第6話:壁が見えてますよ、ユーリさん
俺たちは7日ほど歩き続け、ようやく目的地に到着した。
俺は今、村の入り口に、子猫を抱えて立っている。
まずはこの村の様子を遠目に確認してみようか。
到着した村は前回滞在していた村とは違って、完全な木造りの家々が建ち並んでいる。家と家の隙間も前回より小さい。
そして、上を見上げると所々に見張り台が設置されていて、それぞれに警戒した面持ちの
この村も被害にあったんだろうな。
さらに上を見上げると、頭上にある太陽が俺たちを眩しいほどに照らしている。時刻は昼頃。
よし、早速怪我人と病人を見つけて治療していこう。俺はぐっと拳を握る。
腕に抱えた子猫を見ると、しっかりと目を覚ましていて「にゃん?」と首を傾げた。
その姿が、「どうしたの?」とでも言っているようで、すごく可愛い。
癒されるなぁ、と思わず
おっと、いけない。今から俺は優秀な貴族の執事のように振る舞うんだった。ニヤニヤしてたらそんな威厳なんてあったもんじゃないな。
そう自分に言い聞かせ、猫を被った。
実際には腕の中の子猫を頭に乗せているわけではなく、俺のイメージの中にある執事になりきるという意味だ。いうなれば、執事を被ったのだ。
そしてそのまま子猫に話しかける。
「これから大声を出しますが、驚かないでくださいね」
子猫はこの他人行儀な喋り方が好きではないようで、嫌そうにその茶色の目を細める。
うーん、嫌がられている。こんな可愛いやつに嫌がられるのは辛いけど、こうでもしなければすぐに素がでるからなぁ。
特に褒められたりした時なんかは、嬉しくてすぐに顔が変わってしまう。
まぁ、そんなことを考えていても始まらない。
俺は自分をそう奮い立たせ、見張り台の一つに向かって声を張り上げる。
「すみません!聞きたいことがあるので少し降りてきて貰えませんか?」
自分が話しかけられていると気づいた防人が少しだけ身を乗り出して答える。
「なんだ!?俺が行かなきゃならねぇほど大事なことか?それは」
このくらいでは降りてこないだろうということは文字通り目に見えている。足が赤く光って見えるのだ。だからもう一押し、押してみる。
「そうです!僕は隣の村の被害状況を知っています!その情報をお教えします!」
情報の伝達にも危険が伴うこの世の中、情報は価値あるものとなっている。
「そうか!それはありがてぇ!今下りるから少し待っててくれぇ!」
そういって彼は細めの骨格ながらもしっかりとついた筋肉に物をいわせ、少しずつ、少しずつ、まるで俺たちを焦らすように降りてくる。
いや、もちろん彼に俺たちを焦らすつもりはない。
腕の中の子猫が、「にゃうん」とあくびをした頃に彼はやっと降りてきた。
「すまねぇな、待って貰って。で、情報をくれるんだろう?」
「はい、ですがその前に足を見せて頂いてもよろしいですか?」
「っ!なにを言い出すんだいにいちゃん」
降りてきた防人の顔が引きつった。
「いえいえ、隠さなくともいいですよ。いや、全く隠しきれていませんでしたが。恐らくあなたの仲間方も気づいておられるでしょう」
「……やっぱ、わかるもんなのか?」
観念したようにドサリとその場に座り込む防人。
「はい、あなたと初対面の僕でさえすぐに気づきましたから」
「そうか……」
この防人は足を怪我している。
そんな状態では防人の仕事を続けられない。普通ならお役御免を被るだろうな。
だけど、この人は仕事を続けていた。
明らかに怪我しているとわかる振る舞いだったけど、この人には仕事をして稼がないといけない理由があるんだろうな、周りが見逃していた。
「安心してください。僕は医者です。すぐに治しますから」
俺は有無を言わさずに防人の治療に取り掛かる。
「いや!わりぃよ!俺は払える金も持ってねぇし!」
「大丈夫です。僕はお金を貰うために治療するのではなく、怪我を治すために治療するのですから」
そういって患部に治療魔法を使う。
いつものように青い光を帯びた患部が、みるみるうちに癒えていく。
今回は骨折程度だったため、切断されているよりかはすんなりと治った。
「すげぇよにいちゃん。助かった。だが、お代はどうしたらいいんだ?」
彼は不安そうに、上目遣いでそう言った。曇りのない、綺麗な青色の目だ。
「払う余裕がないなら払わなくてもいいんですよ?」
