第7話:お疲れ様でした、ユーリさん

 俺は子猫を抱えたまま、何軒もの家々を過ぎ、村を見下ろせる高台に造られた屋敷に向かって歩いていく。


 この村の人口は家の数と、村の広さを考えると、五千はくだらないだろうな。かなり多い。

 まぁ、多いとはいえ、サリエバさんがここを『村』と呼んでいたから、町と言えるほどの人口、一万はいないんだろう。


 それにしても、怪我人が多いはずのこの時期に、多くの人、男性、女性関係なしにすれ違う。

 そしてすれ違う度に、不思議そうな目で見られた。


 多分、腕の中の可愛い生物が珍しいのだろう。人を襲わない上に、よく慣れている。

 そして、当の子猫は今、歩きながら昼飯をやった後、つまり昼寝の時間なので、ぐっすりと眠っている。

 可愛い寝顔だなぁ、癒される。


 俺は子猫に癒されながら、まっすぐ屋敷に向かい、最短距離で到着する。


 それなりに大きな村だと思うけど、俺の足がいていたのか、思っていたよりも早く屋敷に着いた。


 屋敷の扉は両開きで、人二人ひとふたりが縦に重なって入れるほど大きい。


 立派な屋敷だなぁ。


 扉についているドアノックで4回扉を叩き、反応を待つ。


 しばらく待っても反応がなかったので、音が小さかったのかと思って、もう一度叩こうとすると、ギィィと重々しい音を立てて扉が開きだした。


 中からは使用人の服を着た若い女性が出てきた。

 俺を一瞥した後、膨らんだ構造になっているスカートをそっと摘み、一礼する。


「何のご用事でしょうか?」


 顔に笑みは浮かべていないまでも、こちらが丁寧に扱われていると感じる態度だ。

 お手本にしたい。


「僕は医者です。ここに怪我人が集まっていると、防人のサリエバさんに聞いて来ました。」

「サリエバさんが、ですか?」


 声で驚きながら、顔色はまったく変えていない。この人プロだ。


「はい、足を怪我されていたので無償で治療をすると、他にも怪我人はいる、とここを紹介して頂きました」

「治療を無償で、ですか?」


 彼女は目を瞬かせてそう言った。

 初めて顔が変わった。

 多分、この人の中に医者は高給取りだというイメージがあったんだろうな。


「はい、僕はお金を貰うためではなく、怪我や病気を治すために治療を行っているので、お金を払う余裕がない人からは特に何も頂いていないんですよ」


 何度となく話してきた自分の信念だ。

 俺はこの世界の人々全員が怪我や病気から解放されることを願っている。

 そして、俺がその先駆けになると誓った。


「……ご主人、この村のおさに今の話を通してきますので、少々お待ち頂けますか?」

「もちろんです」

「ありがとうございます、では」


 そういって彼女は屋敷へと戻って行った。


 待っている時間、我慢できなくてすやすや寝ている子猫を愛でていた。

 この毛並みはどれだけ撫でていても飽きない。それに、まだ寝ているのに、撫でると嬉しそうにお腹を見せてくれる。


 はぁ、可愛いなぁ〜。


 しばらくそうやっていると、またギィィと扉が動き出した。


 おっと危ない。恥ずかしいところを見られるところだった。

 出てきた人物は先ほどと同じ使用人。


「ところで、貴方のお名前は?」


 ところが多いな、なんて思い、少し頬が緩む。


「はい、ユーリと申します」

「ではユーリさん、中に」


 どうやら屋敷の主に許可されたようだ。


「ありがとうございます」


 使用人の案内で、木で作られた黒塗りの床を歩き、二度、カクカクと曲がった所で屋敷の主人の部屋に辿り着いた。使用人が扉を開け、「医者のユーリさんです」と軽く紹介してくれた。


