第5話:凶暴なんですか!?

 いつの間にか私は白いだけの、何もない空間に立っていました。


 どこを見ても白一色。狭いのか、広いのかもわかりません。


 白は、私にとってちょっと怖い色なんです。


 何もない、ただ白いだけの空間に放り出された私は、泣きそうになっていました。


「ユーリさん、どこですか……?」


 つのるばかりの不安から、そう呟くと、目の前に、パッとユーリさんが現れました。


「ユーリさん!」


 不安で不安で、泣きそうになっていた私は、ユーリさんを見つけた瞬間に、抱きついてしまいました。


「うわっ!ちょっと、貴女は誰ですか!?」

「そんな」


 そんな冷たいこと言わないでくださいよ、と言おうとしたのですが、ここである違和感に気づきました。


 ユーリさんの目がとても近いのです。それに、私は普通に人の言葉を話しています。


 もしやと思い、一旦ユーリさんから離れて自分の腕や足を見てみました。


 体毛におおわれていない白い腕、白い足。


 それに、服を着ていました。

 着ていたのは、これを着てお祭りに行きたいと言って、お母さんに買って貰った、薄桃色の生地にあかい花々が散りばめられた浴衣ゆかた


 頬を触ってみると、ぷにぷにとした感触が、頭に手を置いてみるとふさふさとした感触が伝わってきました。


「私、人間ですね」

「どこから見てもそうだと思いますが?」


 ユーリさんは眉をひそめ、何を言うのか、という顔をしています。


 人間、と言っても今の私は、人間の頃にこうなれたらいいな、という理想の形や服装をしていたのです。


 ここまで確認して気づきました。


「白色に囲まれるのは嫌なので、地面は茶色、空は青くしてくれませんか?」


 そう言うと、私の声に反応して、パッと色を塗り替えるかのように、地面が土続きの茶色に、空は晴天の日のような清々しい青色に変わりました。


 ここの中では、私の思い通りになるみたいですね。

 つまり、ここは夢の中です。


 ユーリさんは情景の変化に付いてい行けず、ポカーンとしていました。


「なんなんですかこれは。もしかして貴女は女神様なんでしょうか?」


 確かに、今の私は夢の創造者ですから、神様と言えるかもしれません。そう思うと、「ふふっ」と声を漏らして笑ってしまいました。

 楽しくなったのです。


 ユーリさんはそれを、肯定こうていの笑みと勘違いしたようで、「やっぱり……」と呟いていました。


 勘違いさせてしまいましたが、まぁ、どうせ夢の中ですから、やりたいことをしましょう。


「ブランコに乗りたいですね」


 パッと目の前に現れるブランコ。

 それはまさに、公園に設置されているような、二人乗りのブランコ。


 私はそのブランコに腰掛け、「ユーリさん、一緒に遊びましょ?」とユーリさんを誘いました。

「僕、ですか?」と自分を指差すユーリさん。

「他に誰がいるんですか?」


 ユーリさんは周りをキョロキョロと見回して、他に誰もいないことを確認しました。


 そして、ふぅーと諦めたように息を吐き、私の隣に腰掛けました。


 キィ、キィ、キィとブランコが音を立てます。


「ユーリさんはどうして他の人と話す時、そんな堅い喋り方になるんですか?」

「っ……さすが女神様ですね。なんでもお見通しですか」


 ユーリさんはすっかり私を神様だと思い込んでいますね。でも、どうせ一夜の夢の中ですから、そのままにしておきましょう。

 何より、このままの方が楽しそうですから。


「ユーリさん、私は、いつもの、フレンドリーに話すユーリさんの方が素敵だと思いますよ?」

「……そうだとしてもですね、僕は旅の医者としてやっているんで、あまり一つの村にとどまるようなことはしたくないんですよ。

 こちらが心を開き、フレンドリーに接したら、心暖かい人たちは受け入れてくれます。そうなれば僕は、その場所を離れたくなくなってしまう。まだ他の場所には治療を求めている人がいるかもしれないのに」


 夢の中のユーリさんは、すべてを話してくれました。


 確かに、フレンドリーに接して受け入れられたら、離れにくくもなりますよね。

 これは私も少し考えたことなので、私の夢の中なら、出てきて当然ですね。本当のユーリさんはどうかわかりませんが。


「そうですか、自分の足が届く限りの人に治療を施してあげたい、という考えなんですね。殊勝な方です。

 ですが、この場所は私の空間ですから、あなたはどうやっても留まることはできません。ですから安心して、いつもの口調で喋ってください」


 その方が、私も楽しいですからね。


「そうですか、でも貴女は女神様でしょう?そんな……無礼に当たりませんか?」

「ふふふっ」


 夢の中でも真面目な人ですね。

 笑ってしまいましたよ。

 ちょっと失礼でしたかね?

