第12話:悩殺ですか!?

 ルナさんたち家族はユーリさんにお礼を言った後、仲良く一階に降りて行きました。今は一階のダイニングで談笑しています。


 家族水入らずの時間を邪魔してはいけないので、私とユーリさんはいつも通り村人たちの治療に出かけました。


 小さな怪我から病気に繋がるんだと言ってユーリさんはどんな怪我でも見逃しません。

 まぁ、感染症って怖いですからね。


 日が暮れて、村がオレンジ色に染まり始めた頃に屋敷に帰ります。

 治療状況はと言うと、そんな感じなので村人たち全員の治療を終えるのにはまだ時間がかかりそうな様子でした。


 屋敷に帰ると、ルナさんがお出迎えしてくれました。

 そのまま、ルナさんと一緒にダイニングへ向かいます。

 そこには、夕食の時間がしてありました。


「ユーリさん、今日から私も食事に参加しますの」


 私たちを案内したルナさんは振り返り、そう言って微笑みます。振り返った時に、金の糸の様な髪がひらりと宙に舞い、どこか幻想的な雰囲気を醸し出していました。

 綺麗な人です。


「そうですか、それは楽しい食事になりそうですね」


 ユーリさんもにこりと笑いかえします。

 見た目の良さではユーリさんも負けてはいません。

 そんな二人のやりとりを見ている私の目には、なにか、空気にキラキラと輝くものが見えたほどです。


 ダイニングには、一つの大きなテーブルがあります。

 大きな、と言っても卓球台二つ分が横に並んだくらいのものです。普通の家庭からしたら十分大きなサイズですよね?


 そんなテーブルに、セドルフさんとマリーさんが隣り合って座り、その対面に私を膝に乗せたユーリさん、ルナさんが座っています。


 そこまでは普通だったんですが……。

 きょろりと横を向くと、目と鼻の先にはルナさんの、青いリボンで結ばれたくびれの部分が。

 そうです。距離です。距離がおかしいんですよ。


 セドルフさんとマリーさんがぴったりくっつく様な距離なのは納得できますね。今やラブラブ夫婦なので。

 ですが、ユーリさんとルナさんが同じ様にぴったりくっついているのはどういうことなんでしょうか?


「全員揃ったな、それでは頂こうか」

「そうですね」


 セドルフさんとマリーさんは何の疑問も抱かずに食事を始めてしまします。

 そして、当のユーリさんまでもが気にしていない様子です。

 気にしているのは私だけですかね?


 まぁ、そんな感じで四人と一匹(私)の食事は始まりました。


 ユーリさんが自分の食事を摂りながら、テーブルの上に置かれている私用の魚を食べさせてくれます。

 あ、この魚美味しい。淡白ですが、しっかりと旨味が凝縮されていますね。焼き目の香ばしい香りもたまりません……。


「ユーリさんはいつ頃までこの村にいますの?」


 と、私が魚を味わっているうちに、ルナさんが言いました。ちょっと気になるので耳を傾けます。


「そうですね。まだ村人の五分の一程しか治療できていないので、あと一週間と少しくらいですかね」

「そうですか、あと一週間ですの……」

「一週間がどうかしたんですか?」

「あ、いえ。なにもないですの」


 はは〜ん。わかっちゃいましたよ〜?

 ルナさん、ユーリさんにあれですね?ほの字ってやつですね〜?


「にゃぁにゃぁ」

 ニヤニヤしたわけではありませんよ。

『一筋縄では行きませんよ』と言ったんです。

「ぶふっ!!」

 それを聞き取ったルナさんはむせています。あぁ、やっぱりですね。


「大丈夫ですか?」


 席が近いのを利用して、ユーリさんはルナさんの背中をさすってあげています。


「けほっ。すみません。大丈夫ですの」


 むせたのが恥ずかしいのか、それともユーリさんに触れられて恥ずかしいのか、どちらにしろルナさんの顔は真っ赤です。

 楽しそうなのであとで相談に乗ってあげましょう。恋話は女子の好物ですよね?


 ここでふと、目の前で繰り広げられる娘の色恋をどう見ているのかなと思い、セドルフさんとマリーさんを伺ってみると、ルナさんがむせたのに気づかない程、二人でいちゃこらしてましたね。


 その日の食事は少し甘すぎました。砂糖成分が空気中に溢れていたんです。きっと。


 そして食事が終わると、私はルナさんにお風呂に誘われました。

 ユーリさんはセドルフさんと部屋の入れ替えです。これから、セドルフさんとマリーさんはレナードさんの部屋で寝たいそうです。

 その為に寝具の移動ですね。

 お熱いことに、ダブルベッドだそうですよ?


