第28話 デニーズVSサキュバス

「お前がサキュバスか?」


 臆することなく俺は訊ねた。


「いかにも。歓迎するぞ三人目」

「三人目?」

「うむ。背の高い男、ふとった男、そしてそなたじゃ」

「ふとった男……まさか」


 女の傍らで誰かがうつ伏せで倒れている。弱々しい動きで顔をあげたその男は、しぼられたように痩せ細っているが、ステイキで間違いなかった。


「あうう……ママン、ごめんなさいでござる」

「ステイキ!」


 力無くガクリと突っ伏すも、呻いていることに安堵する。

 死んではいないみたいだ。


「くっ、いつの間にステイキを!?」

「わしは高位の魔人じゃぞ。とろい奴ひとりを気取られずにさらうなど造作も無い」


 ペロリと舌なめずりするサキュバスにゾッとする。


 これはかなりの強敵だ。


 放たれるプレッシャーがそれを俺に教えていた。

 俺は鞘つきの刀を構え、攻撃の隙をうかがう。


「無駄なあがきはよせ。おとなしくわしに精気を提供するなら悪いようにはせんよ」

「お断りだね。精気をしぼられて殺されるなんて格好悪いにもほどがある」

「殺しはせん。現に仲間の二人も生きておるじゃろ」


 言われてみればそうだ。

 ……だが、百人の傭兵を殺したのは事実なのだ。恐らく、精気を奪ったのち、用無しになったら殺してしまうのだろう。きっとそうだ。


「さあ、おとなしくわしに精気を寄こせ。極楽を味あわせてやるからの」


 玉座から立ち上がり、じりじりと歩み寄ってくる。武器は持っていない、だが、それが逆に不気味で攻めあぐねてしまう。


 どうするか?


 俺は思考をフル回転させて考えた。


「わたしがやる」


 俺の前へデニーズが進み出る。


「女に用は無い。どけ小娘」

「スケベ魔人はわたしが駆除する」

「駆除じゃと? ふっ、男を知らない顔の小娘が百戦錬磨のわしにかなうものかよ」

「ただの売女が偉そうに」

「ば、売女じゃと! このゼリア様を売女呼ばわりとは……ちょっと傷ついたぞ!」


 売女で傷つくんだ。男らから精気をしぼりまくる魔人なのに。


「殺してやるぞ小娘! わしは女嫌いじゃから女は躊躇無く殺せるぞ!」

「やってみろこの淫売」

「言ったな!」


 剣を構えたデニーズと、拳を固めたサキュバスが同時に動く。サキュバスは完全に無手であり、単純な見方をすれば剣を持ったデニーズが有利。だが……


「があっ!?」


 殴り飛ばされたのはデニーズのほうだった。


「う、うう……こんなこと……」

「跨いだ男の数がサキュバスの強さになるのじゃ。わしは男の精をしぼって三百年は生きておるからの。勝てるわけがなかろう」


 それがどの程度の強さになるのかはわからないが、ともかくあのデニーズを圧倒できるくらいの強さは持っているらしかった。


「さあて、とどめを刺してやろうかの」

「待て!」


 俺は気を失ったデニーズを背にしてサキュバスの前に立ちはだかる。


「そなたでわしに勝てるか?」

「ぐっ……」


 デニーズが手も足も出なかったのだ。普通に戦って勝てるとは思えない。


 俺はかつて鬼と戦ったときのことを思い出す。あのとき、望まず手に入れたあの力を使えなんとかなるだろうが、使用の条件がここにはなかった。


 俺は黙り込み、ただサキュバスを睨み据える。


 完全に判断ミスだ。ここへ来るべきじゃなかった。


 愚かな判断をして団員を危険に晒した自分を俺は卑下する。


「そなたを押さえつけて無理やり精気を奪うのは簡単じゃ。しかしそれではおもしろくないの。少し余興を楽しもうか」

「余興だと?」

「そうじゃ。わしと余興で勝負をするのじゃ。なに、難しいことではない。エッチでわしを腰砕けにできたらそなたとそなたの仲間を無事にここから出してやろう」


 サキュバスはニンマリと笑う。


 それは自分の敗北などあり得ないという余裕の笑みであった。


「やるかやらないかはそなたが決めるがいい。やらなければその女は死に、男どもはわしに精気をしぼられる存在となるだけじゃがな。余興に負けても一緒じゃ」

「……選択肢はない、か」

「そういうわけじゃ。さあこい。三百年のあいだに培った男を極楽へと導く絶技をそなたに味合わせてやる。そしてわしの虜となり、精気を捧げる奴隷となるのじゃ」


 服を脱ぎ捨てて向かい来るサキュバスに、俺も全裸で立ち向かう。

 仲間を守るため。絶対に負けられない戦いが始まる。

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