第3話 新たな国へ

 それから俺は三日ほど歩いて、別の国へ来ていた。


 ファウドから西の隣国、レスティアント王国だ。大陸の出っ張りのような場所に領土を持ち、西側はほとんど海、東側の国境線から先はファウドの領土に阻まれているというやや小さめな国である。


 俺は傭兵団に入るのではなく、傭兵団を作ることにした。ならばよそ者に厳しいファウドで作るよりも、別の国へ行ったほうがいいと考えてこの国へ来たのだが。


「ここはどうかな」


 不安を抱えながら、俺はレスティアント王国王都、ゲッティへと入って行った。


「へぇ、立派なもんだな」


 明るい太陽の下、遠くの小高い丘に西洋の城が見える。ファウドにあった城ほどではないにしても、綺麗で立派な城であると思った。


「我が祖国の将軍様が住まう城もすごいが、西洋の城もさすがだな」


 あそこにこの国の王が住んでいるのか。傭兵団を作り上げ、なにかしらの活躍をすれば会うこともあるかもしれない。いや、今はそんなことよりも……。


「腹が減った……」


 腹がぐーぐー鳴る。


 それもそうだ。船で食事をして以降ここへ来るまで、水しか口に入れていない。腹が減って当然だ。


「武士は食わねど高楊枝……とは言っても食わねば死んでしまう」


 しかし文無しだ。まずは仕事をして日銭を稼がねばなるまい。


 傭兵団を作ることより、まずはそっちが先決だ。


 もう三日以上なにも食べていない。

 もはや傭兵以外で稼ぐ気はないなどと言っていられる状態ではないので、なんでもいいからとにかく金をもらえる仕事がほしかった。


 仕事を斡旋してくれる施設とかあるんだろうか? わからない。


「誰かに聞いてみるか」


 また怪訝な目で見られて無視されたりしないか。ともかく目の前を歩くおばあさんを呼び止め、聞いてみる。


「仕事? あんた……なんだい? 変な格好してるねぇ」

「東の国から来たんです。傭兵をしに。だから仕事がほしくて」

「そうかい。だったら酒場に行くといい。丁度、散歩道だから連れて行ってあげるよ」


 ファウドと違い、よそ者を敬遠したりはしない。

 このおばあさんが特別なだけかもしれないが、異国へ来て初めて親切にされたのでなんだか嬉しかった。


 そして俺はおばあさんの案内で酒場へとやってきた。


 おばあさんに礼を言って、俺は酒場へと足を踏み入れる。


 ここが西洋の酒飲み場か。当たり前だが、祖国の飲み屋とは作りが違う。ただ、雰囲気は似ていた。


 客の数は少ない。まだ昼間だからそれは当然か。

 しかし、こんなところで仕事にありつけるんだろうか?


「あなた見ない顔だね。旅人かい?」

「うん?」


 声をかけられそっちを向くと、若く綺麗な女が立っていた。


「ええはい、東の国から傭兵をしに来ました。あなたは……」

「あたしはこの店の店主。名前はサラダだよ」

「サラダさんですか。俺はガストと言います」

「ガストさんね。うん、覚えた。えと、傭兵ってことは仕事を探しにここへ来たの?」

「はい。あの、この国って傭兵団に所属してなくても傭兵の仕事はできるんですか?」

「できるよ。ああ、あなたファウドを通って来たんだね。あそこは特殊だから。異国の人にも冷たいし、大変だったんじゃない?」

「ええまあ……」


 どうやらよそ者がもっとも近づいてはいけない国に、俺は最初に行ってしまったようだ。しかし世界一の大国と言われるファウドがそういう国だとは少し悲しかった。


「ここは異国の人でも労働者は大歓迎だからね。傭兵の仕事はたくさんあるよ」

「はい。でも、腹が減ってるんで、お金がもらえれば傭兵の仕事じゃなくてもいいです。とりあえず簡単な仕事かなにかできれば……」

「じゃああそこの掲示板から探しなよ。傭兵向けの荒事解決とか、子供のお小遣い稼ぎ程度の軽い仕事とかいろいろ張ってあるから」


 サラダが指差す方向に顔を向ける。

 そこには大量の紙が張ってある掲示板があった。


 俺はそこへ行き、全体を眺める。


「へーいろんな仕事があるんだな」


 犬の散歩にベビーシッター。傭兵向けには盗賊退治や野犬の討伐か。魔人退治なんてものもあるぞ。……なんだ魔人って?

 まあいいか。報酬が多いのは盗賊退治だな。けど、空腹状態でやるにはちときつい。野犬も同様だ。


 もっと軽めの仕事はないか。


 俺は首を巡らし、適当な仕事を探した。


「ん? これは……」


 仕事ではない。○○傭兵団、団員募集という張り紙を見つける。


「ここで傭兵団の団員募集をしてもいいんですか?」

「構わないよ」


 なるほど。ならば俺も募集の紙を張らせてもらうか。

 羊皮紙という紙を一枚もらい、羽根つきのペンを借りて近くのテーブルに座る。


「えーと、まずは傭兵団の名前だな。なににしようか……。ここは西洋だし、やはり西洋風がいいな。うーん……あ、スカイアーク傭兵団にしよう。意味はわからないけど、西洋風でかっこいい感じがするぞ。えっと、スカイアーク傭兵団、団員募集、と」

「自分の名前も書いておいてね」

「名前ね。ガスト、と」


 このガストという名前は西洋かぶれだったじいさんがつけてくれた名だ。子供のころは変な名前といじめられもしたが、西洋に来た今となってはこの名前でよかったと思う。


「これでいいかな?」

「応募の条件とかも書いておいたほうがいいんじゃない?」


 応募の条件か。

 しかし俺はさっきこの国へやってきた新参者だ。この国にどんな傭兵がいるのかは知らないので、条件は設けず、とにかくいろんな傭兵を見てみたかった。


「誰でも可、入団希望の人は夜にここへ来てください、当方は腰に刀を差しているので、みかけたらそちらから声をかけてください、と」

「いいの? すごいの来ちゃうかもよ」

「すごいの大歓迎ですよ。俺はこの国で一番の傭兵団を作るつもりなんですからね」

「そういう意味でのすごいじゃないんだけど……」

「?」


 じゃあどういう意味でのすごいだ?


「異国人に寛容だからこの国はほんと、いろんな人がいるんだよね」

「ははっ、それは楽しみですね」


 俺は書きあがった募集の張り紙を掲示板に張りつけ、そのあと庭の草むしりという軽そうな仕事の紙を取って酒場を出た。


 そして夕方となる。


「はあ……まさかあんなでかい家の草むしりだったとは」


 軽い気持ちで行ったら、むちゃくちゃ広い庭の草むしりをさせられた。そのかわり給金はよかったが、腰は痛いしでへとへとである。あととにかく空腹がひどい。


「とりあえずなにか食わないと」


 ふらふら歩き、気付けば昼間来た酒場の前を歩いていた。


 これから食堂を探す気力もないし、ここで食わしてもらうかと俺は店に入る。

 昼間に来たときと違い、客が多く盛況だ。テーブル席には空きがない。

 カウンターに席を見つけた俺は、そこに座って酒場の女主人に料理を注文した。


「あ、そういえばさっきね、ガストさんの張った募集の張り紙を見てる人がいたよ」

「本当ですか?」


 さっそくか。


 俺は胸が高鳴りわくわくした。


「ど、どんな人でしたか?」

「えっと、髪は金髪で白い鎧を着た女の人だけど……」

「女性ですか」


 傭兵と言えばだいたいは男であるので、女性と聞いて少し意外に思った。


「うん。本当についさっきだからまだ店にいるんじゃないかな」

「そうですか。じゃあ見かけたらこっちから声をかけてみますよ」


 夜にここへと書いたので、興味があればそのうち姿を現すだろう。


「でもあれはやめといたほうがいいと思うよ」

「なぜです? ああ、女性だからですか? 実力があれば男女問いませんよ」


 単純な腕力ならば男性が上かもしれないが、武器を持った傭兵ならば精強な女性もいるはず。実際、バーガング傭兵団の副団長にも女性がいた。


「いや、そういうことじゃなくて……あ」

「えっ?」


 サラダは俺でなく、その背後を凝視していた。

 なんだろう? 振り返ろうとした俺の肩を、うしろから誰かが掴んだ。


「ねえ君、人殺しに興味ある?」

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