第4話:か、かか間接キッスですか!?

 目を覚ました私に、爽やかな草の香りをはらんだ風が吹き付ける。

 元気に生きているって幸せだな、と思い、草の香りを猫の胸いっぱいに吸い込む。


 さて。


「なぁーう?」


『ここはどこですか?』

 私は、先ほどまでいた茶色い地面の上ではなくて、夕日に照らされた草原の上にいました。

 もちろん、ユーリさんの腕の中でもありますよ。


 私の鳴き声に気づいて、腕の中の私を見下ろすユーリさん。


「あぁ、起きたのか」


 ユーリさんは夕日に照らされて、オレンジに染まっています。顔の彫りは深い方ではないので、くっきりと影ができたりはしていませんね。その彫りの深さは日本人的ですね。今きづきました。

 そんなちょうどいい高さの鼻、スラリと切れ長な目、優しく綻んだ口許。



「にゃんにゃー」


『眼福ですねー』

 私は本人に通じないのをいいことに、思ったことを口にします。まぁ、勘違いされるでしょうが。


「ん?まんまか?」


 はい、予想通り勘違いですね。


 ですが勘違いするにも、まんまってユーリさん……。

 でも、そうですね、お腹すきました。

 私はコクコクと頷きます。


「そっか、じゃあちょっとまっててなー」


 そう言って私を下ろし、リュックを漁るユーリさん。


 うーん、私はこの話し方をするユーリさんの方がフレンドリーな感じでいいと思いますね。

 お仕事とはいえ、少し硬くなりすぎです。

 オスロさんの言う通り、真面目な人なのでしょう。


 そんなユーリさんはリュックの中から魚の干物を取り出して私にくれました。


「ほら、村の人たちが長持ちするから旅のお供にって、くれたんだ」


 私は両方の前足で受け取り、「にゃうん」とお礼を言います。


 私の寝ている間にそんなことがあったんですね。


 ユーリさんは人気者のようでしたから、それはそれは盛大なお見送りだったのでしょう。

 恥ずかしながら、私は爆睡していましたが。


 それはさて置き、魚の干物は日本でいうアジの開きみたいな感じで、子猫には少し大きめでした。

 素材の味が楽しめてとても美味しかったです。猫だからでしょうか、とても香り豊かに感じました。


 私は半分ほど食べたところでお腹いっぱいになりました。

 そのまま持って行くこともできないので、ユーリさんに残りを返します。


「ふにゃふにゃん」


 なにか硬そうな物をかじっているユーリさんを咥えた干物で突っつき、それを差し出します。

『預かっていてください』と。


 ですが、まぁ、伝わるはずがありませんよね……。


「俺に、くれるのか?」

「にゃにゃ?」


『そうきますか?』

 確かに、預かってくださいとはならないと思いましたが……そう飛躍ひやくしますか。

 ですが、ユーリさんが目をうるうるとさせて喜んでいるので良しとしましょう。

 なんだか可愛い人ですね。


 そう思っていたのですが、私から干物を受け取ったユーリさんはなんと、その干物に齧り付いてしまったのです。


 びっくりです。リュックにしまうと思っていましたから。

 ですが、ペットを溺愛できあいするあまり、ペットのえさを味見してみる、という飼い主さんもいるそうですから、ユーリさんは異常ということはありません……よね?


 ただ、私はペットと間接キスするのはちょっとどうかな……と思いますね。


 間接キス?


 はっ!!


 ユーリさんをちらりと伺うと、目を細めながら、バリバリといっちゃってます。

 つまり、時すでに遅し。


 私は、ユーリさんと、間接キスしちゃいましたーー!!


 きゃあーーーー!!


 ぼっと、身体に火がついたように熱くなる。

 今の私が人間だったら真っ赤なカニさんみたいになっていることでしょう。

 とっても恥ずかしいです!


「にゃにゃにゃにゃにゃー!!」


『お花を摘みに行ってきます!!』

 すみませんユーリさん!少し席を外しますね!!


 草原を走り走り、一番近くにあった木の陰に隠れます。


「にゃ…にゃ…にゃ…」


 ニヤニヤしているのではありません。息切れしているのですよ?


 確かに嬉しくもありますが!


 おっと、いけない。心が乱れた時はまず深呼吸ですね。


「すぅー、にゃー、すぅー、にゃー、すぅー、にゃー」


 大丈夫です、もう落ち着きました。

 まだ、身体が火照ほてっているような気がしますが、走ったことで体温が上がった、ということにします。


 では、本当にお花を摘みに行ってきますので。




 ♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢




 ただいま戻りました。


 では、ユーリさんのところに戻りましょうか。


 木の陰から出て、ユーリさんをそっと伺います。


 ユーリさんはその場に座り、またなにやら硬そうな物を齧り始めていました。

 近づくと、私が帰ってきたことに気づき、手を振ってきます。


「やっぱり帰ってきたか。動物は一度楽にエサが手に入るとその味をしめるからな〜」


 ニヤニヤと悪戯いたずらな笑みを浮かべるユーリさん。なんだか楽しそうですね。


 ですが、食べ物を恵んでくれるから付いていく、というのは否めませんね……。

 人は図星を突かれるのが一番嫌だと聞いたことがあります。私は猫ですが、その例外ではないようです。


 私がぷいと顔を背けると、ユーリさんは「悪かったよ、ほら、おいで」と、両手を広げてきました。


 ちらりと視線を向けると、困ったように眉を寄せているユーリさん。

 あぁ、引力が……吸い込まれますぅ。


 結局、抱っこされる私でした。


 まだ少しドキドキしますが、だんだんと慣れてきていています。

 イケメンの抱っこに慣れるなんて、とても贅沢なことですね。


「そんじゃあ、今日はここで野宿するかー!」

「にゃん、にゃにゃんにゃ!」


『野宿ですか、楽しそうですね!』

 なんだかピクニックみたいです!


「なんだか楽しそうだな、お前。野宿は楽しいものじゃないぞ?草原で無防備に寝るわけだから、いつ襲われるか分かったもんじゃない。ろくに寝れやしないんだからな?」

「……」


 そうでした、ここはファンタジーな世界でしたね。いうなれば、サファリパークのど真ん中で野宿するようなものなんですね……。


 そんな世界を一人で生き抜いているなんて、ユーリさんはすごいです。

 私、この人に拾われてよかったです。


「んじゃあ、ちょっと待っててな」


 そう言ってユーリさんは私を下ろし、リュックから、私より少し大きいくらいのボンレスハムのようなものを取り出しました。食べ物ではないようですが、丸められているのでなにかはわかりません。


 それがバサッと広げられて、ようやくわかりました。

 寝袋ですね。


 ユーリさんは広げた寝袋のなかに、ズボンを履くように入っていきました。


 そしてゴロンと横になり、「おいで」と手招きします。


 いやいや、それはさすがに……。

 私だって、乙女ですから?

 そんな、男の人の寝床に入るなんて……。


 ですが、私は人間でなく、猫です。

 猫ならそのくらい許されるんじゃないですか?


 私は乙女、今は猫、という二つの考えがグルグルと、メリーゴーランドのように頭の中をめぐり続けます。


 二つの考えは拮抗きっこうを極めました。


 そこにユーリさんの誘惑ゆうわくが加われば、どちらに傾くかは、考えるまでもないでしょう?


 結局、喜んで寝袋に飛び込みました。はい。


「お前は猫なんだから、物音に敏感びんかんだろ?なにか不審な物音が聴こえたら起こしてくれな」

「にゃにゃ!?」


『私頼みなんですか!?』と言いました。


 ユーリさんは、私のツッコミをスルーして、穏やかな顔で目を閉じ、眠りにこうとしています。


 なんだか私、信頼されてますね。

 ですが、困りましたね。

 今私は、寝袋の中のユーリさんの腕に抱かれ、顔だけを寝袋から出しています。


 そして、もうすでに、いしきが、うすれてきているのです。


「うにゃーあ」


 それではみなさん、おやすみなさい。


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