第34話それはもうプチッと
走りながらちらりと右翼の方を見てみると、ユーリさんがオークを蹴り倒しているのが見えました。
それを確認した私は前を向きなおします。
右翼の人たちに声をかけてしまっては、気を取られてしまったサリエバさんやセドルフさんがどうなるかわかりませんから。
走る私の前には、フランさんの背中、そのまた向こうには鎧で武装した――ルナさんの姿が。無謀にも、サイクロプスに突っ込んでいっています。
ルナさんにせんべいになって欲しくはありません。なんとかして止めないと。村人を導くための
ですが、私がいた場所はほとんど左翼の端。サイクロプスまでの距離はルナさんの方が圧倒的に近い。
私より遅いはずのフランさんの背中が小さく見えることに、私の心臓は――私の足の回転よりも――速くなっていきます。
私の頬を、冷たい風が切りつける。
ずん! という足音がだんだんと強く、地響きを伴ってくる。
叫べば、ルナさんに声が届くかもしれません。
「ルナさん! 止まってください! ルナさん!」
……ダメです、止まってくれません!
地響きが止む。
サイクロプスがルナさんに気づいたんだ。
「ルナさん逃げて!」
ゆらりともう一度だけ地面が揺れた。
ルナさんはまだ走る。フランさんも、私も。
サイクロプスが下を見下ろした。
ルナさんは影に入って黒く染まると同時に、右へ旋回した。
サイクロプスが右手を振り上げる。
「ルナさん!」
ルナさんは私の方を見向きもしません。声は聞こえるはずなのに。どうして……。
棍棒の、丸い先端の影がルナさんを捉える。
ピ――――ッと、耳鳴りがしだした。
あの電子音に似ている。
ごう! と乱暴に風を撒き散らし、横薙ぎに影が動いた。
「やめて!」
どうしようもない距離。脳裏と瞼に浮かぶ、真の闇。
「ルナねぇ!!」
どん。
「きゃ! フラン!?」
「――がっ!」
バリン。
奇妙な、金属が爆発したような音が辺りに響きました。
何が起こったのかわからず、恐る恐る目を開きます。
見えたのは、振り終わった棍棒の先と、傷一つ負っていないルナさん。
よかった、上手く躱せたんだ、そう思いました。ですが、それにしては鉄仮面を被ったルナさんが、茫然とどこかを見つめているように見えます。
一体どこを見つめているんでしょうか――。
視線の先を見つめて、息が止まった。
見えたのは、キラキラと輝く金属片と、紙切れのようにひらひらと舞うフランさん。フランさんはまるで夕日のように光っていて、その光で金属片を照らしていました。
赤い。助けないと。
私とルナさんは同時に走り出しました。
助けないと!
「フランっんんっ!」
私より近かったルナさんが滑り込んでフランさんを受け止めました。
「フラン! フラン!」
ルナさんは必死な声でフランさんに呼び掛けます。
「ルナ、ねぇ……。よかった」
「フラン、ごめんなさい、ごめんなさい」
ルナさんは鉄仮面の隙間から大粒の涙を、ポロポロとフランさんの頬に落としています。
「ねぇ、ルナねぇ、最後に、少し聞いてもらっていいかな?」
「……なんでも聞きますの」
走りながら、猫の耳で会話を聞いていた私ですが、一刻を争う事態ですから、追いついた瞬間に容赦なく会話を切断しました。
「待ってくださいフランさん!いま治療しますから、いまは喋らないでください!」
「治療できるんですの!?」
そういえばルナさんは私が治療魔法を会得したことを知りませんでした。
「はい。今から治療します!」
「お願いします!フランを……」
私はこくりと、力強く頷く。
まさに虫の息と言えるほど小さな声のフランさんに手をかざし、青い光を送り込みます。
大丈夫。間に合う。大丈夫。
ルナさんはフランさんの手を握っている。
ずん、ずん、とサイクロプスが再び動き始める。私たちみたいに小さいものには興味がないようで、村に向かって一直線に進んでいます。