「こちらで主がお待ちです。どうぞ中へ」


 俺は使用人に頷き、中に入る。

 猫を抱えたまま入ってもいいのだろうかと思ったけど、何も言われなかったからそのまま入ることにした。


「失礼します」


 中には頭を白くした、五十代くらいの男性が一人、向かい合った椅子の一つに座っていた。その奥には、執務をするのであろう机が見える。


「まずはそこに」

 そう言って左手で椅子を指差す。歳の重みを積んだ、しっかりとした声だ。

「はい」

 俺は彼と向かい合う形で椅子に座った。


「君がユーリ君か。君は随分と若い上に、無償で治療すると言う。腕は確かなのか?」

「はい、絶命していなければどんな怪我、病気でも治せると自負しております」

「ほぉ、では私の怪我を治して見せてくれないか?」


 彼は試すような、嘲りとも取れる笑みを浮かべた。


「もちろん、今すぐに治してご覧に入れましょう。右腕ですね」


 彼の右肩から、痛々しい赤色の光が見える。

 多分、戦いに参加してやられたんだろうな。


「ほぉ、一目でわかるものなのか?」


 今度は笑みが消え、驚きの表情となる。


「そうですね、奥にある机には、ペン立てが右手で取りやすいように置いてあります。これは貴方が右利きであることを示しています。ですが貴方は、椅子を指し示す際に、左腕で指し示しました。それでもしや、と思ったのですが、当たりだったようですね」