 ですが、私の年齢はそこに食いつくにはまだ早い領域なのでさて置き、まずはルナさんの相談ですね。


 ユーリさんはいつも私をお風呂に入れたがるのですが、さすがに––––男の人と一緒に裸は––––ダメですよね?

 なので今までは逃げてきたのです。


 ルナさんとなら、女同士で何の問題もありませんから、大丈夫です。

 これを機に、身体を洗って貰いましょう。

 そんな企みを胸に、ルナさんについて行きます。


「そう言えば、あなたの名前はなんていうんですの?」


 お風呂に向かっている時、唐突にそう聞かれて思い出しました。


 そうでした。この世界に来てから私は誰にも名乗っていませんでしたね。

 家族から貰った大切な名前ですから、大事にしないと。


「にゃーにゃ」


『愛美です』と名乗ると、ルナさんは「いい名前ですね」と褒めてくださいました。

 自分の名前を褒められると嬉しいですよね。


「にゃんにゃんにゃ?」

「私の名前の由来ですの?そうですね……また今度聞いてみますね」


 そんな感じで、名前について話していると、いつの間にかお風呂場に続くドアの前に、私たちはいました。


 そしてルナさんがそのドアを開けてくれます。私は猫ですからね、一人では開けられないのです。


 中は脱衣所。

 四角い、ボックス式のロッカーがあって、奥にお風呂場へと続く引き戸があります。


 ルナさんは早速服を脱ぎ始めます。

 ルナさんの着替えを待つ私の側で、ルナさんが服を畳んで、ロッカーの中に服を入れます。

 その間にちらりと見えたルナさんの身体。


 それはもう、『凄い』のひと言でした。

 ルナさんは子どもなんかじゃなかったんですね……。立派です。

 でるところはしっかりとでて、ひっこむところはしっかりとひっこんでいます。


 あれを見ると、夢の中の私なんか慎ましやかで子どもみたいなもんですよ。

 あ、無いわけでは無いんですよ!断じて!


