第20話 真犯人は誰か

 そして町へ戻り、その足で前王妃邸へと向かう。


 真犯人を捜すにはまず現場を見なければ。


 眠気に目を擦って走り、俺は前王妃の邸宅までやってくる。

 正直に理由を言うわけにはいかない。嘘を言って中へ入る必要があった。


「あのーすいません」


 門の内側に立っているメイドへ声をかける。


「はい。どちら様でしょうか?」

「わたしは騎士団のイーアルさんに雇われた傭兵で、ガストと申します」

「騎士団の? どのようなご用件で?」

「はい。事件現場で見落としがあったとかで、確認を依頼されまして」

「傭兵の方にですか?」

「城の方々は容疑者の捜索に出払ってるそうですからね。人手が足りないのでしょう」

「……そうですか。わかりました。少々、お待ちを」


 メイドは屋敷のほうへ歩いて行く。

 十分ほどで戻ってくると、門を開けた。


「トラン様より許可をいただきましたので、どうぞお通りください」

「どうもありがとう」


 礼を言って俺は屋敷へと向かった。


 屋敷の前にはまた別のメイドが立っていて、彼女によって事件現場へ案内される。

 階段を上り、二階にある部屋へ行く。


 事件現場は前王妃の寝室だ。

 現場保存をしてあるのか掃除はしておらず、床に血のあとがあった。犯人が逃げるときに割ったのだろうか、ベッド脇の大きな窓は無残に割られており、枕もとに置いてある花瓶の花が風で寂しく揺れていた。


「あの窓は犯人が割ったのですか?」


 俺はメイドに訊ねる。


「はあ。恐らくそうではないかと思いますけど……」

「ふむ。寝室で事件が起きたということは、殺されたのは夜ですか?」

「はい。お休みになられた奥様の悲鳴が聞こえたので驚いて……」

「駆けつけた? もしかして第一発見者はあなたですか?」

「そうです」

「犯人の姿は見ましたか?」

「いいえ。わたしが見たのは胸を刺されて倒れている奥様だけで……あの、今までの質問は騎士団の方にもお話したのですが……」

「ああ、すいません。念のために事件の詳細も確認してくるように言われてまして。あ、あと事件当日には来客があったそうですが、その人が帰るところには立ち会いましたか?」

「金髪の女性が来客していたのは知っていましたけど、いつお帰りになったかは……」

「わからないと。他に来客は?」

「ありません。その日の来客は金髪のあの方だけです」

「前王妃様は間違い無く、寝室でお休みになられてましたか?」

「はい。奥様は寝室に入られると、そのまますぐに就寝される方でしたので恐らくは」

「ふむ……」


 だとすれば少し妙だ。


 俺は屈み、床の血をじっと眺めた。


「うん?」


 床に小さくて細い傷がついている。

 それが血の跡の中心にあったので違和感があった。


「聞こえたのは悲鳴だけですか? 争うような声とかは?」

「いえ、そういうのは聞こえなかったと思います」

「争うような声は無く、悲鳴だけですか」

「はい」

「事件当日、屋敷には誰がいましたか?」

「トラン様に前王妃様。昼はメイドが十人ほどいましたけど、夜勤はわたしのみでした」

「そうですか」


 俺は部屋を見回す。


 なにか変だ。


 俺はこの部屋がどうもおかしいような気がしてならなかった。


「――確認というのはまだ終わらないのか?」

「えっ?」


 男の声を聞いて振り向くと、扉のところに誰か立っているのが見えた。


「あ、トラン様」


 メイドがその男に向かって深くお辞儀をする。


 どうやら、この男が国王の弟で屋敷の主であるトラン様のようだ。


「これはどうも初めまして。わたしは騎士団のイーアル様より依頼を受けた傭兵の……」

「傭兵の名などどうでもいい。騎士団の依頼ということで特別に入ることを許したが、本来ならば傭兵などがいていい場所ではないのだ。早々に仕事を終えてとっとと帰れ」

「大変失礼を致しました。確認は終わりましたのでこれで失礼をさせていただきます」

「ならばすぐに失せろ」

「はい。おや……」


 俺はトランの左腰に下がった剣に注目した。

 幅の大きい剣だ。西洋の剣には詳しくないので名称はわからないが、デニーズの長剣よりも横に太く、種類の違うものに思えた。


「トラン様は剣術をおやりになるのですか?」

「王族に生まれた男の嗜みだ。そんなことはどうでもいいから早く帰れ」


 俺は追い出されるように、屋敷から出て行った。

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