第13話:そこで名前を聞きますか!?

 私は今、ユーリさんがお風呂から上がって来るのをベッドの上で待っています。

 一人でさっさと寝てしまうのは、なんだか寂しい感じがするからです。


 それに、待つと言っても、そんなに長くはかかりませんからね。

 男の人は女の子よりお風呂に時間をかけませんから。


 案の定、ユーリさんは20分程で帰って来ました。これは湯船に浸かってませんね。

 まぁ、それは置いといて……。


「にゃん!」

「今日も待っていてくれたのか。ありがとうな〜」


 相変わらず人以外と接する時はコロリと態度を変える、お風呂上がりのユーリさん。私はそんなユーリさんが帰ってくるなり、ジャンプして飛びつきます。

 最近は忙しいみたいで遊べる時間がお風呂上がりしかないのです。

 そしてそれに伴って、フレンドリーユーリさんと接する時間も減っています。


「ははっ、甘えん坊だな〜」

「にゃん?」


『甘えん坊、ですか?』確かに、そうかもしれませんね。前世では思いっきり人に飛びつくなんてできませんでしたからね。

 ですが、それだけでなく、楽しいことが目の前にあるんだから、それを逃さないようにするっていう気持ちもありますね。


 いつ健康じゃなくなるかわかりませんから。


 そんなことが頭をよぎり、しばし固まった私を見て「ん?どうした?」とユーリさんが首を傾げていたので、遊びを再開します。


「ははっ、やったな!」

「にゃんにゃん!」


 こんな楽しそうに笑うユーリさんは、普段の姿からは想像できません。

 この姿をルナさんが見た時、どんな反応をするんでしょうかね?


 そんなことを頭の隅に置きながらも、私はユーリさんと眠たくなるまでじゃれあいました。


「うにゃ〜あ」

「眠たくなったのか?」

「にゃん」

「そうか、じゃあもう寝ようか」


 そう言ってユーリさんは布団に入り、手招きをしてきます。


「おいで」


 と言われたので、いつもの位置、ユーリさんのお腹の上にまるまり、香箱を作ります。


 ここはユーリさんの音や温もりが伝わってきて、幸せな気持ちになれる場所ですね。

 そんな場所ですけど、さすがにルナさんとユーリさんがくっついた後は、ルナさんに譲らないといけません。

 今のうちに堪能しときましょう。


「おやすみ」

「にゃん」


 おやすみの挨拶を交わした後、目を瞑ります。

 ゆっくりとユーリさんの温もりを堪能するつもりだったのですが、落ち着く心臓のリズムと、心地良い匂いがする地肌の上で、私の意識はフライパンに乗せられたバターのように、とろーっと溶けていくのでした。




 ♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢




 さて、夢の中です。

 最近は、夢だとわかる夢、明晰夢めいせきむばかり見ますね。

 そして、周りは決まって白一色。

 私にとって、白は怖い色なんですよ。

 ですから、お願いして変えてもらいます。


「爽やかな風が吹く草原にしてください」


 私がそう願うと、パァーッと色を塗り替えるみたいに、風景が変わっていきます。

 何度やっても爽快な気分になりますね、これは。


 今日は、ユーリさんにお礼を言いたいと思っています。ですから、草原だけでは少し足りません。


「たんぽぽさんに囲まれた、空色のベンチを出してください」


 パッと、元からそこにあったかのように、現れてくれました。

 これです。これに座ってユーリさんとおしゃべりしましょう。


 では、本夢の主役、ユーリさんのご登場でーす。


「ユーリさーん!」


 パッと、ベンチに現れるユーリさん。

 キョロキョロと辺りを見回し、私を見つけると「またか……」と言ってにこりと笑ってくれました。


「またかってユーリさん。そんなこと言うんだったら、もう呼びませんよ?」


 ユーリさんの隣に腰掛け、そうおどけてみせます。


「ははっ、冗談だって。呼んでくれて嬉しいよ」

「本当ですか〜?」


 私と夢の中のユーリはもうすっかり気心の知れた仲です。親友と言ってもいいんじゃないでしょうか?