 自分の胸のあたりを見て固まっていると、ルナさんに抱き抱えられました。


「ふふっ、愛美さんの毛がくすぐったいですの」


 そう言って裸で身をよじるルナさん。え、エ……可愛いです。


「にゃーにゃん?」


『それをユーリさんに見せたらイチコロですよ?』と言いました。

 最近、猫言葉の扱いにも慣れてきて、短い言葉で沢山の意味を表せられるようになってきました。

 それもしっかり、ルナさんには伝わります。


「な、なななんてこというんですの!!」


 と言ってルナさんは私をパッと離してしまいます。


 にゃんと。ぱらり。

 猫の運動神経は素晴らしいもので、いきなり宙に投げ出されても綺麗に着地を決めることができました。


 びっくりするじゃないですか、と着地して見上げたルナさんの顔はバラのように真っ赤でした。

 可愛いですな。

 下ネタ好きのおじさんの気持ちがわかる気がしました。


 ですが、セクハラと言われて訴えられてもいけませんから、ここまでにしておきましょう。


「にゃーにゃ」


 訴えられないように『冗談ですよ』と流しておきます。


「にゃーにゃんにゃ?」


 そして『それより私に相談があるんじゃないですか?』とニヤニヤしながら、お風呂場の入り口に立つ、一糸纏わぬ姿のルナさんに詰め寄ります。


「そうですの。ですが、ここで話すのもなんですから湯船に浸かってからにしましょう?寒いですの」

「にゃーにゃ」


 意外と素直だったルナさんに『そうですね』と答えて私たちは風呂場へと入って行きました。

 少女漫画とかだったら『そ、そそ、そんなわけないでしょ!!』となるところですよね。ルナさんは話が早くてよかったです。


 お風呂は、木造り。

 広さも、四人家族が全員、ゆったりと過ごせそうな広さでした。

 シャワーはさすがにないですが、それ以外、文句無しのお風呂です。


 ルナさんはそばにあった桶で湯を汲み、自分の身体に掛けた後、私にも掛けてくれました。

 お湯加減は絶妙です。


 そして、備え付けてあった石鹸を取り出し、くしゃくしゃと泡を立て始めました。

 植物の爽やかな匂いがする石鹸ですね。


「では、洗いますの。大人しくしてくださいね」

「にゃん」


『もちろんですよ』私は聞き分けのない猫ではありませんから。

 宣言通り、私はルナさんにされるがまま、洗われました。


 さっぱりしますね〜。これからも、ルナさんとお風呂に入れる機会があれば積極的に入りましょう。


 ふわふわの泡に包まれた私を、ルナさんが桶に汲んだお湯で丁寧に流してくれます。


「にゃんにゃ!」

「えぇ!?無理ですの!愛美さんが洗ったら爪で血だらけになりますの!」


 私の身体を洗い終わった後はルナさんの番なのですが、残念なことに爪のせいで私はルナさんの身体を洗えません……。


 私はしょんぼりした気持ちでルナさんが自分の身体を洗い終えるのを待ちました。


 しばらくして『てい、ていっ』と落ちている泡で遊んでいた私に声が掛かりました。


「愛美さん、終わりましたから入りますの」

「にゃん!」


 ざぱーん。

 私たちがお湯に浸かると、温泉ならではの小気味いい音が。


「ふぅ〜」

「ふにゃぁ〜」


 二人してため息。気持ちいいです。

 そして、しばらく湯を堪能した後、恋愛相談が始まりました。


「もうお気づきかもしれませんが、私はユーリさんを好きになってしまいましたの」

「にゃんにゃん?」

「ええそうですの。残りの一週間の間に伝えたいと思ってますの。ですが……それまでに、少しでも仲を深めたいんですの。どうしたらいいんですの?」


 それは、漠然とした問いですね……。


 私は「にゃーん」と唸って、しばらく考え込みます。


 一つ、思い付きました。


「にゃんにゃんにゃ?」

「夕暮れにあのお花畑へ連れて行く、ですか?確かに、あそこは綺麗でいい場所ですね……。わかりました!明日やってみますの!」


 ですが、仲良くなれたとしても、ユーリさんをこの村に引き留めておくのは難しいですね。それを言っておかないと。


「にゃーんにゃ」

「……わかってますの。もし、受け入れてもられるならば、私はあの人に着いて行くつもりですの」


 なるほど。強い気持ちですね。


「にゃんにゃ!」

「はい!頑張りますの!」


 そこからは私の知っているユーリさんのカッコいいところや、すごいところについてルナさんに語り、身体が火照ってきたところでお開きになりました。


「今日は本当にありがとうございました!ユーリさんやあなたと、お世話になって……」

「にゃんにゃん」


『いえいえ、いいんですよ』というと、ルナさんは私を抱きしめ「ありがとうございます」と言ってから、旧セドルフさんの部屋に運んでくれました。

 ふわりとした感触が心地よかったです。


 そして旧セドルフさんの部屋には、私たちがお風呂から上がるのを待っていたユーリさんが。


「上がりましたか。では」


 そう言ってユーリさんは立ち上がり、お風呂場に向かって行きます。


「あの、待ってください」


 そのユーリさんを、ルナさんは引き留めました。

 一体何が起こるんでしょうか。ワクワクしますね。


「なんでしょうか」

「えっと、今日は本当にありがとうございました。あなたのお陰で私は勘違いを正すことができましたの」


 少し、あたふたしながらそう言ったルナさんを見て、ユーリさんはスッと目を細めます。嬉しそうに。


「それはよかったです。ですが、私はあくまで少し背中を押しただけ。こんなに早く仲直りできたのは、あなたの心が綺麗で、素直だったからですよ」


 そう言ってにこりと笑うユーリさん。

 これは……落ちますね。

 ルナさんの気持ちがわかりますよ。


「では」

「あ、待ってください!」


「まだ何か?」


 にこりと笑ったままで振り返るユーリさん。

 対するルナさんは、お風呂上がりのせいなのか、頬が少し赤みを帯びています。大人っぽい。

 ですが、その口から発された言葉は恋愛に奥手な高校生のようでした。


「あの、その……お休みなさい?」


 ふっ、これからですね。なんて思っていると、その後のユーリさんの返しに、悩殺されてしまいました。


「はい、お休みなさい、ルナ。また明日」


 きゃあ––––––!!ユーリさんカッコいい!!

 ていうかルナさん名前呼んで貰ってる!!

 いーな!羨ましいです!私なんかまだ名前呼んで貰ってないのに––––––!!


 そんな私たちの心情を知らないユーリさんは、ポーっとしているルナさんと、悶えている私に首を傾げた後、階段を下りて行きました。


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