第26話 騎士団からの依頼

 それから一週間後の昼ごろ、イーアルが拠点にやってくる。

 なんの用で来たのかはわからないが、俺はとりあえず彼女を食堂に通してイスに座ってもらい、自分も座った。


「それで、今日はどうしたんだ? デニーズの様子でも見に来たか? だったら悪いが、あいつは今、トマトを買いに行ってていないんだ。すぐ帰って来ると思うけど」

「あ、いいえ違うんです。実はちょっと仕事を持ってきまして」

「仕事?」

「ええ。先日、町でステイキさんに偶然お会いしまして、そのとき団員が集まらなくてガストさんが悩んでいると聞いたので、傭兵団の宣伝に有用なお仕事をお持ちしたんです」

「それはありがたい」


 この一週間、団員を増やすこれと言った方法を思いつけなかったので、これはまったく本当にありがたいとしか言いようがなかった。


「それで、仕事の内容は?」

「はい。魔人退治です」


 魔人退治。

 それを聞いて俺は左胸を押さえた。


「どうかしましたか?」

「いや、なんでもないよ。仕事の詳細を聞かせてくれるかな」」

「あ、はい。えと、一ヶ月ほど前からなんですけど、町の外に建っている放棄された軍事拠点にサキュバスが住み着いたようでして……」

「サキュバスって?」

「あのえと……淫魔のことです」

「インマってなに?」

「あうう……」


 なぜかイーアルは言いよどむ。


 なんだ? なにか言いづらいものなのか?


「――淫魔って言うのは男から精気を搾り取って生きる魔人のことだよ」

「あ、デニーズ。おわっと」


 トマトの入った袋をテーブルに置き、デニーズは俺に寄り添ってくる。


「つまりエッチが大好きな魔人ってこと」

「そ、そうなんだ。てか、そんなくっつくなって」

「いいじゃん」


 俺の胸にデニーズは頬を擦りつけてくる。

 芳しい女の香りがしてドキッとしてしまう。


「姉さん、人前であんまりそういうことするのははしたないですよ」

「そうかな? でもこうしたいからこうする」


 腹に抱きついてくるデニーズの頭を、俺はなんとなしに撫でてみた。


「もう、すいませんガストさん」

「いや、それでその淫魔ってのが放棄された軍事拠点に住み着いてるんだっけ?」

「はい。拠点の近くを通る男性を誘い込んで精気を吸って殺してしまうそうです」

「ふーん。手強いのかな? そのサキュバスって魔人は?」


 こっちは三人なので、なるべくお手柔らかにお願いしたいものだが。


「なんどか傭兵団が退治に向かったみたいなんですが、どこも全滅させられたみたいです。中には百人規模の傭兵団もあったと聞きましたが」

「ひゃ、百人っ!? うちは三人だぞ……」

「あれ? 先ごろどなたか入団されて、四人って聞きましたけど?」

「そいつは勝手に居候してるだけで団員じゃない。出て行ってほしいくらいだよ」

「そうなんですか。それでどうしますか? 仕事を受けるのでしたら、騎士団から正式に依頼をさせていただきまして、達成後には報酬をお支払いいたします。見送るようでしたら、サキュバスの件は騎士団のほうで対応しますので、その辺はご安心を」


 イーアルに問われて俺は考える。


 数年前に、恐らく魔人と呼ばれるものであったろう怪物退治に俺は向かったことがある。千人の猛者を殺したと言われていた怪物だ。巷の人間は古寺に住み着いていたそれを鬼と呼び恐れ、若く血気盛んだった俺はそれを倒して名を上げるつもりだった。

 結論を言えば俺はそれを倒したことになる。しかし自分の力だけではないし、倒しはしたが勝ってはいない。むしろ自分はあのとき殺されたんだとすら思う。

 あれは凶悪で恐ろしい怪物だった。あれと戦ったときのことを思い出すと、やはりこの話は断ったほうがいいと思う。サキュバスなる魔人があの怪物と同程度の強さを持っているのかはわからないが、百人の傭兵を倒すほどのやつに三人で挑むのはあまりに無謀だ。


 やはり断ろう。変な奴ばかりだが、大切な仲間には変わりない。たかが宣伝のために命を落とさせるわけにはいかなかった。


「良い話を持って来てもらって申し訳ないんだけど……」

「その仕事、受けようじゃあないか!」

「はあ!?」


 食堂に現れた丞山が断りの言葉を遮って、勝手に承諾の声を上げる。


「美しい女性がこんな下等傭兵団を気遣ってわざわざ仕事を持って来てくれたのだ。断るなんて選択肢はありえない。女性の厚意は紳士にありがたく受けるのが男というものだ」

「本当は?」

「サキュバスと言えば絶世の美女で床上手と聞く! 一度でいいからお相手してもらいたーいのだ! って、なにを言わせるんだ! また恥をかかせやがって!」

「お相手してもらったら精気を搾り取られて死ぬぞ」

「ふっ、俺が絶倫なのは知っているだろう」

「知らんがな」

「むしろサキュバスを魅了して、俺様の愛人にしてやるぜ! はっはっは!」


 だらしない顔で大笑う丞山。


 まったく頭ピンク男である。


「あの、それで仕事のほうはどうしますか? そちらの人が言った通りでいいですか?」

「あ、いや、こいつは無関係なんで、仕事のほうは……」

「受ける」

「デニーズ!?」


 俺の胸に頬ずりして猫のようにゴロゴロしていたデニーズが、不意に発言した。


「スケベ魔人なんてわたしが倒してあげるよ」

「でもなぁ、いくらお前が強くても、相手は百人の傭兵を倒すほどだし」

「わたしは千人力」


 自信たっぷりである。


「まあ、わたしも姉さんがいるなら大丈夫と思ってこの仕事を持ってきましたしね。それに女の姉さんならサキュバスに精気を取られることも無いでしょうし」

「まあそうだけど……」

「だいじょーぶ。任せて」


 ブイサインをするデニーズを見据えて、俺は頭を悩ませる。


 あぶなくなったら逃げればいいか。最悪、俺がおとりになれば……。


「それで、どうされますか?」


 イーアルに三度目の問いをかけられ、俺は熟考する。しばらく悩んだ末、受けることを決め、サキュバス討伐へと乗り出すことにした。

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