第2話:アゴくいですか!?
どうやら寝ている間に、男の人の家に着いたようですね。
目を覚ますとベットの上でした。
あの人は人を……じゃなかった猫を眠りに誘い込む不思議な成分でも放出しているんでしょうか。
ぐっすり眠ってしまい、下されてもまったく気がつきませんでした。
くぁ〜〜っと我慢出来ずにあくびを一つ。
「おーい、ご飯だぞー」
「んにゃ……?」
目を開けると、ドアップのイケメンが目の前に。
「んにゃ!?」
ビックリして跳ね上がると、ベットが身体を揺らします。
驚いて跳ねるなんて驚きすぎ?
そりゃあ驚きますよ。だって目覚めたらいきなりイケメンですよ?
ですがこの人は、「遊びたいのかにゃ? でもご飯食べてからな?」と全く違う受け取り方をしてしまいました。
……色々とポジティブに受け取る節がありますね。
世の猫好き飼い主はだいたいこんな感じなのでしょうけど。
でも、嫌な感じはしません。
なんといいますか、この人の穏やかなオーラというか、朗らかな雰囲気というか、そんなのが原因でしょうか。
さて、男の人がご飯といってくれたのは一匹の魚でした。
小皿に添えられたそれの大きさはまさに、猫の額ほど。
焼き魚の香ばしい香りが空腹な私の
「ここの宿の人が、『雑魚が取れたから連れに焼いてやるよ』って、焼いてくれたんだよ」
男の人は、木で作られた四本足の椅子に腰かけ、そう言いました。
ここは宿なんですね。
それに、ここの宿の人は優しい人ですね。お腹が減っていたのでありがたいです。
そういえば私は転生したといっても、生まれ変わりとは少し違い、私の『猫としての母親』はいませんでした。
変な感じですね。転生ではなく転移って形にしても、姿が変わってますから。まぁ、元気な体にしてくれたのでとってもありがたいんですけどね!
それでこのご飯なんですが、私の大きさはまだ生まれたての子猫みたいなものなので、小魚一匹でも十分な量の食事になりました。
美味しかった上にお腹いっぱいで幸せです。
そして食べ終わった後は……。
「にゃ、にゃー!』
『さぁ、遊びましょう!』
お腹が
寝ないのなら遊ぶ、それが猫なのでしょう、私はすごく遊びたい気分です!
私は座っている男の人のズボンの
男の人は「食べ終わったのか?」と小皿を見やり、「完食か、えらいにゃ〜」と言って頭を撫でてくれました。
えへへ、褒められましたよ私。
「じゃあ遊んでやるからな〜」
男の人はそう言って、机の上から王道のアイテムを手に取りました。
猫じゃらしですね!
「ほれほれ〜」
「にゃんにゃんにゃんにゃん!」
猫の本能に任せ、右に左に猫パンチ!
時には飛びついたりなんかしちゃいますよ!
自由に身体が動かせるって気持ちいいですね。私、猫になれてよかったです!
私は動ける幸せを感じながらしばしの間、遊び続けます。
ですが何事にも終わりは訪れるもの。
植物の猫じゃらしなので、乱暴に扱いすぎた私は、たちまちそれらを壊してしまいました。
ふにゃふにゃになったり、ケバケバになったりした猫じゃらしを見て、私は少しいたたまれない気持ちになります。
「結構摘んできたんだけどな〜。ヤンチャな奴だにゃ〜お前は」
そう言って彼はゆっくりと私に手を伸ばしてくる。
スラリとしていて、とても綺麗な長い指。
こんなに綺麗だなんて、今までは上から撫でられていたので気づきませんでした。
私はそのままうっとりと眺めてしまいます。
そして男の人の手は私のアゴに到達し、――アゴをくいっと。
え!? まさかまさか、これが世に言うアゴくいってやつですかぁぁぁーーー!!??
