第16話 デニーズの過去
「イーアル……どうしてここに?」
戸惑った表情でデニーズは立ち尽くしている。
こんな顔は初めて見た。
「それはこっちのセリフです。どうして姉さんがここに? いえ、グリーンズの事件を聞いてもしやと思いましたが、まだいるなんて。国を出ろと父上に言われたはずでしょう」
「イーアルこれは……あの」
「血塗れのスマイリーデニーズなんて呼ばれて、これ以上、家名に傷をつけるつもりですか? 恥を知りなさい! この人殺しが!」
「……」
力無く肩を落とし、言葉を失うデニーズ。
今さら人殺しと言われて傷ついたりするとは思えない。イーアルの言った人殺しには別の意味があるのか……。
「……っ」
「あ、デニーズっ!」
背を向け、デニーズは走り去っていく。
そのうしろ姿が視界から消え、それから俺はイーアルを見た。
「これは一体どういう……」
「あの女がいる限り、傭兵団の届けは受理できません」
「えっ?」
「あの女を傭兵団から除名したのち、改めて届けを出しに来てください。では」
そう言い残して、イーアルも去って行く。
なんなんだ一体?
あの様子だと、単に姉妹仲が悪いというだけではなさそうだ。父親がどうとか言っていたし、デニーズと家族のあいだでなにか問題があるのだろうか。
「なるほど。これは拙者の聞いた情報に間違い無さそうでござるな」
今まで黙っていたステイキが口を開く。
「なにか知っているのか?」
「拙者、情報収集が趣味でござるゆえ、この国で起きた事件はだいたい知っているでござる。デニーズ殿は元騎士団でござってな。ある事件を理由に除名されたようでござる」
そんなことがあったとは初耳だ。
……いや、俺が今までデニーズのことを知ろうとしなかっただけか。
「どういう事件なんだ?」
「半年ほど前にデニーズ殿が仲間の騎士をひとり殺傷したと」
「デニーズが仲間を? そんな馬鹿な」
あいつは殺人狂だが、善人と悪人を見分け、悪人しか殺さない奴だ。仲間を殺したなんて話は信じられない。
……さっき俺を殺そうとしてきたのは冗談だろう。たぶん。
「目撃者はいないそうでござる。ただ、デニーズ殿が人殺し好きというのは有名でござったからな。弁解は聞き入れられなかったのでござろう。父親の取り成しで刑罰は免れたそうでござるが、家からは勘当されたと聞いたでござる」
「ふむ……それで妹ともあんな関係なのか」
「どうするでござるか? デニーズ殿を追い出して届けを受理してもらわなければ、拙者たちの傭兵団はギャング団と同等の扱いを受けるかもしれないでござるよ」
「うん。とにかくデニーズが戻ってきたら話を聞いてみよう。考えるのはそれからだ」
結論は出さず、俺はデニーズの帰りを待つことにした。
……だがデニーズは夜になっても戻って来なかった。
夕方ごろから雨が降ってきて、気付けば嵐となって外では暴風が吹いている。外出は控えたほうがいいほどに激しい音だ。
「どこに行ったんだあいつ?」
食堂でトマトを食べながら呟き、俺は扉を見つめている。
「まさか帰ってこない気じゃ……」
「帰ってきてほしいでござるか?」
テーブルを挟んだ向かいで、本を読んでいるステイキに問われる。
「そりゃあな。変な奴でちょっと怖いけど、仲間だし」
「けど、帰ってきたあと、どうするでござるか? デニーズ殿がいては……」
「それはあいつの話を聞いてから考えるって」
けど帰ってこない。どうしたんだろうか?
あれほど剣の腕が優れているならば暴漢に襲われて怪我をするなんてことはないと思うが、あまりに遅いので少し心配になる。あんなでもまだ二十歳にも満たない若い女だ。精神的に幼いところがあるだろうし、妙なことを考えてやしないかとも不安になった。
「……ちょっと捜してくるから、留守番を頼むよ」
「捜して来るって、行き先に当てはあるでござるか?」
「ないけど、こうして待っていてもしかたない。明け方には帰ってくるから、デニーズが戻ってきたら引き止めて置いてくれ」
ステイキに留守番を頼み、俺は雨避けのマントを被って拠点の外に出て、デニーズを捜しに向かう。行き先に当ては無いので、とにかく町中を闇雲に捜し回るしかなかった。
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