第3話:ファンタジーですか!?
ユーリさんは、私を抱えたまま何処かに向かって歩いて行きます。
何人かとすれ違い、挨拶を交わしながら、この村の広場と思われる場所を抜けて、点在する家々を2、3件過ぎたところで目的地に到着したようです。
そこは、病院の8人部屋ほどの大きさと、質素ですが、どこか
私のような素人が見ても、どうやって組み立てたのかがわかる板張りの家ですね。
だけど、きちんとここに建っている。そこに逞しさを感じるのだと思います。
ユーリさんも同じように感じたようで、「逞しい家だ……」と呟いています。
コンコンコン、とユーリさんは戸をノックし、「ユーリです、怪我の治療に来ました。お邪魔してもよろしいでしょうか?」とお仕事モードで言いました。
すると中からは、「ユーリ先生か! 入って来てくれ!」と返って来ました。
「では、失礼します」
あれれ? 怪我人の部屋に入るのに私も一緒でいいのでしょうか?
そんな不安をよそに、ユーリさんは片手でですが、礼儀正しく戸を開けて中に入ってしまいます。私も一緒に。
部屋は窓がないせいで薄暗くなっていて、灯りを確保するために付けられた
なんだか、儀式めいた感じですね。
夜目が利く猫の目を利用して部屋の様子を伺います。
中にも板が一面に張られていて、中央には敷かれたゴザの上に人が寝ています。
それに、外側からは分かりませんでしたが、この家はなかなか
寝ている人は男性。
薄い布を羽織っているのですが、その上からでもわかるほど筋肉が浮き出ています。
まさに筋骨隆々って感じですね。
家とは違う意味で逞しい主人です。
ユーリさんは寝ている男性に近づく前に、私をそっと下ろしました。
「今からこの方を治療するので、大人しく待っていて下さいね」
お仕事モードの延長なのでしょうか、ユーリさんは私にも畏まった感じでそう言いました。
とりあえず、招き猫のようにポーズを取り、固まっていると、「良い子です」と言って頭をポンポンっとしてくれたのですが……それが私の心を大いに乱してしまいました。
頭ポンポン頂きましたぁーーー!!
最近、頭ポンポンが話題になったニュースを見て、いーなって思ってたんです!
ありがとうございます!
ユーリさんは柔らかく、切れ長の目を細めて二、三度、頭をポンポンしてくれました。幸せです。
今の私はまさに
私は猫の目をうっとりと細め、寝ている男性の下に向かっていくユーリさんを見送りました。
「オスロさんは足をやられたんでしたね」
「そうなんじゃよ。普通ならあんな奴等に遅れはとらんのだが、今回の奴らはなかなか骨があってな……。出鼻を挫かれたわい」
「その話は他でも伺いました。今回、怪我人が多い理由はそれで間違いないですね」
え? なんですかこの物騒な会話は!
オスロさん! 足をやるってなんですか!? 奴等に足をやられたってなんなんですか!?
さっきまでうっとりしてた私ですが招き猫のままで目を見開きましたよ!
私のうっとりを返してくださいよ!
なんて心の中で暴れました。
ユーリさんに『大人しく待っていて』と言われたので身体は大人しくしているのです。
そんな私の怒りなどいざ知らず、ユーリさんは治療を進めていきます。
「それでは患部を見せて下さい」
「見せるも何も無くなってるんだけどな」
そう言ってワハハと豪快に笑うオスロさん。
無いって、何……?
少し気になったのですが、見えるのはユーリさんの背中とオスロさんの腕だけ。
肝心の足はユーリさんの背中に隠れてしまっています。
「なるほど。では治療を始めます」
「頼む」
ユーリさんが治療を始めると言ってすぐ、部屋には優しい風が起こって、蝋燭の火が消えました。
その後、部屋を照らす神秘的な、青白い光が。
それはまるで、月の光が目の前に降りてきたようでした。見ていると心が落ち着きます。
綺麗……。
しばらく続いたその青い光が唐突に消え、再び蝋燭に火が灯されました。
今のは一体なんだったんでしょうか?
ぼーっとしていると、急にオスロさんが立ち上がり、「助かったよ。お主の治療魔法は噂通り、まさに時間を巻き戻すかの如くじゃな!」と言いました。
「そんな、大袈裟ですよ。流石に僕でも時間を巻き戻すことは出来ませんよ」
「例えじゃよ例え。真面目な奴じゃのう! まぁ、それも味というやつか!」
オスロさんはまた、ガハハと豪快に笑いましす。
私は豪快に笑っていませんが、豪快に目を見開いてはいます。
今、魔法って言いませんでしたか!?
もしかして、ここはファンタジーな世界なんですか!?
剣と魔法が織り成すファンタジーな世界なんですか!?
ものすごく驚いていますが、今の私は大人しい招き猫。問いただしたい気持ちをぐっと抑えます。
「今回の治療費はいくらだ?」
「そちらで決めてもらって結構ですよ」
「つまり、無料でもいいってことなのか?」
「はい」
ユーリさん、それは凄いです。
ボランティア精神に溢れた、素晴らしい値段設定です!
ですが、それで生活していけるのでしょうか?
私のそんな疑問はすくに払拭されます。
「こんなに完璧に治療してもらっておいて、一銭も払わないってのはねぇな。ほらよ、これが俺の限界じゃわ」
チャキン。
オスロさんが、何か金属音のする巾着をユーリさんに手渡しました。多分お金ですね。
なるほど。ユーリさんの治療に感銘を受けた人がお金を払っているのでユーリさんはこれまでやってこれたわけですね。納得です。
「ありがとうございます。では、僕はこれで失礼します」
「おう! 助かったよ、ありがとう」
「いえいえ、病人や怪我人を治すのが僕の仕事ですから」
そんなカッコいいことを言った後、ユーリさんは固まったままの私を抱き上げ、部屋を出ました。
さて、もう動いていいみたいなので質問タイムといきましょうか。
「にゃあにゃあ――にゃーあ、にゃにゃにゃにゃ――にゃーあ、うにゃあにゃにゃにゃ? にゃんなん!」
『奴らに足をやられた――だとか、治療魔法だ――とか、一体それはなんのことなんですか? ここはファンタジーな世界なんですか? 教えてください!』と言いました。
ユーリさんの腕の中で、前足をバタバタと動かし、必死さをアピールします。
伝わらないことはわかっていますが、どうしても我慢出来なかったのです!
するとユーリさんは、「なんですか?」と言ったあと、小声になって、「もしかして俺が他人の前じゃあお前によそよそしいこと怒ってんのか?」と、耳元で言いました。
綺麗な声と、整った顔立ちがあまりに近いので、少しゾクゾクしてしまいました。
が、やはり全然通じてないようですね。
これはもう諦めるしかないのでしょうか。
そう思い、前足をぱたりとユーリさんの腕に置きました。
「そうか、でも、人前では我慢してくれよ。その、恥ずかしいんだよ」
そう言って照れているイケメン。眼福です。
何も教えてくれなくても許します。はい。
私はそのまま、ユーリさんに身体を預け、寝てしまうことにしました。
やはり、ユーリさんの腕の中は落ち着きますね。
そして何より、猫は1日に18時間を睡眠に費やす生き物なのです。特に子猫は。
「うにゃーん」
では、おやすみなさい……。
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