 俺は怪我や病気が赤い光として見える、特別な目を持っているけど、これは秘密にしておいたほうがいいらしい。

 なので俺は、怪我や病気を見つけた後に、どうやって見つけたのか、納得させられるような適当な理由を探すことにしている。


「ほう、私はカマを掛けられたと言うことか。面白い。正確にはやられたのは右肩だ」


 そう言って彼は不気味な笑みを浮かべた。この顔は様々な出来事を経験してきた人の顔だ。

 多分、俺は今この村にとって有益になるかそうでないか、見定められているのだろう。


「失礼しました。では治療に入ります」


 そう言って彼に近づき、右肩に魔力を注ぐ。


 赤い光を浄化するように青い光が重なり、赤を塗りつぶしていく。

 赤い光が完全に見えなくなったら治療完了だ。


「終わりました。肩を動かしてみてください」


 彼は言われた通りにぐるぐると肩を回す。


「ほぉ!素晴らしい!」


 彼はそのまま立ち上がり、俺の手、片方は猫を抱いているので、残りの手である右手を取った。


「君の腕を疑って悪かったよ。私の名はセドルフだ。改めて依頼をしよう、この屋敷にいる怪我人を治療して欲しい。もちろん、お礼はする」


 腕を上下にブンブンと振りながら、セドルフさんは一息にそう言った。

 顔も、先ほどまでとは違い、人懐こい笑みになっている。信用されたようだ、よかった。


 俺は少し緊張していたようで、肩が軽くなるのがわかった。でも代償に、腕の中の子猫が目を覚ました。

 人差し指を口許に当て、『静かにな』と伝えてからセドルフさんに返事をする。


「もちろん、治療します。ですが、お礼は無理なさらなくとも、お金にはまだ少し余裕がありますから大丈夫ですよ」

「いやいや、そういうわけにはいかんよ!こちらの利益になるのは嬉しいとはいえ、さすがに無償でここまでしてくれるのには気が引けるからな。是非、お礼をさせてくれ」


 こういうことは結構ある。

 お礼は生きる上でも大切だが、ここで受け取って置かないと、居た堪れないほど大切にされるため、受け取っていたほうがいいと、前に学んだ。


 あの時は本当に凄い扱いを受けたもんだよ。まるで神だった。


「そこまで言うのでしたら、ありがたくお受けします。では、早速治療に向かいましょう。怪我人はどこにいるのですか?」

「応急処置だが、処置しやすいように、一部屋に集まってもらっている。今から案内するよ」


 そしてセドルフさんは部屋から出て、使用人と何か話した後、「ついて来てくれ」と言った。

 その使用人も一緒に部屋に向かう。


「ご主人様はご一緒しなくてもいいのでは?」

「そういうわけにもいかんよ。ユーリ先生はいかんせんまだ若い。そこで私の怪我を治してくれた、と言う後押しがいるだろう?」


 先ほどの話の続きだろう、二人で話をしている。先生はやめてくださいと言おうとしたけど、それはできなかった。


「確かにそうですね……失礼いたしました」

「マリーよ、そんなに謝らんでもいい」

 そう言ってセドルフさんは、使用人、マリーさんの肩に右手をそっと乗せる。


「ご主人様……」

 使用人のマリーさんはほんのりと頬を赤らめ、彼を見上げていた。


 確信した。この二人、出来ている。


 パッと見、まだ若いマリーさんがセドルフさんにゾッコンなのがわかる。そしてセドルフさんも満更ではない様子。

 つまり、想いは通じあっている。


 目の前でイチャつかれては、突っ込めるものも突っ込めない。

 そう思って居心地の悪い気持ちで腕の中の子猫と苦笑いを交わす。


 するとハッと気づいたマリーさんが、「あ!ご主人様、人前でした!」と言ってパッと肩に乗せられた手を払った。


「あぁ、悪い。腕が治ったことで気分が高まっていたよ」


 と、セドルフさんは口許に人差し指を当て、イタズラな笑みを浮かべた。


「大丈夫ですよ、その様子ですと、やましいことは何もないようですしね」


 そう言って俺も微笑み返す。


「確かに、やましいことは何も無いな」

「ですね」

 そう言って見つめ合う二人、その顔はどこか暗い影を帯びているような気がした。


 そして、部屋に到着する。


 セドルフさんは「ここだ」と言って戸を開く。


 中は、一面、赤で塗りつぶされていた。


 十二畳ほどの部屋に敷き詰められた布団。その上に一人ずつ、怪我人が寝ていた。


 患部と思しき、赤い光を放つ部分は真っ白で、清潔な包帯で覆われているが、赤い光はそれを透過し部屋を照らしていた。


 ある人はぐるぐる巻きの足を宙に吊り、ある人は腕や足を紐で縛っている。

 何人か、意識を失っている人もいる。


「皆!聞いてくれ!この人は優秀な魔法医師だ!この通り私の肩も治してくれた!これから君たちの怪我を全て治してくれるそうだ!」


 痛々しい、赤い部屋に歓喜の声が響く。


「おぉ!!ありがたい!!」


 俺はその声に応え、部屋の中にいた全員を治療した。マリーさんや、セドルフさんの助けもあり、日が落ちて間も無い頃には治療が終わった。


「ありがとうございます!ユーリ先生!」


 治療が済み、怪我が治った人たちは声を揃えて、俺を先生と呼んだ。


「先生はやめてくださいよ、恥ずかしいので」

 大勢に、茶化す感じでもなく、本気で言われると嬉しい。だけど、俺は先生と呼ばれるべきでは無いと思っている。


「いやいや、先生は私の足を治してくれました!立派な先生ですよ!」


 女流戦士の一人が黄色の目をキラキラとさせ、そう言ってくれた。


「そうですか、ありがとうございます。でもどうか、僕のことは先生と呼ばないで下さい」


 俺はそう言って頭を下げる。


「ちょっと、頭を上げて下さいよ!わかりました、先生とは呼びませんから!」


 そう言って短めの赤髪を振り回し、慌てる女流戦士。


「すみません、ちょっと個人的な問題で……」

「そうですか、それではなんとお呼びしたらいいのですか?」

「ユーリと、呼んで下さい」

「ユーリさんですね!わかりました!」


 うーん、やっぱりそうなるのか。

 そう思って苦笑いを返す。


 それから部屋にいた人たちそれぞれにお礼を言われた。そしてその後に、セドルフさんに呼ばれた。隣にはマリーさんもいる。


「本当に助かった、ありがとう」


 セドルフさんと、マリーさんは同時に礼をした。一糸乱れぬその動きはまるで夫婦のよう。

 微笑ましい。


「それで、礼なんだが、生憎と包帯などにお金を使ってしまい、屋敷は貧乏になってしまった。お金の代わりに、この屋敷で精一杯もてなそうと思っているのだが、それでいいだろうか?」

「はい、それで充分です」


 正直、これから宿を探しに行くのも億劫になるくらい疲れている。治療魔法を使いすぎた。


「ありがとう。では、マリーに案内させよう」

「こちらです」


 マリーさんには、二階に案内された。

 二階には、部屋が三つあり、その一番手前だった。


 今は誰も使っていない、とのことだったが、綺麗に掃除されていて、見た感じでは埃一つ落ちていなかった。


 俺は今日一日大人しくしてくれた子猫に「ありがとうな」とお礼を言った。

すると子猫は、「にゃうん」と、まるで『お疲れ様』とでも言うように、労うような態度を見せた。


その仕草に癒された後、俺はベッドに沈み込んだ。

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