 まぁ、夢の中の人と仲良くなるっていうのは、すこし寂しい気がしないでもないですが……こんなにリアルなんで、気にしないことにしています。


「本当だって。俺がこうやって素で話せるのはここぐらいだからな〜」


 のんびりと、足をバタつかせながらそう言うユーリさん。


「他の人とも素で話せばいいじゃないですか」

「そういうわけにもいかないんだよ。俺の決め事なんだ」

「なかなか頑固ですね」

「いいだろう?別に。で、そんなことを言う為に俺を呼んだのか?今日は」


 ちょっと子どもっぽく、ぶすっと言ったユーリさん。キュンときます。

 ……少しもったいない気もしますが、本題に入りますか。


「ユーリさん。私のお願い、聞いてくれましたね?」

「あぁ、あれか……」

「ありがとうございます。あの家族が結びつくことができたのは、ユーリさんのお陰です」

「……」


 にこりと笑ってお礼を言うと、ユーリさんってば、目を見開いたかと思うと、ぎこちない、不自然な顔になってしまいました。


 なんですか、その顔は。

 私はユーリさんの目をじーっと見つめ、お尻をずらします。

 すると、ユーリさんはすっとずれて距離を取ります。


 じりっ、すっ。じりっ、すっ。


 あ、おしりだからじりっ、じゃないですよ?にじり寄っているんです。


 じりっ、すっ。じりっ……。


「うわ!」


 ベンチの端まで移動していたことに気づかず、ユーリさんはベンチから落ちてしまいます。


「ふふふっ。ユーリさんってば、ドジですね!」

「お前……っ!」


 ベンチから落ちたユーリさんの顔は、絵に描いたお日様のように真っ赤でした。


「とっても可愛いですよ?ユーリさん」

「か、可愛い言うな!」


 いやいや、とっても可愛いです。


「まぁ、とにかくですね。今日はお礼を言いたかったんです」

「そうか……。で、気は済んだ?」

「まだ、ですね。ユーリさんにお返しをしてませんからね」

「お返し……?」


 黄色いたんぽぽさんの上のユーリさん。頬の赤みも冷めやらぬまま、切れ長の目を瞬かせます。

 その時、ユーリさんの頬を冷ます為の風が吹き、ユーリさんの黒髪を宙に舞わせました。


「俺に、なにかしてくれるのか?」

 そう言って、顔の熱が冷めたユーリさんはベンチに座り直すします。

「はい。なにがいいですか?」

「なんでもか?」


 なんでも、ですか。ユーリさんは欲張りですね。

 さすがになんでもは無理なのでそう言っておきましょう。


「さすがになんでもは無理ですよ。私にあげられそうな物でお願いしますね」

「……うーん」


 ユーリさんは整った眉の間に皺を寄せ、しばらく考え込んでしまいました。

 欲しい物がないんでしょうか?




「よし、決めた」

「やっとですね。では、なにが欲しいんですか?」

「名前……名前を教えてくれないか?」

「名前ですか!?」


 名前、なんて普通に聞けばいいものなのに。どうしてわざわざここで聞いたんでしょうか?

 すると、私の表情筋が勝手に質問していたようで、それにユーリさんが答えてくれました。


「女神だって名前があるだろう?ビーナスとか、アフロディーテとか」


 あぁ、なるほど。そういえばユーリさんは夢の中の私を女神だと思っていたんでした。

 それで女神様の名前は高貴なものだと思い、今まで聞かなかったのでしょう。

 なんか、申し訳ないです……。


「私の名前は愛美、です」

「愛美……。いい名前だな」


 私の名前を聞いたユーリさんは、ふわり、と微笑んでくれました。

 そして、自分の名前を褒められた私も、微笑んでいました。ニヤニヤじゃないといいんですけどね。


 しばし嬉しい気持ちに浸っていると、風で飛ばされて来た、たんぽぽの花びらがユーリさんの前髪に掛かりました。


「あ、ユーリさん」

 私はそれを取ろうと、手を伸ばします。

「あ、ちょっと愛美……! 近い!」

「髪に花びらが付いているんですよ」

 座っても頭一つ分私より高いユーリさんを見上げながらそう言います。


 すると、あとほんの少しで届きそう、というところで不穏な、地響きのような音が聞こえて来ました。


 ドッドッドッドッ。


「なんの、音ですか?」

「音……? なにも聞こえないけど」

 そう言って自分で前髪を払うユーリさん。

「そうですか?」


 だんだん小さくなっていくのですが、耳を澄ましてみると、まだ音は続いています。なんの音か気になります。


「ユーリさん。いきなりで申し訳ないのですが、今日はこれでお開きに」

「えあぁ。またな! 愛美!」

「はい! また今度!」


 そう言って、私はユーリさんの上で目を覚ましました。

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