第52話 ガストの身体を鬼から取り戻せ
「――ぐははははは! だいぶ力が溜まったなぁ!」
死屍累々。鬼は傭兵たちをこの場から逃がさず、殺しつくしてしまう。
唯一、団長のディアルマだけは逃げ切ったようで、あの大柄な男の死体は見受けられなかった。
「さぁてこれからどうするか。竜王本人でも殺しに行くかぁ! いや、他の魔王全員を相手しても負ける気がせんわ! ぐわははははは!」
「相変わらず元気がいいのう。ズガイア・グーよ」
「んん? お前は……」
鬼と化したガストに、ゼリアが近づいていく。
「ゼリアか。ひさしいな」
「うむ。そなたが肉体を失ってから数年は経ったからのう」
「ああ。ふふふっ、ずいぶんご無沙汰であっちのほうが寂しかったんじゃないか? 今からでも相手をしてやる。さあ来い。たっぷりとかわいがってやるぞ。ぐはは!」
「それもよいが、それより先にこれをなんとかしたほうがいいんじゃないかの」
ゼリアが刀を持ち上げる。
「む……それは」
「そなたの肉体を破壊した忌々しき刀じゃ。これが存在する限り、そなたはふたたび肉体を破壊される可能性があるわけじゃ」
「確かにそうだ。そんなものは今すぐに破壊しなければ」
「手伝ってやる。わしがこうして横にして持っていてやるから、手刀で叩き折るんじゃ」
ゼリアは刀を頭上へ掲げ、横にして持つ。
「いいだろう。そんなもの俺様の一撃で真っ二つにしてやるわ!」
鬼は上機嫌な様子で手刀を振り上げた。
ゼリアの考えた作戦はこうだ。
ああやって刀を横に構えて持ち上げ、手刀で折らせる手伝いをする振りをして、寸前で刀の刃を上向きにする。そうすれば奴の手は傷つき、殺人によって溜め込んだ力がそこから抜けていき肉体はガストのものに戻るのだという。手の怪我は残った鬼の力が修復するから問題ないらしいが、はたしてそんなにうまくいくかどうか。
不安なデニーズは、失敗したときの対策を自分なりにあれこれ思案していた。
「うおりゃ!」
鬼の手刀が鋭く落ちる。が、しかし途中で止まり、刀に触れるには至らなかった。
「む……どうした?」
ゼリアの声が困惑に歪む。
「いや、やはりそれに触れるのは怖い。少しでもそれの刃でこの肉体が傷ついたら、力が抜けて元の人間に戻ってしまうからな」
「ず、ずいぶんと弱気じゃな。そなたらしくもない」
「俺様はかしこいから反省したのだ。クンニ危うきには近寄らずと言うしな。ぐはは!」
「君子じゃ馬鹿者……」
これはまずい。作戦失敗だ。
デニーズは焦り、どうするか必死に考えた。
「それはお前が折って破壊しろ。俺様は一切、それには触らんからな」
「む、むうう……」
「どうした? なにをぐずぐずしている? 早くそれを壊せ」
急かされ固まるゼリア。時間をかけてはこちらの思惑が気付かれ、殺されるかもしれない。もはや猶予はないとデニーズは走り出し、ゼリアの持つ刀を奪った。
「うん? なんだその女は? 良い女だな」
「ええい!」
刀を高々と上段に構え、鬼へ向かって振り下ろす。
「ふん」
「あっ!?」
しかし胸を軽く押されただけでデニーズは吹っ飛んでしまう。
「威勢も良い女だ。お前は俺様の愛人にしてやる。喜べよ。ぐはは!」
高らかに機嫌良く笑う鬼。その上から落ちてくるなにかに気付く様子もなく……
「ぐわっ! いてっ!」
落ちてきたそれが頭頂部に刺さる。
「な、なんだ?」
鬼はそれを抜く。手に持ったのはデニーズが手にしていたはずの刀だった。
「えっ? えっ? な、なんだとぉ! ぐおおおおおっ!」
絶叫する鬼の頭頂部からなにか薄白いものが抜けていく。それと共に額のツノが少しずつ引っ込んでいき、やがて完全に消失すると、鬼だったガストは前のめりになって倒れた。
「こ、これはどういうことじゃ? お前さん、一体なにをしたんじゃ?」
胸を押さえながら立ち上がったデニーズは、驚きの表情をするゼリアに向かって笑う。
「別に……刀を放り投げただけ」
「ほ、放り投げた?」
「吹っ飛ばされる瞬間に上へ刀を投げたの。落ちてきて頭に刺さるように」
「な、なんと大胆な。よくもそんな方法を実行しようと思ったものじゃ。あやつが女好きのマヌケでなかったら、斬りかかったときに殺されていたというに」
「じゃあ女好きのマヌケでよかった」
一か八かでやったことだが、なんとかうまくいってホッとしたデニーズであった。
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