そして男の人はそのまま顔を近づけて、「かわいいなぁ〜ほんとぉ〜」と、まさに猫なで声。
アゴを優しく、撫でてくれました。
「ゴロゴロ……」
アゴを撫でられるのってこんなに気持ちいいんですね。
いきなりのアゴくいで興奮……いえ、ビックリしちゃいましたが、アゴを撫でられていたらすぐ落ち着きました。
そして、遊び疲れたのもあって、そのまま……。
「にゃうぅん……」
あくびをして寝ちゃいました。
♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢
「にゃーにゃうー」
『どこに行ったんですかー』
朝目を覚ましたら、部屋のどこを探しても男の人が見当たりません。
寝ていたベッドから飛び降りて、ベッドの下、テーブルの下、椅子の下、など、猫が探せる場所をしらみ潰しに探し回りました。
でも、あの人は見つかりません。
もしかしたら私、拾われて早速捨てられちゃいましたか?
そう考えると、とても悲しい気持ちになりました。
だって、生まれて初めてできた遊び友達だったんですから。
「にゃーにゃう……」
どこに行ったんですか……。
耳も尻尾もぺたりとなり、部屋の出口であろう扉の前で座り尽くします。
するとガチャりと扉が開き、男の人がやって来てくれました!
「にゃうん!」
『どこいってたんですか!』と言うと、男の人は悪びれもせず、「起きてたのか、ごめんごめん」と言いました。
でも、今回は上手く私の言いたいことが伝わったようでなによりです。
ん? 何やら甘い匂いがしますね。
この匂いは、何度か学校で嗅いだことがある匂い。
牛乳ですね!
男の人は手にスープ皿を持っています。その中に牛乳が注がれているのでしょう。
ことりと置かれたお皿にはやはり牛乳が。
「ほら、朝ご飯に牛乳をもらってきたよ」
「にゃん!」
『ありがとうございます!』と感謝を告げ、私は牛乳を飲もうとします。
ですが、手でお皿を持とうとしても、私は猫なのでもちろん無理です。
そこでどうすればいいか、猫の本能が教えてくれました。
私は顔をお皿に近づけて、ペロペロと牛乳を舌に絡ませて少しずつ飲みました。
おいしい!
飲み終わるのに、私が思っていたよりも時間はかかりませんでした。
さて、飲み終わった後は、遊びましょう!
遊びに男の人を誘おうとしましたが、そこでふと思いました。
男の人は多分高校生くらいの年齢。
普通ならここで学校に行ったりするものですよね?
もしかしたら今日は日曜日でしょうか?
そんなことを考えていると、まるで私の疑問を察したかのように、男の人は「さて、仕事に出かけるか」と言いました。
そんな歳で働くなんて、殊勝な方ですね。
男の人は机の上からリュックを取って背負います。
あれ? もしかして私、男の人が出掛けている間は独りぼっちですか?
いや、もしかしなくてもそうですよね。
なんて考えて、耳も尻尾もペタりと下ろしていると、男の人が、「お前も一緒に行こうな」と言って私を抱き上げました。
連れて行ってくれるのは嬉しいんですけど、仕事場に猫なんかいいんですかね?
それに私はこの人に抱っこされるのには少し抵抗があります。
撫でられるのはまだ『嬉しいな』で済むんですけど、なんせ美形ですし、私は人間の、それも乙女の心を持ってますから。
少し刺激が強いんですよね。
それでもこの人の安心させられるオーラに包まれ、私は大人しく抱っこされてしまうのです。
男の人は片腕に私を抱き、宿の人に挨拶をして外に出る。
すると外には、驚きの光景が広がっていました。
アスファルトでも、コンクリートでも、
まばらに立ち並ぶ家々の壁は
屋根は流石に木でできているようですが。
さらに、歩いている人は、質素な感じの布の服を着ています。たまに見た時代劇の村人服みたいな感じですね。
その内の一人、男性の方が近づいてきて、私を抱えている男の人に話しかけました。
「よぉ! ユーリ先生! 怪我人もあと少しだから、頑張ってくれよ!」
この人はユーリさんって名前だったんですね! 知られてよかったです。
「先生はやめてくださいよ、恥ずかしい」
「またまた〜、ユーリ先生は!」
そういって男性の方はユーリさんの肩を叩き、去っていきました。
怪我人に、先生ってことはお医者さんなのでしょうか?
それよりも、皆さんが喋っているのは日本語のはずなのに、ここはまるで室町時代の村みたいな古い建築の建物ばかりです。
日本にまだこのような生活をしていらっしゃる方々がおられたということでしょうか。
初めはこんな風に考えていた私ですが、ユーリさんの仕事を見て、すぐに考えを改めることとなるのですが、それはちょっとだけ未来の話ですね。
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