第28話:感極まって
眼が覚めると、いえ、呼ばれて目を開けると、そこはまるで、一面に海が広がっているように見えました。
初めて来る場所ですが、不思議と落ち着くような気がしました。
「神様は、いますか?」
この後には予定がありますから、早めに済ませたいな、と思ってそう聞いてみます。
誰もいないんですが、誰かが見守ってくれているような気がしたのです。
『正確には神様ではないんですけどね。まぁ、いいでしょう。よく来ましたね、愛美』
どこかで聞いたことがある、優しい声が耳のすぐ側から聞こえてきました。キョロキョロと周りを見渡してみましたが、誰もいません。
まぁ、神様系っぽいですから、そんなもんなんでしょう。そう思い込んで、話を進めようします。
「おはようございます。早速なんですが、お願いを聞いてもらってもいいですか?」
『……そうですね、貴女には申し訳ないことをしてしまいましたから、私にできることなら』
うーん、少し、その部分につけ込んでしまう気もしますが、気にしないことにしましょう。
「……ありがとうございます。では、私にユーリさんと同じ力を頂けませんか?」
『ユーリと同じ力、と言うと、治癒魔法のことですか?』
顔が見えないので、なかなか相手の感情は伝わってきませんが、とても落ち着いた声をしています。いけそう、ですかね?ちょっと攻めに出てみましょう。
「はい、そうです。ユーリさんは、一人、その能力を得ることによって、義務感を背負っています。そのせいで頑張り過ぎて、倒れたんです。私は、ユーリさんを助けてあげたい。ですが、今の私では、何の力にもなりません。だから今日ここに来たんです。ユーリさんの力になれるように」
『なるほど……そうですか。貴女たちには、苦労を掛けているようですね……。わかりました』
「じゃあ!?」
少し間が空いた後に、神様はわかりましたと言ってくれました。
『はい、愛美、貴女にユーリと同じ力を授けます。ですが、もうこれきりですよ?貴女たちに申し訳ないことをしたのは事実ですが、これ以上は上の神たちから贔屓だ、などと言われかねませんからね』
「わかりました。これ以降は、私たちで頑張っていこうと思います」
『はい、それがいいです。では、力を授けます。目を瞑っていて下さい』
にっこりと微笑まれた気がして私の瞼を撫でるような風が吹きました。それに逆らわず、そっと瞼を下ろします。
すると、瞼を透けて青い光が見えるのと同時に、私の周りに風が集まって来るような不思議な感覚がし始めました。
ヒュゥゥと風が吹く音と共に、身体に重さが加わるような味わったことのない感覚です。例えるなら、重力がほんの少しずつ増していく感覚でしょうか。浮遊感の逆ですね。苦しくはありません。高揚感が、私の身体に溢れます。
しばらくその感覚は続きました。そして、私の中身が青い光でいっぱいになったと感じた時、すべては来た時のように、穏やかに戻りました。その中で、私の心臓だけが、ドキドキと落ち着かない鼓動を打っています。
『目を開けても大丈夫ですよ』
言われたので目を開けてみます。先程と何も変わらない、青一色が広がる世界。ピチャリと浅い水面を蹴れば、水面に映る空が波紋を描いて、広がっていきます。
その波紋を目で追っていると、顔を上げた時、目の前に人が立っているような気がしました。
『いま、目が合っているんですよ』
目の前からいきなり声が聞こえましたが、驚くどころか、逆に私の心は穏やかになりました。傲慢ですか、なにやら悟りを開いた気分です。
「そうみたいですね」
相手がどんな目をしているかわかりませんが、おそらく綺麗な青い眼をしていることでしょう。サリエバさんのような。
『力を得た実感はありますか?』
「はい、何となくですが、身体の重みが増したような気がします。体重が重くなったとかではなく、ですよ?」
「ふふっ、はい。ユーリも、同じようなことを言っていましたよ?』
「そうですか?」
ユーリさんとお揃い、いいですね。