重苦しく緊張感を誘う音を聞きながら、必死に、癒しの念を送っていると、次第に、フランさんを覆っていた赤い光がやんわりと和らいでいきます。
でも、治りきるまで、油断はしません。
完全に赤い光が見えなくなったところで、私は長い息を吐きました。
「もう大丈夫ですよ」
「本当ですの?フラン?」
「すごいよ、愛美さん」
そう言ってフランさんは起き上がりました。自分の手や身体を触ったりして、色々となにかを確かめています。
「うん、バラバラだったのに治ってる!」
バラバラだったんですね……。ゴクリと息を呑む。
「フラン」
「え? ルナねぇ!?」
ルナさんは立ち上がったフランさんに、寄りかかるようにして抱き着きました。
「ごめんなさい、私なんかを庇って……」
フランさんは、少し固まったかと思ったら、ルナさんの鉄仮面を取り去りました。
そして目を見つめて「ルナねぇ、さっきの続き、きいてもらっていい?」と。
「もちろん、聞きますの」
ルナさんはぐずりと鼻を鳴らしながら、フランさんの胸に持たれかかった頭を縦にこくりと動かしました。
「ルナねぇはね、僕にとって唯一無二なんだ。だから私なんかじゃないし、危険が迫ったら助ける。それはたとえ僕が危険を負うことになってもだよ。そのくらいルナねぇが大切なんだ。ずっと昔から」
あ、告白だ。
そう気づいた私とルナさんは耳まで真っ赤にして小さくなってしまいます。
そして、自分がその相手に抱き付いていることに気づいたルナさんは「ご、ごめんなさい!」といってバッと離れます。
「それは、ダメってこと?」
眉をハの字に下げて、悲しそうにそう言うフランさんは、その細さも相まっていまにも消えてしまいそうな儚さが。
「あ、いやそういうわけじゃないんですの」
「じゃあ、いいってこと?」
「えっと、そういうわけでもなくて……」
「……まぁ、わかってるんだけどね」
「え?」
「ユーリさんでしょ? ルナねぇが好きなのは」
「そんなことは……!」
私をちらりと横目で見た後にそう言ったルナさん。やっぱり、胸がチクリと痛みます。
「ルナねぇって、けっこうわかりやすいんだよ? 無理しなくてもいいよ。ユーリさんのことが好きなら、それが終わるまで待つ。いつまでも、いつまでも」
「ありがとう、ございます……。でも、やっぱりルナねぇって呼ぶのはやめてください」
ルナさんは俯いて、ボソボソっとそう言いました。フランさんは落ちたその声を拾うように屈んでいます。
「なんで?」
「姉弟みたいで、嫌ですの」
「そっか……わかったよ、ルナ」
「はい……。あ、あと自己犠牲はやめてください!」
「それはルナもでしょ?」
「……私は犠牲になるつもりはありませんでしたの。でも、本当にごめんなさい。私のそんな独断のせいで……」
「じゃあお互いにこの件は帳消しにしようか。愛美さんのお陰で傷は消えたんだし。心の中にしまっておこうよ」
「ありがとうございます……。愛美さんも」
「あ、いえいえ、私は当たり前のことをしただけですよ」
「ありがとうございます……」
それで会話は途切れ、しばらく、地響きのみがその場の音を支配しました。
周りを見てみると、淡い髪の剣士さんとサリエバさんが最後のオークを斬り倒したところでした。
その向こう、村人たちは、フランさんがぶっ飛ばされる現場を見たのでしょう、また固まっていました。
「また固まって……」
私の堪忍袋の尾が切れました。
こんな、フランさんみたいな細っこい子どもと言える年齢の人が頑張っているのに、大の大人はなにしてるんですか。
決めました。私はもう心理的掌握をしにかかります。
私はぎこちない感じの二人を置いて、村に向かって走り出しました。
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