第32話 団長の重責
それから一時間ほどして部屋に戻ってくる。
結局、三回もしてしまった。
終わったあと、サキュバスと三回も連続でしたら普通は死ぬと聞いてゾッとしたが、まあそれはともかくスッキリしたので今夜はよく眠れそうだ。
「ん?」
部屋の扉を開けて中へ入る。と、真っ暗な中に誰かの気配があった。敵意は感じない。傭兵団の誰かだろうとは思った。
「誰かいるのか?」
テーブルに置いてあるロウソクに火をつけながら俺は声をかける。
「あ……」
反応する声が聞こえ、ベッドの上に人の姿を見つける。パジャマ姿のその人物は枕を抱えて、寂しそうな様子で座っていた。
「デニーズ」
声をかけても答えない。
なにかあったのだろうか?
俺は隣に座って彼女の表情をうかがう。
「どうした? 眠れないのか?」
デニーズは首を横に振る。
「じゃあどうした?」
「……」
本当にどうしたのか?
トマトもかじってないし、いつもと少し雰囲気が違った。
「……あの女のところへ行ってたの?」
「あの女? ああ、ゼリアのことか。ちょっと話をしにな」
「嘘。エッチなことしてきたんでしょ」
「いや、そんなことは……その、あんまり」
「不潔」
軽蔑するような眼差しをデニーズは向けてくる。
「人を殺すときにイクイク言ってる奴に言われたくないわ」
「それはそれ。これはこれ。ガストはスケベ」
「いいだろ別に。大人なんだから」
「ダメ」
「なんだよ。そんなこと言うためにわざわざ待ってたのか?」
「そうじゃないけど……」
デニーズは俯く。
「もしかしたらもうすぐ戦争が始まるかもしれないし、ガストといろいろ話をしておこうと思って。二度とできなくなったら嫌だし」
「? 戦争が始まっても話はできるだろ」
「死んだらできないよ」
「俺は死なないさ。たぶんな」
「ガストじゃなくてわたしが」
「お前が? なんだずいぶん弱気じゃないか。らしくないぞ」
「……うん。あの女に負けてちょっと弱気になってるかも」
ゼリアに一瞬で負けたことを気にしていたのか。
平気な様子だったのでフォローもなにもしなかったが、これは団長としての落ち度だったと俺は反省する。
「わたしって今まで一度も戦いで負けたことなかったから、かなりショックで……。あんなのが敵側にもいたら殺されちゃうんじゃないかなって考えるようになったの」
「まあ、あいつはかなり高位の魔人らしいからなぁ。そうそういないと思うけど」
「でもいるかもしれないじゃん」
「そりゃまあね」
「だからっておとなしく殺される気はないよ。負けそうになったら全力で逃げるしね。それでも死んじゃったときのために、いまガストと話をしておきたいの」
「話って、なにをだ?」
「そうだね。例えばガストはなんでこの国へ来て傭兵団を作ろうと思ったの、とか」
「ああ」
そういえばそういう話を誰かにしたことはなかったか。
「傭兵団を作ろうと思ったのはこっちへ来てからだよ。最初はひとりで傭兵をやって名を上げようと思ってたんだけど、ひとりの力なんてたかが知れていることをファウドで学んでね。強い傭兵団を従えたくなったってわけ」
「ふーん。でも傭兵団はまだ五人しかいないね」
「ま、まあな。そのうち増えるだろ」
「戦争で活躍すれば増えるかな?」
「五人じゃたいしたことはできないだろうし、期待はしてないよ。今回は全員が無事に終わってくれればそれでいいと思ってる」
戦いを生業とする傭兵団を統率する団長として、こういう考えが甘いとはわかってる。ただ、やっぱり仲間の死が怖かった。
今日の魔人討伐では、下手をすれば誰か死んでいたかもしれない。討伐依頼を受ける決断をしたのは俺だ。俺の判断ミスで死人が出ていた可能性があると思うと、ゾッとした。組織を率いる責任の重大さを甘くみていたことを俺は今日のことで痛感したのだ。
今までひとりであぶない仕事をなんどもやってきたので、自分が死ぬのは覚悟してるし今さら怖いとも思わない。しかし仲間を持ったことがないせいか、団員の死が怖い。組織を作るのは容易でも、率いるのは簡単じゃない。命を預かっている事実を今日の出来事で体感し、俺は恐怖を感じていた。
「どうしたのガスト? ちょっと震えてるよ」
「えっ?」
言われて気付く。俺は少し震えていた。
そんな俺を見てなにを思ったか、デニーズが俺の頭を自分の胸へと抱き寄せる。大きな胸の感触が俺の頭を柔らかく包んだ。
「お、おい……」
「大丈夫。ガストはわたしが守ってあげるから」
「お前は強いけど、俺だって守られるほど弱くはないぞ」
「じゃあ、ガストはわたしを守ってね。……ずっと」
最後になにか言ったみたいだが、声が小さすぎてよく聞こえなかった。
「暖かいな……。気持ち良い」
いつの間にだろうか。俺はあまりの心地良さに眠っていた。
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