません」

「ど、どうすれば?」


 俺はイーアルの耳に口を寄せる。


「前王妃様の検死をさせてもらいたいのです」

「そ、そんな不敬なことをっ!」

「しっ、家名とデニーズ、ひいてはお国のためです。お願いします」

「……」


 イーアルはしばらくのあいだ沈黙し、やがて意を決したような表情で顔を上げる。


「……わかりました。気は進みませんが、ご協力しましょう」

「ありがとう」


 しかし検死したところでなにか見つかるかどうか……。


 ある程度、犯人に当たりはついているが、確信を持てるほどではなく、死体からなにか発見できることを俺は期待していた。



 夜になり、教会へ来た俺とイーアルは騎士団の権限で、前王妃の遺体が安置されている死体安置所へと通される。

 王族の死体が安置されている場所なのでもちろん個室であり、置いてある棺も豪奢なものだ。明かりは一枚の窓から伸びる月光のみで、薄暗かった。


 さっそく棺の蓋を持ち上げ、ゆっくりと取り除いて壁へ立てかける。


「あまり荒さないでくださいよ。許可無く検死なんて、ばれたら確実に死刑ですからね」

「わかっていますよ」


 火の灯るロウソクを近づけ、俺は前王妃の死体を見る。

 まず刺されたという胸だ。着ている服をはだけさせ、胸の刺し傷を露出する。


「これは……」


 見てすぐに傷の違和感に気付く。


「なにかわかりますか?」

「ああ。この傷、変じゃないですか?」


 縦に入った刺し傷。長さは七か八センチくらいか。


「なにがですか?」

「胸には肋骨があります。こんな太い刃物を縦に突いて心臓まで貫くにはかなり力が必要でしょう」

「あ、確かに。じゃあ犯人はかなりの大男でしょうか?」

「それはどうかまだわかりませんけど、一流ではなさそうですね」

「どうしてです?」

「一流なら肋骨を避けて刃物を水平に差し込むはずですからね。こんなのは素人ですよ」


 言いながら、俺は前王妃の死体を裏返して背中を見る。

 刺し貫かれていれば、胸にあるのと同じ大きさの傷があるはずなのに、背中にそれは無い。あったのは数ミリの小さな傷だけであった。


「……なるほど。やっぱりそういうことか」

「どういうことですか?」

「いえ……」


 首を傾げるイーアルを前に、俺は考える。


 前王妃がどういう風に刃物で胸を刺されたかはわかった。だが俺が当たりをつけている人間が犯人だとすれば、わざわざそんな乱暴な方法を選択せず、もっと穏やかな方法でも殺せたはず。悲鳴など上げさせないやり方もできたろう。例えば首を絞めたりとか……。


「まさか……」


 前王妃の首に注目する。特に妙なところは見当たらない。しかし俺は入念に調べ、もしやと思い首を強めに擦ってみた。


「これは……」

「なんです? あ……」


 首には化粧が濃く塗られており、それを剥がすと赤黒い跡が現れた。


 手の跡だ。

 背後から首を両手で覆って強く締めたような跡が、生々しく残っていた。


「こ、これはなんですか? なんでうしろから首を絞めたみたいな跡が……」


 俺はそれに答えず、頭の中にある点と点を繋ぎ合わせて、求める解を導き出していた。


「ガストさん?」

「犯人がわかりました」

「えっ? ほ、本当ですか?」

「ええ。けど、動機がわからないんです」

「それは犯人を捕まえてから問い詰めて聞き出しましょう。それで、犯人は?」

「はい。犯人は……」

「――私だよ」


 足音を立て、何者かが死体安置所へ入ってくる。

 その者の姿を見止め、俺は目を見開く。


「あなたは……トラン様!」


 イーアルが驚きの声を上げる。

 国王の弟、トラン。前王妃の息子でもあるその人物が目の前に現れたのだ。

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