第9話 夫人の怒りに慄くステイキちゃん
広い玄関で出迎えた夫人に今回の真相を話す。話を終えると夫人はニッコリと微笑み、俺たちの背後で震えていた息子、ステイキに視線を移した。
「ステイキちゃん、ちょっとこっちに来なさい」
「は、はいママン……」
おずおずとステイキは夫人の前へ進み出る。夫人は笑顔を崩さない。
「無事でよかったわステイキちゃん。心配したんですよ」
「ママン……」
「でも……」
突如、ふくよかだった夫人の肉体が筋骨粒々に引き締まる。
「えっ!?」
「こんなことしちゃダメでしょう!」
「ごふぁあっ!」
筋肉の塊と化した夫人の腕が振り上がり、ステイキの頬に平手打ちをした。ステイキの巨体は吹っ飛び、壁に激突する。
「まったくあなたは二十六にもなって子供みたいなことをして! 今日はもう許しませんよ! おしりを出しなさい!」
「ひえーっ! ママン許してほしいでござるーっ!」
夫人は逃げようとするステイキを捕まえ、尻を叩き始める。自分より年上の男が母親に尻を叩かれる光景にはなんとも言えず、ちょっと引く。
筋肉の怪物となり息子の尻を叩くその一撃は凄まじく、轟音と共に屋敷が揺れた。
太い肉体がなぜああなったのか?
俺は涼しい表情をしているデニーズの横顔を見た。
「巨人族は普段、太ってるけど、戦いになれば脂肪を筋肉に変えることができるの」
「へえ」
「稀に筋肉をさらに硬質化させて金属並みに硬くできる巨人族もいるみたいだけど、それは本当に稀で、滅多にいないみたいよ。誰かぶっ殺したくなってきた」
「教えてくれてありがとう。君、人になにか教えると人を殺したくなっちゃうの?」
しかし世の中にはいろんな不思議があるものだ。
魔人だったか。かつて出会ったあれもきっと魔人というものだったのだろう。俺から人斬りを奪ったあの怪物も……。
「マ、ママン……もう十分に反省したから勘弁してほしいでござる……。このままではお尻が割れてしまうでござるからに……」
「お尻は最初から割れているでしょう!」
「ぎゃひーんっ!」
もう何発も尻を叩かれ、ステイキはグッタリしていた。
やがて夫人は丸い肉体へと身体を戻し、息子を解放する。ステイキは尻を突き上げたまま、うつ伏せに倒れて動かなかった。
「うちの息子がご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんでした」
「あ、いえ……」
「これはお約束の報酬です。お受け取りくださいませ」
皮袋に入った報酬を受け取る。
予想していた結果とはだいぶ違ったが、依頼された仕事はこれにて終了だ。もらった報酬はデニーズと分け、残りが俺の金になるわけだが、傭兵団の拠点をかまえるにはまだまだ足りない。拠点を構えるのは当分、先になるだろう。
「あと、ひとつお願いがあるのですが」
「はい。なんでしょう?」
また別の依頼か。俺はそう思ったが。
「うちのステイキちゃんをガスト様の傭兵団で預かっていただけないでしょうか?」
「はい?」
「ちょっ!? ママン! それはどういうことでござるか!?」
「あなたは黙ってなさい」
「は、はいでござる」
一瞥されたステイキが押し黙る。
「えっと、あの、預かるってそれはどういうことでしょう?」
「ガスト様の傭兵団で雇っていただきたいと」
「息子さんを、ですか? なぜ?」
「お察しかもしれませんが、このステイキちゃんはとうに二十歳を過ぎているというのに働きもせず、うちで毎日ゴロゴロしているどうしょうもないダメ息子です。家の恥です」
「ママン言い過ぎ!」
「黙りなさい」
「あい……」
「巨人族なら子供でもできる脂肪の筋肉化もこの子はできません。主人には見限られており、このままでは本当に我が家の恥として後世に残ってしまいます。そうならないために、この子を家から外に出して鍛えたいと、以前から考えていたのです。ガスト様、これも何かの縁でございます。どうか不肖の息子を鍛えてやってくださらないでしょうか?」
「いや、でも……」
こんな役立たずそうなデブいらない。……なんて親に言うのは憚られる。しかしただでさえ、一人目にやばい女を入れてしまってるんだ。二人目は平凡な奴がいい。変なしゃべりかたのマザコンデブなんか嫌だ。
なんとかうまいこと言って断ろう。入れるという選択肢は無い。
「もちろん、ただでとは言いませんわ」
「えっ?」
奥の部屋から大きな袋を抱えた、最初に会った門番のおっさんが歩いてくる。その袋を、俺と夫人のあいだへドスンと置いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます