第23話:幸運の象徴と、希望

「ルナ」

 精一杯、真面目な顔をしてルナを見つめる。すると、ルナも俯かせていた顔を上げ、見つめ返してきた。


 目が合った後、ルナはゆっくりと首を振る。

「ダメですの。ユーリさん」

「え?」

「順番が違いますの。まずは愛美さんを助けてから、でしょう?」


 眉の両端を少し下げながらルナは微笑む。

 ルナがそう言ってくれるんだったら……。


「ありがとう、ごめんな」

 俺も同じように微笑もうとしたけど、上手く顔が動いてくれなかった。

「そんなことより、早く行きますの」

 そう言ってルナは先々と進んで行く。サリエバさんに至っては、もう祠の中だ。


 ルナに叩かれた後の頬を、自分でもピシャリと叩き、小走りにそれを追いかける。頬に当たる風が少し痛かった。



 祠の中は松明の火が仄暗く照らしていた。サリエバさんが付けてくれたのか、もともと付いていたのか。


「さぁ、にぃちゃん」

「ユーリさん」


 おそらく祭壇であろう、石造りの台の側に立つ二人が、荘厳な面持ちで俺を見つめている。頷き、祭壇の前に立つ。


 背中に背負ったリュックを下ろし、中から愛美を抱え取る。

「もう大丈夫だからな」


 祭壇の上に、愛美を横たえる。


「神様!言われた通り祠まで来たぞ!早く愛美の身体を治してくれ!」

 祭壇の上にあった月のような円盤を神様の顔に見立てて叫ぶ。すべての根源である神様にはたとえ年上でも敬語なんて使わない。


『よく来ましたね、ユーリ。そしてルナ、サリエバ』


 頭上の円盤が薄く光り、音の振動と共に、ぽあぽあと薄く点滅する。そして、声もそこから聞こえる。


「愛美は大丈夫なのか?」

『一度魂が散り散りになりかけましたが、何とか、持ち直しました』


 ギリギリだったのか……。ホッとするよりも、もしルナたちが来てくれていなかったら、とそう考えてしまう。ドクドク胸が震える。


「じゃあ早く愛美を!」

『わかっています。それでは、愛美の身体を作り替えます』


 神様がそう言うと、祭壇に寝かせた愛美が輝き始めた。そして瞬く間に輝きが増していく。


「うっ……!」

「きゃ!」

「うわっ!こりゃすげぇ!」


 その上風が起きないはずの地下で、祭壇を中心に嵐のような風が吹き荒れ始めた。

 ゴォォという轟音と凄まじい光量に襲われ、目を開けていられない。


 吹き飛ばされる程の風じゃないけど、踏ん張らないとこけそうなくらいの風にしばらく耐える。


 瞼を透過してくる光りが和らいだと同時に、風も止む。


 ドクドクドクと、今度は期待に胸が高鳴る。


 愛美……!


『目を開けるのは少しだけ待ってください?』

「えっ?」


 目を閉じたまま上を向くと、ばさりと何かが羽ばたくような音が聞こえた。


『もういいですよ。苦しい思いをさせてすみませんでした。愛美にもそう––––』


 最後まで聞くつもりはなかった。

 目を開けて、祭壇に飛びつく。ルナも同じ気持ちになっていたようで、俺の隣に飛びついていた。その時一瞬、祭壇が入ってきた時よりも明るくなっているような気がした。


 そして、祭壇に横たわる愛美を見つめる。


「愛美!」

「愛美さんが人型になってますの!」


 祭壇の上にはあの夢で見た、夢にまで見た愛美の姿があった。

 姿が変わったばかりの愛美には毛布が掛けられていて、それがすぅすぅ、と規則正しく上下している。その穏やかな寝息に、先程までの緊張がすべて吸い込まれてしまい、自然と笑みが零れる。


『愛美は先程まで、魂が連れて行かれそうになる恐怖に頑張って耐えていたんです。物凄い精神力を消費したことだと思います。今は、そっと寝かしてあげてください』


「……そっか、頑張ったんだな、愛美」

 頭をそっと撫でる。柔らかな黒髪は、夢で触ったそのままだ。暖かな温みを帯びた皮膚が髪を通して生命力を伝えてくる。

 あぁ、生きてる。よかった、よかった。


 横を見ると『色々わからないことがありすぎる』といった顔をするルナがいたから、後で色々説明することにした。


 そしてそのまま、ゆっくり、ゆっくりと撫でていたら––––ピコピコッと。


「んぁ?」

「ええっ!?」


 側で見ていた俺とルナが、間抜けな声を出してしまう。


『はい、ごめんなさい。耳と尻尾は取れませんでした……。あでも!魂的には何も問題はないですよ?はい、本当に大丈夫ですからね?』


 神様があたふたしている声に反応してか、愛美の茶色い耳が、ピコピコと動く。


「猫耳だ」

「いつもの耳ですね」

「どれどれ?」と後ろにいたサリエバさんが来て覗き込む。「あぁマジだ」


『えっと、ダメ、ですかね?』


 神様が叱られている子どものような声でそう言った。

 三人で顔を見合わせ、微妙な顔で笑い合う。


「この地域はほとんどいませんけど、獣人方も北の地域にはここの人型と同じくらいいるらしいですの。なので、愛美もそれと同じ括りになるのでは?」


 確かに、ここに来るまでに何人か獣人を治療したことがあった。その時見た感じでは、この世界に人種による差別はなさそうな感じだったし、愛美がいいと言ったらそれでいいんだろう。


「そうだね。まぁ、愛美がいいって言ったらだけどな」


 後半部分は上の円盤に向けて言った。


『はい、もちろん愛美が嫌だと言ったら頑張ってのけます。はい』

「まぁ、愛美だったら別にいいですって言いそうだけどな」

「ですね」


 サリエバさんは愛美のことをあまり知らなくてカヤの外だけど、俺とルナにはわかった。一緒に話して、一緒に笑ったことがあるからだ。


『はい、もしそうであれば、そのまま過ごしていただいても大丈夫ですよ』

「わかったよ、神様」


 そう言って愛美を抱える。

「じゃあ、帰ろうか」

「そうですね、石の上で寝てても身体が痛いだけですからね。ユーリさんの抱っこで寝かせてあげましょう?」

「その言い方は恥ずかしいな」

「ふふっ、ユーリさんったら。赤くなってますの」

「言わないでくれよ、恥ずかしいんだからな〜!」


 抱き方は、膝の裏に右手を回し、左手で肩を抱くという抱き方。いわゆる、あれだけに、恥ずかしさも大きい。でも、寝かせるとしたらこれが一番だと思って、この抱き方にした。


「にぃちゃんも青春してんなぁ!」

 バシッとサリエバさんに背中を叩かれる。けっこう痛い……。

「い、痛いですよ」

「叔父さん、確かに今のは痛いですの」

「あっはは!お前が言うかよ!」


 確かに……という言葉は飲み込み、三人で祠の出口に向かう。


『愛美が起きたら、くれぐれもすみませんでしたとお伝え下さいねー!』

「あぁー!わかったよ神様!」


 階段の辺りで、エコーのかかったような神様の声に返事をして、祠を出た。


「わぁー!綺麗ですの!」

「確かに、これは久しぶりだなぁ!」


 俺は、初めて見る光景だった。

 朝日が地平線から顔を出し、オレンジの光を放つ中、入る前は敵だったゴーレムが俺たちを祝福するかのように、どこからか出してきた鉱物を掌に集め、光に当てて輝かせていた。ポンポンというのに、似ている気がする……。


 そのまま見惚れていると、その中の一体が俺に近づいてきた。

 なんだなんだと身構えたが、ゴーレムの穏やかな動きに敵意は感じられず、構えを解く。


 するとゴーレムがキラキラと輝く雫を一粒、愛美が包まっている毛布の上に落とした。


「これは……?」

「……とても綺麗ですの」


 真珠に似た鍾乳石のような輝きの中に、虹色にも見える輝きを持つ石。

 これは、オパール?

 すべての光を持つことから、希望と幸運の象徴とされている石だ。


「くれるのか?」


 そう言うと、コク、コクっとゴーレムが頷いた。


「ありがとうな。そんで、攻撃したりして悪かったな」

 するとゴーレムは決まり悪そうに頭を掻いた。お互い様だといわんばかりに。


 そんなゴーレムの姿に笑みを浮かべたあと、もう一度お礼を言ってから、俺たちは村へと帰った。


 その帰り道の間、雲一つない空で俺たちを見守る太陽が、愛美の上に乗ったオパールを虹色に光らせていた。

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