 ユーリさんを伺うと、眉をひそめていました。謝っておきましょう。


「すみません、つい。いいですよ、多少無礼な方が私も楽しいですから」

「そうか、なら遠慮なく」

「ふふふっ」


 ころりと変わったユーリさんに、また笑ってしまいましたよ。可愛い人ですね。


 それから、私たちは色んなことをして遊びました。

 ブランコで靴を飛ばしたり、ボールを出して遊んだりですね。


 猫のままではできないこともあったので、夢の中ででも、こうして消化できる時間はとてもとても楽しいものでした。


 ですが、楽しい時間は唐突に終わりを迎えました。


 ゴソゴソっと、夢の中からではない音が私の猫耳に届いたのです。


「突然ですがユーリさん、それでは失礼しますね!」

「え、あぁ!また今度な!」

「はい!」


 卓球をやってみたかったので、ユーリさんにルールを説明して、遊んでいた時のことでした。


 私は手に持っていたラケットをほっぽり出して目を覚ましてしまいます。


 すっかり夢の中のユーリさんとも仲良くなってしまったので、また遊びたいところですね。




 ♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢




 眼を覚ますと、近くにはリスさんがいました。


「にゃんにゃ」


『なんだ』リスさんですか。


 そう思ってホッとしたのですが、それは大間違いでした。


 リスさんがクリクリおめめをギラリと光らせ、グワッ!と歯を剥いて威嚇してきたのです。


 その歯は、普通のリスさん、私たちが知っているリスさんの可愛らしい二本前歯と違い、上下二本ずつの恐ろしい牙でした。


 それを見て連想したのは、キングコブラ。

 そして死……。


「ぎにゃぁぁぁーー!!」


 私は『ユーリさん起きてぇーー!!』と叫び、ユーリさんの胸をタップタップタップ!!


「痛い痛い!どうしたんだ!?」

「にゃんにゃんにゃ!」


『あれを見てくださいよ!』と指をさすと、ユーリさんはするりと寝袋から抜け出し、リスさんもどきの前に立ちはだかりました。


「まったく、人の睡眠を邪魔しやがって」

「ブシャーーア!!」


 リスさんもどきはユーリさんにまで威嚇し始めました。


「にゃゃゃ!」


 私は『ひぃぃぃ!』と情けない声を出してしまいます。

 リスさんもどきは体格差など気にしないようですね。


「ジャ!!」


 ついにリスさんもどきがユーリさんに飛びかかりました!


「にゃにゃにゃー!!」


『ユーリさん危ない!!』と叫んだ時、ユーリさんの足蹴りがリスさんもどきにクリーンヒット。


 リスさんもどきは空に向かって飛んでいき、見る見る間に小さくなっていきます。


 そして、きらーんと、空の彼方に消えてしまいました。

 ユーリさん、強いです!


「にゃんにゃんにゃー」


『ありがとうございます』と言うと、ユーリさんは私の隣に座り、私の頭を撫で、「助かったよ、知らせてくれて」と言いました。


 いえいえ、そんな、私の命も危ないところでしたから。でも、撫でて貰えてよかったです。


 そしてそのまま寝袋を片付け、朝ごはんを済ましたあと、「さて、目も覚めたし、出発するか!」とユーリさんは立ち上がりました。

「にゃん!」


『ですね!』と言うと、ユーリさんは楽しそうに目を細め、私を抱き上げます。


 なんだか、すっかり定位置のようになりましたね。ユーリさんの腕の中が。


 ちょっとの恥ずかしさも感じながら、私はユーリさんにそっと身体を預けるのでした。

 暖かいですね〜。



 こんな風に、夢の中で遊んだりと楽しいことや、リスさんもどきに襲われそうになったりとハプニングがありましたが、一週間ほどでユーリさんが目指していた村に到着したのでした。

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