私は目の前の女性と一緒に、口許を綻ばせました。
『あまりゆっくりして行く時間もないでしょうし、これからその「力」の説明をしますね』
「あ、はい」
きっととても大事なことです。心のノートにメモしないと。
『それでは始めます。まず、その力は魔力が続く限り、どんな病や怪我でも治せます。ただこれは、身体的なものに限りますが』
「魔力ってなんですか?」
ユーリさんは上手く使いこなせているようですが、私はまだ触れたこともありませんから、ど素人同然。なにもわかりません。
『今貴女は「身体の重みが増した」と言いましたね?その物理的ではない重みが、魔力の正体です。エネルギーのことなんですが、重さを実感できた貴女なら、すぐに扱えるようになりますよ』
うーん、抽象的ですね。後でユーリさんにコツを教えてもらいましょうか。
『よくわかっていないようですね……。ユーリはこれでわかってくれたんですが……』
「すみませんね、頭悪くて」
ツン、と唇を尖らせてそう言うと、慌てたように返事が返ってきました。
『あ、いえそう言う訳ではないんですよ?』
「ほんとですか〜?」
『頭悪いのは私です、はい。上手く伝わる説明が考えられないんですから』
なんか、新米教師の葛藤みたいな感じですね……。なんだか可哀想ですから納得した振りをしてあげましょう。
「今教えてもらったのを
『はい、すみません……』
あ、なんか落ち込ませてしまいました……。なんか申し訳ないです……。
『次にですね、貴女の目が少し特殊になります。傷を負っていたり、病に侵されていたりすると、赤く見えるんです』
「あ、私赤色が見えないみたいなんですけど大丈夫ですか?」
ルナさんの服の色を間違えたことを思い出します。
『大丈夫です。これは視覚ではなく、魔力が感知するものですから、赤色がどんな色かさえわかっていれば判断できると思います』
「なるほど」
よくわかりませんでしたが、とにかく、前世の頃と同じような赤色が見える、ということですね。
『最後に、この力を低俗な欲の為に使ってはいけません。欲に、力に呑まれて身を滅ぼすだけです。まぁ、貴女なら大丈夫だと思いますが、一応伝えました』
最後は、黙って聞いているだけでした。私は、ユーリさんの為に使う予定ですから。
『さて、伝えることはもう無くなりました。今から貴女を元の世界に戻します。……頑張ってくださいね』
「はい––––」
目の前の女性に力強く頷いた後、私は浮遊感を感じて、光に包ました。
『どうか幸せになってくださいね––––』
薄っすらと、そんな声が聞こえました。
目を覚ますと、私がもたれ掛かっていたベッドには、熱に喘ぐユーリさんの姿が。
赤く、警報機のように光っています。
「ユーリさん……」
おでこの、
それでも、赤い光は少しも衰えません。
それが、ユーリさんの受ける苦しみは変わらないままなんだ、というのを表している気がして、少し胸が苦しくなりました。
私は、布団の中のユーリさんの手をそっと握ります。
私の元気を、少しでも分けられるように。
心を込めてユーリさんの手を包み込むと、なんとユーリさんの身体が青く光りだしました。
「え、これは……!」
いつも見ていた、ユーリさんの光です。
少しユーリさんが発するものとは劣る気がしますが、それでも同じ種類のものなんだとわかります。
私にも、治癒魔法が使えたんです!
そのまま、私の元気を送り続けていると、ユーリさんが目を覚ましてくれました。
「……愛美?」
「はい、ユーリさん」
私が、ユーリさんを助けることができたみたいです。嬉しくて、嬉しくてユーリさんの手に熱いものが零れ落ちました。
ユーリさんは穏やかに微笑みながら、もう片方の手で、私の頬をそっと、片方ずつ拭ってくれます。
「ありがとう、愛美。好きだ」
「え?」
「あれ?」
お互いに目を見開いて見つめ合います。
涙がピシャリと止まりました。
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