安心させるように、俺はにっこりと笑いかける。これは医務用スマイルというやつだ。人を安心させるのには笑顔が一番。
「ありがてぇ‼︎俺の名前はサリエバだ!何か困ったことがあったら言ってくれ!俺は受けた恩は必ず返す男だぜ!」
そういって右手に作った力こぶをアピールするサリエバさん。
よかった、この人からはさっきまでのピリピリした空気が感じられなくなった。
「はい、頼りにしてますね」
俺は元気になったサリエバさんをみて嬉しくなり、本心から明るい気持ちでにっこりと微笑んで見せた。
一緒に治った喜びを分かち合うのも、医者の仕事だ、俺はそう思っている。
執事だって主人が喜んだら嬉しいだろう。それと同じだな。
まぁ単純に、サリエバさんの輝くような笑顔に釣られた、というのもあるけど。
「おっと、足が治った喜びで忘れるところだったぜ。にいちゃん、えっと、名前は?」
「ユーリです」
「ユーリ先生か!」
「先生はやめて下さいよ」
先生と呼ばれて、医者と認められるのは嬉しいけど、すぐ喜んでるのが顔に出るから嫌だ。恥ずかしいし。
「じゃあユーリさんか。ユーリさん、隣の村はどうなってるんだ?」
ユーリさんか、多分この人の方が俺より年上だよな……。まぁ先生よりはいいか。
「そうですね、僕が治療して回ったので怪我人、病人共にいなくなりましたが、かなり
それを聞いたサリエバさんは一度「うーん」と唸った後に口を開いた。
「そうか、やっぱし今年の収穫時期はどこも強い魔物が出て来たのか」
「どこも、というとこの村でも例年より強い魔物が畑を襲って来たんですね?」
サリエバさんは筋肉で筋が浮き出た首で力強く肯定の意を示す。
「あぁ、俺は結構やるほうだと思ってたんだが、このザマだぜ。ユーリさんがここへ来なかったら嫁さんと娘を養えなくなるとこだったぜ」
そう言って「ハッハ!」と笑うサリエバさん。さっきまでの自分の危機をすぐ笑い飛ばしてしまうのがすごいなと思った。
「助けになれてよかったです。そこでなんですが、あなたと同じように怪我をした人や、病気で伏せている人はいませんか?隣の村の方々や、あなたと同じように治療しますので」
サリエバさんはその青色の目を大きく見開き「いいんか!?」と一言。
俺はさっきのサリエバさんに負けないように力強く頷き「はい」と言った。
「そりゃありがてぇ!!ユーリさん!あんたはこの村の救世主間違いなしだぜ!」
救世主、救世主かぁ。
おっと、危ない。もう少しで顔が緩むところだった。すんでのところで踏みとどまった俺は、表情を引き締める。
「救世主は嬉しいですけど、僕はこの村の人々を治療し終わったらすぐに移動しますよ?」
「そうなんか!?」
「はい、今年は特に怪我人が多いですからね。早く治療に回らないと、危ない人々がいるかもしれませんから」
「そうか、ユーリさんは偉い!立派な医者だぜ!」
サリエバさんは俺の肩をポンと叩き、ニカリと笑って見せた。
純粋な人だなぁ、白い歯が眩しいくらいだ。
「それで、治療が必要な人はどこですか?」
「おう、それはな。大怪我をした人たちはあそこの屋敷に担ぎ込まれてる。今は使用人総出で介護してるところだぜ!」
そう言ってサリエバさんは村の奥にる大きな家を指差した。
立派な家だ、この村の村長が住んでいるのだろう。
怪我人に自分の家と人員を分け与えるとは、殊勝な村長だな。
この村の村長の人並に感嘆し「へぇ」と声を漏らしてしまった。
「大きな屋敷だからすぐわかるだろう?」
「はい、ありがとうございます」
「いやいや、礼を言うのはこっちだぜ!同志達をよろしく頼むよ、ユーリさん」
「はい、最善を尽くします。では」
「もう行きます」と告げて俺たちは屋敷に向かって行く。
サリエバさんは恭しく一礼した後、見張り台の梯子に飛びついて行った。
そしてサリエバさんは驚くほど軽快に梯子を登りきって、こちらに手を振ってくれた。
とても喜んでくれている。
俺も嬉しい気持ちになり、つい口許を綻ばせて手を振り返してしまった。
嬉しい気持ちは伝染するものだ。
だけどすっかり染められてしまわないようにと、心の一部にシャッターを掛けて、俺は屋敷へ向かって行く。
腕の中を見ると、子猫が何か言いたげに、じぃーっと俺を見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます