第31話 サキュバスと共に過ごす一夜
その日の深夜。俺はゼリアの部屋を訪れていた。
「おお、ガスト。ちょうどわしのほうから夜這いに行こうと思っていたところだったんじゃ。ささ、こっちへ来てベッドに入れ。朝までしっぽりと楽しもうぞ」
「いや、そんなことをしに来たわけじゃなくて、聞きたいことがあって来たんだ」
「聞きたいこと? なーんじゃつまらんのう」
裸のゼリアがひょこっとベッドから出てくる。
「服を着ろ服を」
「サキュバスのわしは裸が正装なんじゃ」
イスに座る俺の膝にゼリアが正面から跨ってくる。
鼻腔を撫でるような甘い体臭に、一瞬だが頭がクラリと陶酔してしまう。普通の子供ならばこんな媚薬みたいな芳香は放たないので妙な気分だった。
「こら離れろ」
「よいではないか。これでも話はできるじゃろう」
「う、うん。まあそうだけど……」
デニーズに見られたらまた首を絞められるかも。それがちょっと怖かった。
あんなんでも乙女なところがあって、不純異性交遊には厳しいようなので。
「して、聞きたいこととはなんじゃ?」
ゼリアは俺にギュッと抱きついてから問うてきた。
「初めて会ったときにお前が言っていた、俺の中にいる別の生き物のことだ」
「ああ」
冷めた声でゼリアは呟く。
「俺は五年前に鬼と呼ばれる魔人を倒した。そいつがもしかしたらと思ってな」
「ふむ。確かに、お前と繋がったあのとき、わしはお前の中にかつての主であるズガイア・グーの力を感じた。しかしこれはどういうことじゃ? なぜお前の中に奴を感じる?」
「ズガイア・グー。それが奴の名か」
俺は着物をはだけ、左胸の傷をさらす。
「俺の中に奴を感じるのは、ここに奴の心臓が入っているからだろう」
「な、なんじゃと? それはどういうことなんじゃ?」
ゼリアはこちらを見上げて目を見開く。
「俺はあのとき、奴の身体を頭から股まで真っ二つに斬った。それでも死んでいなかった奴は、斬られた右半身の腕を伸ばして、俺の心臓を抉り取ったんだ。そして……」
「ズガイア・グーは自分の心臓をそなたの左胸に押し込んだというのか?」
俺は首肯する。
「なるほど。わしがこの地に引かれた理由に合点がいったぞ」
「どういうことだ?」
「うむ。わしは奴の従者だったのじゃが、あれは恐ろしいまでの絶倫でな。あの男がいなくなって新たな絶倫男を求めて旅に出たところ、この地へ行き着いたのじゃ。無意識じゃったが、きっとそなたの中にいるあやつを追ったんじゃろうな」
「俺が絶倫なのはあの鬼のせいか」
「そういうことじゃ」
長年の疑問がひとつ解けてそれはよかった。
「ズガイア・グー、か」
俺は左胸に手を当てる。
ステイキによれば確か十三魔王とかいう強力な魔人のひとりだったか。あれは確かに強かったが、そこまでの怪物だったとは今さらだが恐れ入った。
「しかしそなた、よくあれを倒すことができたな。全力のわしでも敵わぬのに」
「それにはまあ、理由があるんだ」
俺は腰の刀を鞘ごと手に持つ。
「あいつが住み着いていた古寺に向かう途中で変な坊さんに会ってな。これを渡された」
「特別な刀なのか?」
「鬼に捕らわれた魂を解放する刀だよ」
「なるほど。鬼族は自らの手で殺した人間の魂を体内に閉じ込めることによって力を増すからの。そんな刀は天敵じゃろう」
ゼリアは納得したように小さく頷く。
「しかし鬼の本体は頭ともうひとつ、それが心臓じゃ。肉体と頭を破壊されたあやつは、心臓をそなたに埋め込んで復活を目論んでおるのじゃろう。新たな頭と肉体として、そなたの身体を復活の糧にする気でいるのじゃ」
「それはこの刀をくれた坊さんにも聞いた。俺が人を殺せばその魂を力に変えることができる。ただし、殺しすぎれば鬼に身体を乗っ取られると」
「そうじゃ。そうなりたくなかったら、あまり人は殺さんことじゃな」
「いいのか? 俺が人を殺さなきゃ主は復活できないぞ」
「構わん。あやつは絶倫じゃが、セックスが乱暴で嫌いじゃった。そなたのほうが好きじゃ。やさしくしてくれるからの」
小さな手で胸をくすぐるように撫でられ、身体がぶるりと震える。
「のう、わしを助けると思って一回だけしてくれんか? このままではムラムラして眠れそうにないんじゃ」
「うん? うん。……じゃあ一回だけだぞ」
「おう。それじゃあベッドに入ろうのう。ガスト……」
唇を吸われる。蜜のように甘い体液が喉を通った。
「……はふ。実はキスをするは初めてと言ったらどうする?」
「からかうなよ」
「どうかの」
悪戯っぽく笑うゼリアを抱き上げ、俺は彼女と共にベッドへ入った。
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