第39話 囚われのガスト

 ――レスティアント王国軍ホルコヒ基地。

 現在はファウド帝国のバーガング傭兵団によって占拠されてしまったその基地の地下牢に、どうやら俺は捕らわれているようだった。


 予想もしていなかった出来事だ。まさかホルコヒに立ち寄った直後にバーガング傭兵団が町へと攻め込んでくるとは。


 成り行きでレスティアント王国軍に協力して戦ったが、結果はこの通り。数はこちらが有利だったはずなのに、バーガング傭兵団は圧倒的な強さで半日もしないうちにレスティアントの軍を倒して町を制圧してしまった。


 バーガング傭兵団の団長ディアルマは最前線で部下を指揮しつつ、左腕が無いというハンデを感じさせないほどの精強さで多くの兵を倒していた。


 俺は奴に戦いを挑み、手も足も出ずに敗れてここにいる。

 敵でありながら、傭兵団の団長、いや、組織の長とはああであるべきなんだろうと、俺はディアルマに尊敬にも似た思いを抱いていた。

 部下のすべてが奴の命令を聞く。言うことを聞かない者は無い。誰もが彼を信頼し、団長として認めているのが、戦っているこちらにもわかるほどだった。


 俺とは雲泥の差だ。

 仲間であったかもしれないが、俺は団員に団長として認められていなかった。だから誰も俺の命令を聞かない。そもそも信頼がなかったのかも。


「……そうか。信頼か」


 俺はなにか勘違いをしていたんじゃないか。


 統率力を得る方法を知るために旅に出た。しかし、大切なのが仲間からの信頼だとしたら、その仲間と多くの時間を過ごすのがもっとも大切なことだろう。自分にはくせの強い彼らを統率できないから、旅に出てその方法を探るなんてのは逃げの言葉だ。彼らと真っ向からぶつかり、信頼を得ることが重要だったのに、俺はそれに気付かず逃げてしまった。


 愚かだ。今さら気付くなんて。


 冷たい鉄格子を前に、俺は後悔の念に駆られていた。


 なんのためにこうして投獄されているかは知らないが、俺なんかを捕まえておいたってなにかの役に立つとは思えない。

 いずれは殺される。ここから脱出しようにもどうしたらいいのか。刀は取り上げられず手元にあるものの、これでは鉄格子を切れないので脱獄には使えない。


 弱った。このままでは本当に殺される。


 暗い牢獄で蹲りながら、俺は不安に頭を抱えた。


「……ん、ん、そろそろ来るか。そんな気がするぞ。ん、ん」


 そんなところへ軽い足音と共に、鉄格子の外に女の姿が現れる。

 バーガング傭兵団副団長のひとり、ウェンディだ。以前に、他の副団長らと共に痛めつけた俺をファウドの外へ放り出し、レスティアントでは死体安置所でデニーズに負けて追い払われた女である。


 俺は無表情のウェンディを見上げて問う。


「……誰が来るって?」

「ん、ん、あの女だ。ウェンディの腹を斬り、頭を蹴ったあの金髪の女だよ。ん、ん。あいつ殺してやる。ん、ん。ウェンディはウェンディを傷つける奴を許さない。ん、ん」

「来ないよ。俺がここにいるなんて知るはずがないし」

「ん、ん、来るよ。レスティアントに情報を流したから。ん、ん」

「情報?」

「ん、お前がここに捕まっていて、三日以内に殺すという情報だ。ん、ん」

「三日以内に……」


 その情報をデニーズが得ていたとしても、三千人規模の敵軍に占拠された町へたったひとりで俺を助けになんて来ないだろう。

 デニーズだってそこまで馬鹿じゃない。他の連中を連れて来たって四人だ。わざわざ死にに来るようなまねをするはずがない。


 たった三日で王国がホルコヒ奪還の軍を送ってくるとも思えないし、生きてここから出られることはもはや無いのではないかと、俺は戦慄していた。

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