第51話 身体は鬼と成り果て

「か、刀を……捨てた」


 デニーズの頭にガストの言葉が過ぎる。


『俺がこの刀を捨てたら逃げろ』


 ガストが言ったそのときが目の前で起こったのだ。


「いかんっ! 完全に身体を奪われてしまったようじゃっ!」


 隣でゼリアが叫ぶ。


「一体……どういうことなの? ガストの中になにが……」


 眉間にめり込むディアルマの拳をガストは笑って受けている。普通じゃない。あれは別の誰かのように思えた。


「あれはもうガストじゃない。ただの鬼じゃ」

「鬼って……」


 それはどういうことなのか? 


 答えは目の前で語られた。


「ぐ、ぐはははははははっ!」


 ガストが声を出して豪快に笑う。しかし声は地の底から響いてきているかのように低く、彼の声とは似ても似つかないほど恐ろしさを感じるものだった。


「ようやく身体を手に入れたぞ! 俺様復活だ! ぐはははははは!」

「なんだ? 殴られて気でも違ったのか貴様?」

「狂った? 馬鹿を言うな。甦ったのさ。ぐはは! 力が溢れるぞ!」

「このっ! 奇妙な奴め!」


 ディアルマはさらにもう一発、左拳を眉間に食らわせるが、


「ぐははははははは! なんだこの程度か人間! 俺様はまったく痛くないぞ!」

「な、なにっ?」


 ガストの身体にいる何者かは、眉間に触れるディアルマの左拳を右手で掴む。


「こんな奴に腕を奪われるとは、竜王もたかが知れているわ!」


 そして自らの左手を高々と頭上へ上げ、


「ぬぅあ!」

「ぐあっ!?」


 ディアルマの左腕を付け根から切り落とした。

 黒い鱗の腕がゴロンと地面に転がる。


「竜王の腕が……こ、こんな……ば、馬鹿な!」


 腕を失った左肩を押さえてディアルマが退く。


「ぐははは! 竜王がなんだ! 左腕一本で……いや、竜王そのものがいようと、この鬼王ズガイア・グー様の敵ではないわ! ぐわっはっは!」

「お、鬼王だと? こいつまさか、魔王そのものだと言うのか? くっ……なんにせよ、これでは勝てん。撤退だ!」


 その一言が叫ばれると傭兵たちが一斉に逃げ出す。


「逃げるか? 逃がさんぞ。貴様らは俺様の糧となるのだからな!」


 逃げる傭兵を追って殺す。

 鬼王ズガイア・グーと名乗ったそれは恐ろしく強く、傭兵らはただ殺されていくだけであった。


「わしらも逃げたほうがいいかもな」

「冗談! ガストをあのままにしていけるわけない!」


 ゼリアの言葉にデニーズは猛反発する。例え他が逃げても、自分ひとり残ってガストを助けるつもりだった。


「ふっ、その通り。冗談じゃ。わしもガストが好きじゃからの。元に戻したい」


 そう言ってゼリアは歩き、ガストの手放した刀を拾って戻ってくる。


「ガストは以前にこれを使って鬼を倒した」

「鬼を倒したって……」

「まあつまり、あそこで暴れているあれのことなんじゃが、時間が無いのでくわしい説明はしない。なにも聞くな。知っておればよいのはこの刀で奴を傷つければガストが元に戻るかもしれないということじゃ」

「むう……」


 ゼリアが自分の知らないガストの過去を知っている。ちょっと不愉快。しかし今はこの女と喧嘩をしている場合ではなかった。


「あいつものすごく身体が頑丈みたいだけど、それで傷つけられるの?」

「わしもよく知らんがガストはこれであいつの肉体を破壊したのじゃ。恐らく、徳の高い高僧の作った鬼殺しに特化した刀なんじゃろ。たぶん」

「たぶん……」


 なんとも心許ない言葉である。


 本当に大丈夫なのだろうか?


 だが今は可能性にかけるしかない。ガストを元に戻せる方法があるならば、デニーズはなんでもする気でいた。


「わかった。つまり私がそれであいつを傷つければいいってこと?」

「いや、奴は一度、この刀の力で肉体を失っておるからの。これに傷つけられることをかなり警戒するじゃろうから、お前さんの力量じゃ傷つけるのは難しい」

「じゃあどうするのさ?」

「方法はある。あれは恐ろしく強いが、頭のほうパーじゃ。騙せばよい」

「どうやって?」

「それはの……」

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