第27話:欲しいもの

「愛美さん、朝ですの」

 今日は、ゆさゆさと身体を揺さぶられて、目を覚ましました。

「もう朝ですか〜?」

 眠たい目をこすりながら、なんとか意識を持ち上げます。やっぱり、肉体労働の後は疲れが溜まりますね。ちょっと身体も痛いです。


「眠たそうですね。昨日は二度寝しましたのに、今日はしないんですの?」

「ふはぁぁ〜。はい、今日はユーリさんのお手伝いをする予定ですから」

 女っ気なく、大きな欠伸を一つした後、ルナさんに答えました。

「そうですか、夕方頃には帰って来て下さいね」

「もちろん、大丈夫です」


 今日はレナードさんのお墓参りに行く日です。友人のお母さんに挨拶しに行く、なんて大切なことを忘れるわけにはいきません。


「覚えてくれているようでよかったですの。それでは、私はお花の準備をしに行きますね」

「はーい」


 ルナさんは薄い青紫色の、紫陽花のような服を着ています。そんなお花の妖精のようなルナさんは、そのままお花を求めて、何処かへと去って行きました。まぁ、帰って来ますけど。


 さて、私はユーリさんにアポを取りに行かないといけませんね。断られたらふて寝しましょう。

 私はパジャマを脱ぎ、ルナさんに貰ったシンプルな作りが可愛らしい、薄桃色のワンピースを着て部屋を出ました。


 ペタペタと廊下を歩いて行き、ユーリさんの部屋をノックします。

 コンコンコン。

「ユーリさーん」


 ガチャリ。

「ん?どうした?愛美」

 ユーリさんは珍しく、まだ寝癖が直せていなくて、ぴょこんと両耳の辺りが跳ねていました。私とお揃いですね。

 少し緊張していましたが、それが嬉しくて解けちゃいました。


「ふふっ、ユーリさん」

 自分の耳を指差し、「寝癖です」と教えてあげます。するとユーリさんは、顔を赤らめて少し恥ずかしそうに、「あぁ」と言って頭を押さえました。少し待ったのですが、ピコピコと頑固な寝癖を前に諦めたようだったので話を進めます。


「えっと、今日、一緒に着いて行ってもいいですか?」

「え?いいのか?マリーさんの手伝いはしなくても」

「あはは……。連日あれは死んじゃいますよ。気まぐれに手伝ってみてわかったんですけど、とてつもない重労働でしたから……」

「気まぐれ?」


 あれ?食いつくところそこですか?


「そうですよ?猫は気まぐれな生き物ですからね」

「ははっ、もうほとんど猫じゃないだろ?」


 さっきまで嫌いなピーマンを最後に残してしまった子どもみたいな顔をしていたユーリさんですが、やっと笑ってくれました。


「まだ遺伝子は残ってますよ?ほら」


 ピコピコと耳を動かしてユーリさんにアピールします。反応は?そう思って、ちらりと目だけを上に動かして見つめてみると、また苦い顔に戻っていました。猫好きのユーリさんなら喜んでくれると思ったのに。


 おかしいな、と思って首を傾げていると、

「愛美」

 ユーリさんは私の背中に腕を回し、少し強く、私を抱きしめました。寝起きで冷たい私の身体には、少し熱いユーリさんの体温が伝わってくる。

「えっ?ユーリさん?どうしましたか?」


「愛美、また、寝たまま目覚めなくなるなんてことないよな?」

 そういうことですか……。ユーリさんから抱き着いてくれるなら、抵抗はありません。私もそっと背中に手を回します。

「大丈夫ですよ。何も、違和感はありませんし、神様も大丈夫だって言ってたんでしょう?」

「だけど……。愛美を見てると、幻みたいに消えてしまいそうで」


 ––––まるで一夜の桜みたいに。


 ユーリさんは掠れる声でそう言いました。


 私は、自分の存在を示すように、ぐっと、背中に回した腕に力を入れます。


「大丈夫です。私は消えません。この通り、ちゃんとここにいますから」

「本当か?俺のそばにいてくれるのか?」

「もちろんですよ。この世界に生まれて今までずっと一緒だったんです。離れるなんて考えられませんよ」

「そっか、よかった……」


 ユーリさんがそう、力無く呟いた後、ぐにゃりとユーリさんの身体から力が抜け、私は押し倒される形となりました。


「ユーリさん!?」

「はぁ、はぁ」

 ユーリさんの熱い体温と、荒い吐息が耳と、身体に伝わってくる。

 もしかして、と思い、おでこを触ってみると、

「熱い!」


 信じられないほど熱いユーリさんのおでこに、ただ事じゃないと思った私は、なんとかしてユーリさんをベッドまで運んだ後、急いで階段を降りて、一番最初に見つけたマリーさんに助けを求めました。


 私の慌てように、ただ事じゃないと判断したマリーさんは、ユーリさんの状況を確認した後、すぐに濡れたタオルと冷たい水を用意してくれました。


「日頃の疲れが祟ったんでしょう。ユーリさんは休む事なく働いて下さっていましたから」


 ベッドに寝込むユーリさんを眺めながら、穏やかにそう言ったマリーさん。

 命に別状はない、というマリーさんの診断と、落ち着いた態度のお陰で、私も落ち着きを取り戻していました。


「ありがとうございます……」

「いえ、お礼を言われるようなことではありません。逆に、こちらが謝るべきです。ここまで摩り切れさせたのは、私たちなんですから……」

「そんなことはないと思います。ユーリさんは自分から村人を治療していてこうなったんですから。きっと止めても無駄でしたよ」


「そう、ですか……」

「ですから、気にしたら負けですよ?」と、なんとか微笑んでみます。

「ここは私が看病します。ですから、マリーさんは仕事に戻って下さい。忙しいところ、助かりました。本当に。ありがとうございます」


「……はい、では」

 少し、後ろ髪を引かれている様子のマリーさんでしたが、ゆっくりとながら、部屋を去ってくれました。その後、私はユーリさんの頭に乗っているタオルを取り、冷たくします。


 ユーリさんの額に浮き出る玉の汗を拭き取ってから、冷たいタオルを乗せる。


 苦しそう……。それを表に出さずにこの人はずっと、ずっと頑張っていたんですね……。


 ふと、ルナさんに言われたことを思い出す。

 ––––ユーリさんは協力する姿勢が足りませんの。だから、支えてあげて下さいね。


 長い眠りから覚めた翌日の夜に言われたこと。今になって、どういうことか、よくわかりました。


 でも、私には、ユーリさんを助けられるような癒しの力はありません。

「ぐずっ」

 悔しくて涙が出てきます。


「ユーリさん……」

 上気した頬を撫でてみます。熱い。


 そう言えば、ユーリさんは薬を持ち歩いている、という風なことを言っていた気がします。

 それを思い出し、ユーリさんのリュックの中を、少し探してみる。


 すると、ユーリさんが神様に会う時に使ったというユメミサ草のエキスが入った瓶が出てきました。

 食事の席で、マリーさんがこの草の効果を話していました。


 ––––ユメミサ草というのは、摂取することで短い間、不思議な夢を見られる、という効果があります。その遊びみたいな効果の他に、使い道が見つからず、放置されていた種類です。


 これを飲めば、私も神様に会えるかもしれません……。


 迷いなく、キュポンと蓋を開けて中身を一口飲んでみる。

 苦い……。

 一口を無理やり飲み込んだ後、目の端に、鮮やかに光るオパールが映ったオパールが映り込んできました。それを掴み、ベッドの側に向かいます。


「ユーリさん、少しの間、看病できませんが、どうか我慢してくださいね」

 髪を手ですくように、ユーリさんの頭を撫でると、ユーリさんの顔が少しだけ緩んだような気がしました。


 その姿にホッとした私は、ユーリさんが寝ているベッドにもたれかかり、目を閉じました。

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